2019.11
27
科学とロマンで新しい日本酒のあり方をデザイン−埼玉県・北西酒造「彩來・文楽・AGEO」
新宿駅からわずか40分の上尾駅。そこから徒歩10分とかからない場所に大きな黒い建築物があります。「文楽」と書かれた酒樽が置かれた場所に近づくと、まるで外資系カフェのようなスタイリッシュな空間が出現。なんとここが北西酒造のエントランスです。
IWC2019の大吟醸部門で最優秀となる「トロフィー」を受賞した事も記憶に新しい同社は1894年に上尾で創業。この地はかつて、参勤交代や皇族の下向の中継地に使われた宿場町としてにぎわい、秩父からの良質な伏流水が豊富に湧き出る事でも知られた場所でした。良い水を求めて上尾市平塚より現所在地である同市上町に移転。主力銘柄「文楽」のブラッシュアップを続けながらも、近年は酵母含めオール地産原料で醸す「AGEO」、酸味に特徴を持たせた「彩來(SARA)」と新しいブランドを次々にリリースしています。北西酒造株式会社 代表取締役社長 北西隆一郎さん、製造部醸造課 杜氏の村上大介さんに、同社の「ヒト・モノ・コト・オモイ」について存分にお話を伺いました。
蔵元は金融業界から酒造りの世界へ、杜氏は2代目の「社内杜氏」
――まずはお二人の「これまで」と「今」を教えていただけますか?
北西さん「蔵元としては私で5代目、今年で33歳になります。30歳で北西酒造に入社する前は投資銀行を皮切りに、金融・投資畑でキャリアを積み「金融で飯を食っていこう」と思っていました。30近くまで海外に2年ほど駐在し、その後は更なるキャリアアップの為にあるヘッジファンドへの転職が決まっていました。時同じくして、父からの連絡。そして入社の誘い。家業なのでやはり思い入れもありますし、力になりたい。シンプルにそう思い入社を決意しました。酒造りの経験が無い私は、入社前に新潟の酒蔵、そして広島にある酒類総合研究所に「修業」に行きました」
――北西社長は経営者ですよね?酒造りの事をそこまで深く知る必要は無いのでは?
北西さん「当社の代表銘柄の一つ「文楽」は過去を遡ると本醸造が主体であり、自社の本醸造に自信はあるものの、世のトレンドは純米や純米吟醸。このままではいけない、大きな方向展開を、造りの改革をする必要があると強く感じていました。社内で造りの勉強をする事もできましたが、そうするとやはり今までの延長線上になる。新しいモノや価値を作り出すためには中に閉じこもっていてはいけない、そう思って外に飛び込んで行きました。当社は三季醸造で仕込みの日が週3日ありますが、現在も杜氏の手下として造りのお手伝いをしています(笑)」
村上さん「蔵人の中で最年長(笑)、42歳の村上です」
北西さん「うち結構若いんですよ!村上を加えて蔵人は8人いますが、20代5名、30代が2名。女性も2人いて、みんな新卒で採用しました。ちなみに村上はパン作りが趣味です」
村上さん「実は私も新卒入社です。当初は営業部門に配属され、翌年から専門職として製造部で造りに携わりはじめました。かつては新潟から杜氏を蔵に招き酒造りを行っていましたが徐々にクロスオーバーする形で1996年からは「社内杜氏」が醸造の指揮を執ることになり、私はその2代目になります。ルーツが越後杜氏なので、当社のベースはやはり新潟の流れ。基本的には食中に飲んでいただく、端麗でドライな酒質のお酒を造ってきまた。ちなみに社長はキックボクシングをやっています」
北西さん「社内杜氏には先々代である3代目より徐々に移行を始めました。そのアクションを取り始めたのにはいくつか理由がありますが、まずは杜氏集団の高齢化問題があります。サスティナビリティ(事業の継続性)に課題があると感じていました。またかつての「蔵元」「杜氏」という図式において、蔵元は酒質や造りなど醸造に関することに踏み込む事が難しい。そんな考えがあって、今があります」
異なるコンセプトの3つのブランド「文楽」「AGEO」「彩來(SARA)」
――御社のお酒の事を教えて下さい
村上さん「現在当社では3つのブランドを展開しており、それぞれコンセプトが異なります。1つ目のブランド「文楽」は食中酒の位置づけ。すっきりとしていて飲みやすく、派手さは無いがしっかりした味わいのある酒質です。現在は生酛の純米酒に力を入れています。生酛については私が大好きということもあり、ラインアップも増やしています。飲みごたえ、余韻など、より日本酒らしさが感じられる伝統的な製法はやはり素晴らしいと思います。生酛はシンプルで上品な香味のK701号、吟醸系は華やかな香味のK1801号やM310号といったように酵母を使い分けています」
村上さん「2つ目は「AGEO」。生に特化した商品構成で、フレッシュ感、みずみずしさと同時にふくよかで飲みごたえのある酒質です。水、米、酵母と全て埼玉県産にこだわった「オール県産」であり、特定の酒屋さんのみで扱っていただいている限定流通商品です。
