2023.03
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就任以来、10回連続金賞。「廣戸川」松崎祐行杜氏の日本酒造り - 福島県・松崎酒造
福島県岩瀬郡天栄村の松崎酒造で蔵元杜氏を務める松崎祐行(まつざき・ひろゆき)さんは、2011BY(酒造年度)に杜氏に就任して以来、10回連続で全国新酒鑑評会の金賞受賞という快挙を成し遂げています。
各地の品評会でも高い評価を勝ち取っている松崎さん曰く、自身の功績は、「真っ白なキャンバスに絵を描くように、学んだ酒造りの基本を愚直に守り、理想的な麹を繰り返し同じように造ることに専念した結果」。その酒造りの技術は市販酒にも反映され、「福島に名酒、廣戸川あり」と言われるほどに力をつけてきています。
福島県の全国新酒鑑評会の金賞蔵数日本一9回連続記録にも貢献している松崎酒造。その酒造りの現場を訪れました。
清酒アカデミーで学び、杜氏のやり方に疑問を持つ
祐行さんは1984年12月、松崎酒造の5代目蔵元・松崎淳一さんの長男として生まれました。妹がいますが、小さい頃から冬場にやってくる杜氏や蔵人と交流していたため、蔵の跡を継ぐのが当たり前という気分で青春時代を過ごしたといいます。
蔵で働き始めたのは、大学を卒業した2007年春。この時点では「酒造りは南部杜氏と蔵人が造るもので、蔵元はそれ以外のことを担当するもの」と考えていた祐行さんは、出荷作業や配達を中心に、冬場は酒造りの補助役を行っていました。
造りにはほとんど携わっていませんでしたが、「知識はあった方がよい」という父・淳一さんのアドバイスもあって、まもなく、福島県清酒アカデミー職業能力開発校(清酒アカデミー)に第17期生として入学します。
清酒アカデミーとは、酒造りのない夏場を中心に月2回の授業が行われ、座学で醸造技術やマーケティング、経営などについて学び、県内外での外部研修や利き酒などを経て、最後の3年目には実際の酒造りに取り組むというもの。1994年の開校以来、たくさんの優秀な杜氏を輩出してきた実績があります。
祐行さんは「当初は軽い気持ちで入学しましたが、ここでしっかり勉強したことと、刺激を与え合うライバルたちに出会えたことで、今の杜氏としての自分があるのだと思います」と当時を振り返ります。
蔵に帰って2年目を迎えても、杜氏からあてがわれるのは補助の仕事ばかりで、酒造りの技術については何も話してもくれません。しかし、そのおかげで、祐行さんは一切の先入観を持たずに、清酒アカデミーで学んだことをどんどん吸収していきました。
そして3年目、ようやく蔵で炭濾過の作業をする機会が与えられました。ところが、祐行さんが清酒アカデミーで教わった通りにやろうとすると、杜氏からいきなりダメ出しが。
「その時は杜氏の指示に従いましたが、杜氏がやっている酒造りに疑問を感じるきっかけになりました。『将来、自分が酒造りを担う日が来たら、基本に徹底的に忠実な酒造りをするぞ』と決意しつつ、杜氏が関与しない上槽後の酒質管理の見直しに取り組みました」
搾って間もないお酒と市販されているお酒の味に大きな違いを感じていた祐行さんは、搾ったお酒をすみやかに瓶詰めして冷蔵庫に保管したり、火入れを早期に行ったりといった改善を進めていきました。
蔵元杜氏になり、初の全国新酒鑑評会に挑戦
4年目の酒造りのシーズン(2010BY)末期の2011年3月、東日本大震災が発生。揺れによる被害は軽微で済みましたが、その8日後、杜氏が病に倒れます。酒造りは仕込み1本が残っていただけだったので、頭を呼び戻してなんとか乗り切ったものの、次のシーズンまでに杜氏が快癒する見込みは薄く、蔵は大きな決断に迫られました。
松崎酒造はこの頃、ほとんどが地元・天栄村で消費される普通酒を主体とする蔵でした。人口の多い隣町の鏡石町にさえ出荷されておらず、生産量はほんのわずか。このため、杜氏を招いていたものの、その経営的な負担は重く、震災後、別の杜氏を招くことにためらいが生まれました。
