2023.03
01
先祖の酒蔵を復活させて挑む「自分にしか造れない酒」 - 平六醸造 代表・平井佑樹さん (後編)
日本酒の元醸造家である平井佑樹(ひらい・ゆうき)さんが、岩手県の紫波町で新たにスタートした「平六醸造(ひらろくじょうぞう)」。
前編では、100年の歴史を持つ日詰平井邸で、平井さんが再びお酒、それも「クラフトサケ」を造る決心に至った経緯をお伝えしました。
後編では、平六醸造でどんなお酒を造るのか、平井さん自身が取り組む酒米作りのエピソードも併せてお届けします。
発芽玄米麹を使った「米と水のお酒」
「ずっと日本酒を造ってきた身として、 米と水で醸したお酒にこだわりたい」。そんな想いを抱える平井さんが平六醸造で造るのは、仕込みの一部に紫波の特産品であるもち米の発芽玄米麹を用いる「Re:vive(リヴァイヴ)」というお酒です。
「『その他醸造酒』に該当するお酒を造るにあたって、いろいろな副原料をリストアップしました。紫波町の特産品であるもち米を使用したいと思い、もしかして玄米なら、と税務署に確認したところ、玄米であっても『清酒』に該当してしまうからダメだと言われたんです。
ところが、発芽玄米なら大丈夫だということがわかって。たとえばビールでは麦と麦芽が別の原料として区別されていますが、同じように玄米を発芽させると法的には別の原料として区別されるそうです」
前職のときから平井さんの技術指導をおこなってきた岩手県工業技術センター醸造技術部の佐藤稔英(さとう・なるひで)さんは、発芽玄米を副原料として使用する相談を受け、発芽玄米麹を仕込みではなく酒母で使うという方法を提案します。
「玄米を使ったお酒は、酸味や雑味が際立ってしまいがちですが、酒母で使えば酵母によって代謝されるので、風味にはほとんど影響しません。ただ、玄米の麹づくりは『はぜ込み』」が起こりづらいので、蒸し方などを工夫しながら、通常の米麹とは異なる造り方をする必要があります」(佐藤さん)
結果として生まれたのが、まずは発芽玄米麹で甘酒をつくり、乳酸菌を添加するという手法。副原料というと、お酒に風味を加えるイメージがありますが、Re:viveの場合は少し効果が異なるようです。
「発芽玄米には、ビタミンやミネラルが豊富に含まれているので、酵母や麹菌のカンフル剤のような役割を果たすんです。味噌麹ほどの強い力価があるので、コントロールも必要ですが、糖化と発酵のボリュームが上がります。平井さんが目指すのはジューシーなお酒ですが、幅のあるジューシー感を作り出せるのではないでしょうか」(佐藤さん)
種麹は岩手産、乳酸菌は紫波産のものを使用。佐藤さんは、「まさに、日詰でしか造れないお酒になるはずです」と期待をふくらませます。
そのほか、紫波の名産品であるブドウやラ・フランスなどのフルーツに、スパイスやハーブ、ウッドチップなどを加えて発酵させるブランドもリリース予定。梅酒などのリキュールとは異なり、副原料と共に発酵させることで多層的な味わいを演出するというコンセプトから、「layer(レイヤー)」という名前を付けました。
自分で育てた米での酒造り
原料米には、すべて岩手県産のお米を使用。メインとなるのは、平井さん自身が育てた岩手県の酒米です。
酒造りを辞めてから1年間、菊の司酒造のころ契約農家として交流のあった砂壁純也(しゃっかべ・じゅんや)さんに指導していただきながら、雫石(しずくいし)町で酒米作りをおこなっていた平井さん。雫石の水田は、農業用水や区画が未整備な圃場が多く、冷涼な土地柄であることから、「雫石で米を作れるようになったらどこでも作れる」と言われるほど稲作の難易度が高い地域。天候の影響で収量は目標に届かなかったものの、できあがったお米は全量一等を獲得し、県内の赤武酒造と浜千鳥に納められました。
今回、平井さんが酒造りを再開をしようと決意したのは、この酒米作りの体験が大きなきっかけになっています。取材当日は大雪に見舞われたものの、「大切な場所だから、見ていただきたい」と水田まで案内してくれました。
「酒蔵で働いていたころは、精米された後のお米だけを見ていましたが、自分で種籾から実際に育ててみて、『大切に使ってほしい』という思い入れや、どれだけ磨けばいいか、成分はどれくらいかというお米への理解が深まりました。
一方で、農家さんには農家さんの立場で取り組んでいるさまざまな課題があるのだということもわかりました。農家にとって理想のお米の品質や収量は、酒蔵が求めるものとは必ずしも一致しないんです。逆もまたしかりで、そうしたギャップも学びながら、『醸造家が自ら農業をすることで、より理想の酒米ができるのかもしれない』と感じました」
育てた酒米を敬愛する2軒の酒蔵に納めながら、醸造家としての平井さんの胸に、再び自分の手でお酒を造ってみたいという想いがふつふつと芽生えます。Re:viveでは、自身が育てたお米を用い、高精白と低精白の2つのスペックで醸造する予定です。
