高いちろりって、本当に日本酒のお燗がおいしくなるの? 素材別に実験してみた

2023.03

07

高いちろりって、本当に日本酒のお燗がおいしくなるの? 素材別に実験してみた

山本 聖治  |  日本酒を学ぶ

日本酒の燗酒を作る際によく使用される「ちろり」。錫(すず)をはじめ、銅やアルミニウムなど、さまざまな素材で作られたものが販売されています。

ちろりの素材についての解説を調べてみると、例えば以下のようなコメントが書かれています。

「銅のちろりは熱伝導性が高いので、お酒を均一に温めることができます」
「すずは熱伝導性の高い素材なので、まろやかな美味しい燗酒を作ることができます」
「熱の伝わり方が早いちろりの方が機能的です」

違う素材なのに、同じようなコメントが羅列されており、間違いではないとはいえ、どこか的を射ていないように感じてしまいます。

これらの説明は正確なのか。また、素材の違いによって、実際の味わいにどのような変化が生じるのか。今回はこの疑問を解消するべく、5種類のちろりで同じ日本酒をお燗にして、それぞれの違いを検証してみることにしました。

実験手順と使用酒

ちろりは5種類を用意。素材はすず、銅、ステンレス、アルミの4種類で、アルミは厚さの異なる2種類を用意しました。

詳細なスペックは以下の通りです。

素材価格(税込)容量(満水時)重量厚さ(実測値)
すず¥9,900230ml316g2.15mm
¥7,030275ml245g1.6mm
アルミニウム(小)¥1,650160ml69g2.0mm
アルミニウム(大)¥1,080300ml49g0.7mm
18-8 ステンレス¥1,650170ml82g0.7mm

日本酒は「大治郎 生酛純米 吟吹雪 火入れ R1BY」(滋賀県 畑酒造)を使用しました。なめらかな口あたりの後に、旨味や酸味がしっかりと感じられるような骨太な味わいの日本酒。燗酒にした際に味わいの変化がわかりやすいと考えて選びました。

実験は、下記の手順で行います。
①それぞれのちろりで水を温め、温度の上がる速度を計測する。
②それぞれのちろりで日本酒を温め、できた燗酒のテイスティングを行う。

なお、加熱は「かんすけ」を使用し、湯煎で行うことに。湯温は、一般的に燗酒を作る温度といわれている80℃に設定しました。

素材ごとの特徴

実験結果を見る前に、使用した4種類の素材の特徴を押さえておきましょう。

すず

錆びや腐食に強く抗菌効果もあるため、「水が腐りにくくお酒の雑味が消える」として神仏器具や酒器に用いられてきました。イオンの効果により、水を浄化し飲み物をまろやかにするとされています。
科学的には解明されていないようですが、すずのイオンには酒類の発酵過程で生成される「フーゼル油」を分解する効果があり、これによりお酒の味わいをまろやかにするといわれています。

金属のなかでも特に殺菌作用が高いといわれている銅。食品衛生法によって、「食品に接触する部分を全面錫めっきまたは銀めっきその他衛生上危害を生ずる恐れのない処置を施さなければならない」とされています。今回のちろりもすずめっきでコーティングされており、銅がお酒の味わいに直接の影響を与えるとは考えにくいと思われます。

アルミニウム

非常に軽く加工しやすい金属であるアルミニウム。素材の表面には酸化皮膜が形成されるため腐食に強く、お酒の質に影響を与えにくい素材とされています。

ステンレス

「錆びない(stain less)」を語源とするステンレスは、腐食に強い、熱に強い、強度が高いという特徴があります。アルミニウムと同様に、素材の表面に酸化被膜が形成されています。

素材ごとの熱伝導率

素材ごとの熱伝導率はこちら。

素材熱伝導率(W/mk)
すず64
386
アルミニウム204
18-8 ステンレス16

ちろりに使用される金属のなかでも、すずの熱伝導率は高いほうではなく、銅の6分の1ほど、アルミニウムと比較しても3分の1ほどです。すずのちろりが最高級品といわれているなかで、「熱伝導率が高いから良い」とされる通説にはここで疑問が生まれます。この通説どおりであれば、銅でのちろりが最も良いと言われているはずです。

では、実際の味わいはどうなのでしょうか。実験結果を見ていきましょう。

実験結果①水を温める速さを比べてみる

まずは、実際の熱伝導性を調べるため、水を温めた際の時間を見ていきましょう。常温の水(18℃)100mlを55℃に温めるまでの秒数を計測したところ、以下のような結果になりました。

素材時間
すず72秒
80秒
アルミニウム(小)65秒
アルミニウム(大)55秒
18-8 ステンレス62秒

最も時間が短かったのはアルミニウム製の大きいちろりでした。比較的安価で購入できるアルミニウム製やステンレス製のちろりは温度を上げる速度も速く、対してすずや銅のような高価なちろりは温度を上げるのに時間がかかっていることがわかります。