決定を先送りしている間に、季節は秋へ。ある日の家族会議で、祐行さんはついに「僕が造る」と宣言します。
「清酒アカデミーで造りはひと通りやっていたので、不安はあるものの、基本に忠実にやればなんとかなるのかなと考えました。そのシーズンは仕込み12本を計画していましたが、11月末から3月末までの4ヶ月間、造りのみに没頭して、麹造りは徹夜でやれば乗り切れるだろうと、若さ(当時26歳)ゆえに体力勝負をいとわない気分だったのです」
家族は「大丈夫だろうか」と首を傾げたものの、結局は祐行さんの硬い決意に押し切られることになります。
さらに、祐行さんは、地元向けの普通酒に加え、全国新酒鑑評会に出品する大吟醸酒も計画の中に盛り込みます。松崎酒造はそれまで、全国新酒鑑評会には一切出品したことがありませんでした。
「小さな酒蔵でしたが、地元のお客からも要望があって、大吟醸酒を造って販売することはありました。ただし、一度造ると、売りさばくのに何年もかかってしまうので、何年かに一度のことだったんです。
ちょうどその年、7年前に造った大吟醸の在庫がなくなったため、造ること自体は自然の成り行きだったのですが、せっかく造るのなら、最高レベルの大吟醸を造って、それを公正に評価されたいと考えました。
それは、清酒アカデミーの同期である大和川酒造店の佐藤哲野さんがその年(2011年春、2010BYのお酒が対象)の全国新酒鑑評会で金賞を獲得していて、先を越されたという意識があったことも背景にあります。自分だってやればできる。鑑評会出品酒というのは酒造りの基本を極めるもので、蔵のお酒全体のレベルを上げることにつながるのだから、やる意味はあるはずだと確信していたんです」
山田錦ではなく地元産の夢の香で金賞を受賞
全国新酒鑑評会で金賞を狙うのであれば、山田錦を使うのがいちばんの近道。近年は地元産の酒造好適米を使って出品する蔵も増えてきましたが、いまなお主流の酒米です。ましてや杜氏デビュー1年目となれば、山田錦を高精白し、カプロン酸エチルを多く造る酵母を使うのが無難な選択です。しかし、祐行さんは迷わず、福島県産酒造好適米の夢の香(ゆめのかおり)を選びました。
「自分が杜氏になったら、普通酒ではなく、純米酒を中心に造っていきたい。それは当然、地元産の酒米を使って造るから、出品酒も同じ酒米に合わせて、その造りの技術を純米酒にも落とし込みたい。そう考えました。さらに、1シーズン12本しか造らないのだから、造りの初めから終わりまで、夢の香で繰り返し酒造り(麹造り)をした方が経験が積み重なるし、出品酒を造る時にもフィードバックできるのではないか、と。いま振り返ってみると、怖いもの知らずでしたね」
出品用の大吟醸には、40%精米と夢の香、M310酵母を使用しました。
「実際の造りでは、余裕などまったくなく、初めから無我夢中。清酒アカデミーで学んだことを愚直に再現することに必死でした。清酒アカデミーで造りを教えてくれた鈴木先生(鈴木賢二さん、現・福島県日本酒アドバイザー)に毎日電話して、やっていることに間違いがないか確認をしていました。どんな時間に電話をしても、迷惑そうな雰囲気もなく、親身に丁寧にアドバイスをもらえたのは本当に助かりました。また、周りに酒造りに詳しい人がいないので、誰にも口出しされず自由にできたことも大きかったですね」
蔵の敷地内に住んでいたので、夜中でも気づくと仕込みタンクを覗いていたそうです。なんとか上槽までこぎつけ、槽口から流れ出る酒を口にした時、祐行さんは「すっきりしていてクセもなく、これだったらもしかしたら」と感じたのだそう。
結局、見事金賞を獲得できたわけですが、祐行さんは「当時の醪の経過簿を今見ると、本当に下手くそだったなと恥ずかしくなります。ただ、全国新酒鑑評会では出品されるお酒の3割弱が金賞になるわけで、間違いなく僕の酒は当落線上をさまよって、なんとか金賞にひっかかったのだと思っています」と話します。