「発芽玄米麹を使うRe:viveでは、精米歩合90%の『空我(くうが)』と、精米歩合40%の『無涯(むがい)』という2種類のお酒を造ります。僕はこれまで、南部杜氏の技術を学びながら、主に吟醸と呼ばれるカテゴリの酒造りを磨いてきました。
最近はフードロスの観点などから、お米を磨かないほうがよしとされる一方で、やはり磨いたものには磨いたものの世界観があるんですよね。どちらがいいか、悪いかではなく、その違いを表現することで、その根幹にあるお米のパワーや醸造の世界観を楽しんでいただきたいと思っています」
自分にしか造れない酒を造る
日本酒から、クラフトサケへ──日本で新規に清酒製造免許が発行されないために生まれたクラフトサケというジャンルへの挑戦について、「正直なところ、日本酒の免許を取れたら日本酒を造りたいかと言われたら、造りたい気持ちはあります」と打ち明けてくれた平井さん。
「でも、楽しいなと思うんです。クラフトサケって、自由じゃないですか。いろいろなものを自由に発酵に取り入れて、自分だけの表現ができるので。お酒の世界で個性を発揮することは、平たく言えば『差別化』とも表現できますが、自分がやりたい醸造をお客さんと共有するためにはとても重要なこと。お酒は機能性では差別化できません。だから、自由じゃなくなったらいけないんですよね」
2015年には、「日本酒」という言葉が地理的表示によって「国内産米のみを使い、日本国内で製造された清酒」と定められ、海外産の清酒が「日本酒」を名乗れなくなりました。こうした事例が起こるように、法的な枠組みはこれからも変化する可能性がある。いまは「日本酒」「クラフトサケ」と呼称が分かれているものも、いずれは区別がなくなるかもしれないと平井さんは指摘します。
「法制度による名称はさておき、本来は、それぞれの人にとっての日本酒やSAKEがあっていいんじゃないかと思うんです。これから日本酒がどうなるかを考えたとき、広い意味で、誰もが自由に造って、自分をお酒で表現することは可能になるかもしれません。
そんな今の(変化の途上にある)流れの中で、クラフトサケにチャレンジさせてもらえるというのは、本当に恵まれていることです。一方で、僕は日本酒をずっと造ってきて、日本酒に対するリスペクトや軸足は忘れずに持っていたい。“僕にしか造れないお酒”というのは、そういうことだと思います」
お酒のある空間が、人々をつなぐ
かつて酒造りがおこなわれていた日詰平井邸が、100年の時を超えて、平六醸造として再び動き出す。4月には田んぼへの種まきを始め、その他醸造酒の免許取得と並行して醸造所を工事し、今年2023年10月にはいよいよ酒造りを始める予定です。
1年間、日詰平井邸を一般開放する中で、「ただ訪れるだけではなく、みんなに“過ごしてもらう”ことが、この“家”がよみがえることにつながる」という想いを強くした平井さん。では、みんなが過ごす場所でお酒が造られるということには、どのような意味があるのでしょうか。
「より多くの人に日詰平井邸の世界観を体験していただくことができます。イベントやフォトウェディングはその場で過ごすことによって日詰平井邸を体験することができますが、遠くの人はそれができません。日詰平井邸で醸されたお酒を、酒販店さんや飲食店さんの力を借りて、北海道から沖縄まで全国、もしかしたら海外にもお届けすることで、私たちが見ている風景を多くの人と共有することができます。結果として、日詰平井邸に関わる人や紫波が大好きな人が増えていけば、新しいコミュニケーションがどんどん生まれるはずです」
一年間、紫波というまちに根付いて、地域のコミュニティの中で交流の場所をつくってきた平井さんは、空間にお酒があると、人々がそこで過ごす時間が長くなり、より深くなるという効果も実感しています。
その他の醸造酒か、日本酒かというのは、単なる法律による定義であり、ひいては一人一人の醸造家が造る、その人自身のお酒である。市場の動向に合わせて類似したお酒を造る傾向が生まれやすい業界の中で、「自分にしか造れないお酒とは何か」と考え、新たな一歩を踏み出した平井さん。今回の取り組みは、個人の造り手としての夢を追い求める一方で、現在の制度が示す日本酒の定義や権利に問題を提起するものにも見えます。
「平六酒造」ではなく、「平六醸造」と名付けられた新しい醸造所。紫波町という地域に根差し、これまで日本酒に関わったことのなかった人々がお酒を楽しむ機会を提供してきた平井さんは、「酒蔵になってはいけないと思っています」と呟きます。
「今あるどんな歴史ある蔵元も、初めは創業者だったんです」
未来に向けられた強い眼差しとともに、平井さんは、彼にしか造れないお酒を造り始めます。
(写真提供:紫波町)
前編はこちら
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