アルミニウムの大きいちろりが最も早く熱が上がったのは、ちろりの形状が先細りになっていて、中の水とちろりの触れる面積が大きかったために、お湯の熱を効率的に受け取ることができたことが原因と考えられます。対照的に、銅のちろりは底部の面積が広かったために水との接触面が狭く、熱伝導率の高さに対して加熱の時間がかかってしまったのかもしれません。

実験結果②燗酒の味わいの違いを比べてみる

では次に、日本酒を温めていきます。水の実験と同様に、使用する日本酒の量は100ml、燗酒の温度55℃に設定しました。

すず

口に含んでから飲み込んだ後味まで、柔らかく丸みを帯びた旨味が広がります。生酛ならではの酸味がふくよかな旨味を支え、余韻にかけてじわっと存在を主張してきます。しかし、酸味の印象が強いといっても、全体的にふっくらとした濃密な味わいです。

すずに似たふっくらとした飲み口ですが、味わいの丸みがすずに比べ少し平坦になっているように感じます。酸味が立っており、柔らかさの印象が強かったすずよりキレのある味わいになっていると言えます。

アルミ大

口に含んだ瞬間に、スッキリ感と強めのキレを感じます。旨味の膨らみはかなり控えめで、酸味が味わいの前面に来ている印象です。甘味や旨味が弱いからか、ややピリッとした刺激のある味わいになっています。

ステンレス

すずに比べて、口あたりに硬さを感じます。銅に近い旨味とキレもあります。ただ、銅よりも味わいの厚みが薄いように感じました。酸味がうまく引き立っていないのかもしれません。

アルミ小

大きいアルミニウム製よりも柔らかい口あたり。酸味の主張はやや少なくスッキリ感があるものの、柔らかい甘味や旨味が残っていました。といってもすずと比べると明らかに控えめで、甘味の濃密さはあまり感じられず、少し粗さを感じます。ステンレス製と比較すると、こちらのちろりでつけた燗酒の方が柔らかさや厚みがあるように感じました。

結果まとめ

テイスティング結果をまとめると、以下のことが言えます。

  • すずのちろりは、圧倒的に柔らかく濃密な味わいになる。
  • 熱伝導率の高いアルミニウムのちろりは、キレのあるドライな味わいになる傾向がある。
  • ちろりの厚みが違うアルミニウムの2種類はかなり味わいが異なる。厚い方が柔らかい
  • 薄さの近いステンレスアルミニウム大では、熱伝導率の低いステンレスの方が立体的な厚みが出る

上記の内容を、大まかに図にまとめると次のようになります。

燗酒の味わいに違いを生む要素とは?

今回の実験では、素材や厚さによって生じる味わいの違いを見てきました。

まず、昔から言われてきた「すず製の酒器はお酒をまろやかにする」という点は事実と言えると感じました。すず製のちろりで作った燗酒の味わいは、確かに他の素材での味わいとは一線を画して柔らかかったです。

それ以外で、今回の実験から導ける結果は、「熱伝導率が低いほど、またちろりの厚さが厚いほど、柔らかくまろやかな味わいの燗酒になる」ということです。

燗酒の基本として、高い温度で素早く作るとキレのある味わいに、低い温度でじっくり作るとまろやかな味わいになるといわれています。

お湯の熱が伝わりやすく薄い素材の場合では、内部のお酒とちろりの接触面の温度は高くなります。このとき、ちろりと触れている部分のお酒が非常に高い温度になるため、甘味を中心としたまろやかさが減り、キレのある味わいになったと予想できます。

逆に、熱が伝わりにくく厚い素材の場合は、ちろりがお湯とお酒の緩衝地帯になることで、ちろりとお酒の接触面の温度が低くなり、結果としてまろやかさが残ったのではないでしょうか。

これらのことから、冒頭の「熱伝導性の高いちろりが良い」という説は、すずでの燗酒のようなまろやかな味わいの燗酒を目指すうえでは否定せざるを得ないと思います。 ですが、温めるお酒の酒質や、燗酒をつける人の目指す味わいによって、使用するちろりを使い分けることは大いにあり得るでしょう。

千円前後の安価なちろりのほとんどは薄く作られているため、結果としてキレのある味、悪く言えば粗さやアルコール感の目立つ味わいになってしまう可能性があります。

銅やすずを使った高級なちろりは1万円前後であることが多く、よほど燗酒にこだわる人でない限り躊躇してしまう価格帯です。現状では、この中間の価格帯の商品はほとんどありません。

今後、数千円ほどの価格帯で厚さのあるちろりなど、バリエーションが豊富になってくれば、気軽に燗酒づくりにチャレンジする人がもっと増えるかもしれません。

参考文献

・独立行政法人酒類総合研究所「清酒のにおいとその由来について」(2011)
・長州鋳物記念館「錫ってどんな特徴があるの?」(2023年3月5日閲覧 ※Wayback Machine - Internet Archive を使用)
・潤滑油協会「金属イオンと殺菌作用」(2023年3月5日閲覧)

話題の記事

人気の記事

最新の記事