埼玉G酵母という吟醸系の華やかな酵母を使いますが、デリケートな酵母なので、急激に活性化しないように極低温で仕込みます。追水を含めた温度管理もシビアで気が抜けません。AGEOでは生酛の純米大吟醸も造っています。こちらは華やかな香味ではなく、キレイでしっかりした飲みごたえのある酒質。和食や肉料理などにも合います」
北西さん「3つ目、最後のブランドは「彩來(SARA)」。これは私が北西酒造に入社してから陣頭指揮を執って作った一番新しいブランドです。日本酒における従来の味の評価軸である甘味・香味の特性以外に、これまで当社には無かった「酸」など新しい味わいと価値基準を加え、香り・甘味・酸が彩る立体的な味わいを実現しようと造りました。この実現の為に、彩來は1つのお酒を造るのに、単一では無く複数の酵母を使用しています。こちらはスペックを公開できませんが、リンゴ酸の持つフレッシュな酸味を活かした酒質設計をしています。こちらも限定流通商品です」
目指す酒質を細かく定義し、造りの工程をブラッシュアップ
――北西酒造さんではどのようなプロセスでお酒が造られるのでしょうか?
北西さん「ブランドごとに商品コンセプトがあって、ゴール(目指す酒質)があります。私達は、お酒を造る時に物凄く細かい設計図を作ります。目指す酒質を実現する為に「日本酒度」や「酸度」など味の要素をザックリと見るのではなく、酸度であれば酸度とアミノ酸度は分けて考える。その上で、酸度であれば「乳酸」「リンゴ酸」「クエン酸」それぞれの目標数値を決める。アミノ酸であれば「グルタミン酸」「アスパラギン酸」等の目標数値を決める。そしてそれぞれの数値を実現する為にはどういう造り方や作業工程を行えばよいのか?と、どんどんブレイクダウンしていきます。その結果として必要な設備や道具が決まっていき、必要に応じて設備投資も行っていきます」
村上さん「 そういう意味では極めて科学的なアプローチをしていると言えます。まず造り方や原料ありきではなく、最終的にどういうお酒であるべきか?どういう味であるべきか?ということが重要だと私達は考えています。現社長に代替わりしてからは設備投資を続けてもらっています。こういうお酒を目指しているからこの設備を入れよう、この設備が入るから作業はこう変えよう、と造りの工程は常にブラッシュアップしています。 その考え方はお米も同じです。『こういうお酒をつくるにはどのようなお米が良いのか?』という考えから、岡山の雄町、兵庫の山田錦、新潟の五百万石、地元埼玉の県産米など様々な地域・品種の物を使用します。また地域や品種が異なる事によって、悪天候下の不作などに対するリスクヘッジにもなります」
――2014年から5年連続で全国新酒鑑評会の金賞を受賞されています。
北西さん「目下の目標は10連覇!だと社内では発破をかけています。この賞は技術のエキスパートの方々に審査いただく機会なので、吟醸系の王道として認められるかどうか、造りの技術水準を高レベルで保つことができているかの指標として重要視しています。よくワインは加点法、日本酒は減点法と言われネガティブにとらえられたりしますが減点の対象となるオフフレーバー等が出ないようにすることも技術がなければできないことです。鑑評会の金賞は、年一回の技術検定として当たり前のように受賞している状態を目指しています。ただ残念な事に鑑評会について世の中の関心が低いように感じています。もう少し盛り上がっていき、他のコンペティションのように露出が増えていったら嬉しいですね」
――今年は更に、IWC2019の大吟醸部門で最優秀となる「トロフィー」を受賞されました。
北西さん「経営者としてこんなに嬉しい事はないです。実は過去、シルバーの受賞実績があるんですが、ゴールドを飛び越してトロフィーを頂けるとは思っていませんでした。このコンペティションでは旧来からの日本酒の評価軸とは異なる視点を持つ、ワインの業界に精通された方も審査されます。そのため、香味や技術に対する評価内容は新しく、こうした表彰を私達も新鮮に受け止めています。出品するからには当然賞を狙っていますが、狙ったからといってとれるものでもありません。でも望まない物は得る事が難しいですし、目標があるというのは我々にとってとても刺激になります。」
村上さん「我々の日々の仕事は反復作業も多く、体力も使います。お酒の品質を上げる為に改善も続けますが、従来のルーチンとは異なる新しい事に取組む事が造り手のモチベーションを上げる事に繋がります。年1回訪れるIWC出品に向けてのチャレンジ。自分が造った物が世界で評価されるわけですからワクワク・ドキドキですね(笑)」
――酒質を上げるために、工夫している事はありますか?