2回目のチャレンジは、初めよりもっと大変でした。麹は、酒母用、添え、仲、留めと4回造りますが、思うようにいかず、初めからやり直したことも。通常は、搾ったお酒を斗瓶に入れ、しばらく経ってからテイスティングをして、どの斗瓶のお酒を出品するかを決めるものですが、「この時はどれも帯に短したすきに長しで。そこで、複数の斗瓶のお酒をブレンドしてみて、理想の状態を模索したところ、あ、これが一番いいな、という組み合わせが見つかり、それを出したところ金賞になりました」。
3回目以降も、酵母の発酵が止まりそうになったり、アミノ酸が多く出たりと四苦八苦の連続で、ようやく、それなりの自信が付いてきたのは6回目以降だといいます。蔵の設備が整い、余裕もできてきたので、最近は2、3本仕込んで、その中からベストなお酒を出しているそうです。
杜氏に就任してから一度も金賞を外さないことができるのは、なぜなのでしょうか。
「最近は品評会の審査員をやることもあって、ようやく自分でもわかってきたのですが、出品酒の香りの量を分析すると、うちの酒は平均よりも少ないんです。でも、実際にテイスティングすると、最初に立ち上がってくる香りが上質で、審査員に訴えかけるものがあります。基礎をしっかり追求し、麹を狙い通りに造り込み、醪を健全に発酵させた結果だと感じています」
市販酒の品評会でも好成績を上げ、取引き申込みが殺到
仕込み本数が少ないこともあって、出品酒と市販酒の造りにはまったく違いがなく、「すべての酒の麹を全身全霊を尽くして造っている」と話す祐行さん。その姿勢こそが、酒のレベルを短期間で引き上げていきます。
3造り目(2013BY)の大吟醸酒は、2014年に開かれた市販酒の品評会「SAKE COMPETITION」のFree Style部門(スペックの規定なし、一升瓶5000円以上)で1位を獲得しました。結果を受けて、たくさんの取り引き申し込みが殺到したそうですが、「よもやそんなことになるとは思わず、在庫はほんの少ししかありませんでした。先輩の蔵元からは『受賞が2年早かったな』と言われたりもしましたね」と苦笑い。
ビジネスチャンスを逃す格好になりましたが、2年後の2016年の「SAKE COMPETITION」では、最も競争の激しい純米酒部門で2位に入り、40歳以下の若手を対象にした最優秀賞である「若手奨励賞」を獲得しました。その頃には追加の注文や新規取引の申し込みにも対応できるようになり、蔵の経営は安定していったといいます。
お酒の評判が上がるに連れて、「蔵で働きたい」と志願する若者が増え、現在は38歳の祐行さんが最年長、そこに30代が3人、20代が3人の計7人で酒造りに邁進しています。
「ここ2、3回の金賞は、僕というよりは7人のチームで勝ち取ったものと思っています」と祐行さん。しかし、松崎酒造は、蔵の宣伝に「金賞連続受賞」を使ったことがありません。
「もちろん、節目の10回連続受賞を果たしたことはうれしいですが、鑑評会はあくまでも自分たちの酒造りのレベルを確認するためのもの。取引先の酒販店さんがセールストークで使ってくださるのはうれしいですが、私たち自身は静かに歓びをかみしめるものだと思っています」
酒造りの世界に身を投じたことで、「自分は徹底的に基本に忠実で、絶対に手を抜かない頑固者だとわかった」と話す祐行さん。今期も、杜氏兼麹屋として、最高の麹造りに取り組んでいます。
酒蔵情報
松崎酒造
住所:福島県天栄村大字下松本字要谷47-1
電話番号:0248-82-2022
創業:1892年
代表者(社長):松崎淳一
製造責任者(杜氏):松崎祐行
Webサイト:http://matsuzakisyuzo.com/
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