村上さん「設備に関係するところでは、連続式蒸米機から甑に変更したり、ヤブタ(圧搾機)が入る冷蔵庫を作ったり、瓶詰用に日本酒脱酸素装置を導入したりと毎年設備投資を行っています。 造りに関しては麹、特に「蓋麹」にこだわっています。 全量蓋麹で造るわけではありませんが、容量の大きい木箱を使う「箱麹」に比べ品温管理がシビアで扱いは難しくなります。それでも蓋麹で造る事で細かく状態を見ることになるため、麹の仕上がりを目標に近づけることができます。良い麹を作ることで、狙ったとおりのキレイなお酒が造れた、という手ごたえがあります」
――それと、お蔵の中も執務エリアも恐ろしいほどキレイなんですが・・・?
北西さん「私がきれい好きなもので(笑)。品質にも関わる事ですので、常に清潔を保つために、毎日徹底的に清掃しています」
北西酒造のあり方とその思い
北西さん「私は理系出身なので、金融、数字が好きです。ですので酒造りにおいてもゴールから逆算して細かな数値管理を行いながら、ある意味アナリティカルなお酒造りを推進しています。求める品質が担保できていることを前提に、洗米は最新型圧密式洗米機、製麹や生酛の酛摺りの作業の一部では機械も使います。でも一方で、日本酒造りって全てを数字で管理できるわけもなく、デジタルに割り切れるわけではない。それだけではうまくいかないこともあるし、何より面白くないんですよね。
日本酒って「ロマン」だと思うんです。私達も、お客様も、ドキドキやワクワクするもの。感じるもの。語れるコト。そのお蔵に、そのお酒に、どんなスト―リーがあるのか?という事ですね。縁あって宿場町として栄えた上尾の地で創業し、良い水を求めてこの地に辿り着きました。敷地内の井戸から汲みだす秩父系の伏流水。麹は箱麹に加え、手間暇をたっぷりとかける蓋麹で手作りもする。伝統的な製法である生酛での酛すり作業。20代30代の若手が中心となってパワフルに造られる当社のお酒・・・
平成29年に社名を「文楽」から「北西酒造」に変更しました。当社はこれまで酒の卸業、化粧品、飲食など多角的に事業を行ってきましたが、将来を見据え原点回帰をしよう、と変更しました。「酒一本でやっていく」。社名変更はその本気度を表す決意表明とも言えます。 私達のお酒は、まだまだ知名度が高くはありませんが、酒一本の真っ向勝負で、そこから決して逃げず、多くの方に受け入れてもらえるように、酒造りに真剣に取り組み続けます」
北西さん「新ブランド「彩來(SARA)」はまだ始まったばかりですが構想からリリースまで5年の歳月をかけた、思い入れの強い酒です。限定流通で取扱っていただいているお店も限られますが、どこも早期完売で順調な滑り出しです。 このまま商品力をもっともっと強化して、業界の諸先輩方が築かれている確固たるブランドを確立したいです。そのために必要なのは、やっぱり「ロマン」と「サイエンス(科学)」だと思っています 」
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