2022.04
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最強タッグで10回連続の金賞受賞「すべての日本酒を大吟醸並みの手間で」 - 広島県・相原酒造(雨後の月)
広島県呉市の相原酒造は、2020酒造年度の全国新酒鑑評会で金賞を獲得。これにより、2010酒造年度から10回連続して金賞を獲得する快挙を達成しました(※)。市販酒を含めて評価が高い相原酒造の『雨後の月』がどのようにしてレベルを上げてきたのか。その秘密を探りました。
※記事執筆時点。2021酒造年度も金賞を獲得し、2022年5月現在は11回連続金賞受賞になりました。なお、2019酒造年度はコロナ禍で金賞酒の選定が中止となったため、この年を除いてカウントしています。
パートナーは彗星のごとく現れた蔵元杜氏
「鑑評会で金賞の常連蔵になったのも、市販の『雨後の月』のお酒の評判が格段に高くなったのも、1999年に杜氏として招いた堀本敦志さんの存在を抜きには語れません」
相原酒造の蔵元(社長)の相原準一郎さんは、約20年にわたり二人三脚で酒質を引き上げてきたパートナーである堀本さんに全幅の信頼を寄せています。
相原さんは大学を卒業後、広島の会社に就職したものの、蔵の事情で翌1980年に蔵に戻りました。1980年代後半のバブル期は、全国新酒鑑評会で金賞を取ると、出品した大吟醸酒が大いに売れた時代。相原さんも毎年、鑑評会の結果に一喜一憂していました。そんな折、安芸津町(現・東広島市)の堀本酒造で、蔵元の息子の堀本さんが蔵元杜氏になったと伝え聞きます。当時、堀本さんは酒造りの研修を終えて蔵に帰ったばかり。
相原さんが「お手並み拝見」と構えていると、堀本さんは杜氏になって1年目の1989酒造年度の全国新酒鑑評会で、いきなり金賞を獲得したのです。県内の酒蔵の驚きをよそに、翌1990酒造年度も金賞。その後もほとんどが金賞か入賞という華々しい結果を重ねていきます。
「まだ蔵元杜氏という呼び名もない時代に、彗星の如く現れた彼には驚きしかありませんでした。彼のような人がうちで酒を造ってくれたらなぁと、ありえない夢を描いたりしていましたよ」と相原さんは当時を振り返ります。
ところが、夢は思わぬ形で現実となります。1998年秋に堀本酒造が経営難から廃業を決めたのです。相原さんは迷わず堀本さんのところへ行き、他の酒蔵からも声がかかっていたところを説得して「1999年の秋から相原酒造で酒造りをする」と約束を取りつけました。
酒造りの工程を矢継ぎ早に見直し
蔵に招く以前から、堀本さんに金賞を取る秘訣について尋ねていたという相原さん。その答えは「普通酒の延長線上で大吟醸を造るのではなく、理想の大吟醸を造るにはどうすればいいかを普段から意識した酒造り」でした。
堀本酒造では市販酒を含むすべての酒に使う米を、出品酒と同じ小ロットで手洗いしていました。堀本さんは相原酒造でも、このやり方を採用。そして少ない量で麹米を盛る「蓋麹」に全面的に切り替え、さらに良い酒にするべく知恵を搾り、作業工程に手を加えていきます。
酒造りの工程をどんどん見直していく堀本さんの姿を見た相原さんは「なるほど、すべての酒を大吟醸並みに手をかけて造るとはこういうことだったんだな」と納得したそうです。いろいろ驚かされることがあった中で、とくにびっくりしたのが、搾り機から出てきたお酒を貯める槽壺に、氷を詰めたビニール袋がびっしりと積まれているのを見たときでした。それは3月下旬で、気温が少しずつ上がる時期のこと。
「搾ったお酒は冷蔵タンクに移すのですが、移すまでの間に温度が上がって、酒が変質するのを避けるための措置だったのです。氷は時間の経過とともに溶けますから、何度も氷を詰めたビニール袋を作らなければならない。蔵人の負担も大きいと考えて、搾り機の部屋を冷蔵庫にすることを決めました」
堀本さんが来た翌々年の2001年には、冷蔵庫に搾り機を収容しています。近年、先進的な地酒蔵の多くが搾り部屋の冷蔵庫化を実現させていますが、20年前には全国でも数えるほどだったそうです。
「堀本さんは『あれを買ってくれ、これを入れてくれ』といったことは言わずに、現場の工夫でさまざまな改良を重ねてくれます。蔵元の私はそれを注意深く観察して、設備を入れたほうがもっと良い酒が造れると判断すれば投資をためらいませんでした」
実際に麹室を1部屋から3部屋に増やしたり、仕込みタンクの小型化をしたりと矢継ぎ早に手を打ちました。
金賞獲得が軌道に。しかしトラブルが勃発
堀本さんにとって移籍後の慣れない環境だったうえ、新たな造りに挑戦したこともあり、相原酒造は最初の4造りでは金賞を逃します。しかし2003酒造年度からは3年連続して金賞を獲得しました。
相原さんと堀本さんの「すべての酒を大吟醸として造ろう」という考えが蔵人達にも浸透して、出品酒だけでなく市販酒の酒質も向上。『雨後の月』の評価は着実に高まっていきます。その後も原料処理やいろいろな工程で工夫と改善を重ね、相原さんの尽力で山田錦や雄町、愛山などは最も評価の高い特等米が手に入るようになり、さらに酒質に磨きをかけていきました。
順調に思われた酒造りでしたが、予期せぬ問題が浮上します。それが麹臭でした。
「わずかな臭いですが、これを感じる麹ができると苦味成分が感じやすくなるんです。酵母が協会9号だと、とくに目立ちました。また、米に十分な麹菌が繁殖しない破精落ちも散見され、結果として搾った際の酒粕の量が多くなる傾向が目立ったのです。原因はなんだろうかと頭を悩ませていました」
そんなトラブルに見舞われていた2010年。堀本さんが体調を崩してしまい、相原さんが4ヶ月間、代わりに麹造りの手伝いに入る機会がありました。
「その時も麹臭が出ました。麹室が雑菌に汚染されているのではと調べたが、そうではない。結論として麹が室で乾きすぎていることが原因だとわかったんです。対策としては蒸しの段階での水分を多めにするか、あるいは室の中で乾きにくくするかだなと考えました。そこで思い出したのが、亀の井酒造(山形県鶴岡市/代表銘柄:くどき上手)へ見学に行ったときに見せてもらったハクヨー社製の製麹機でした。蔵元が『この製麹機を導入したら麹の質が格段に良くなった。絶対おすすめです』と断言していたのです」
一般的な麹造りの工程は、引き込み(蒸した米を麹室に入れる)→種切り(蒸し米に麹菌を振る)→床もみ(蒸し米と麹菌を混ぜ合わせる)→切り返し(固まった麹米をほぐす)→盛り(麹米を一定の単位に盛り分ける)→仲仕事(麹米をほぐして水分を発散させる)→仕舞い仕事(しばらく時間が経ったのち、仲仕事と同様の作業をもう一度おこなう)→出麹(麹室から出して麹菌の繁殖を止める)と流れていきます。
ハクヨー社製の製麹機は「盛り」以降の工程に使うものです。金属製のボックスの扉を開けると出し入れ自在の棚が5段、左右に並んでおり、この棚に厚さ数センチに麹を薄く盛っていく仕組みです。いわば、大吟醸などを造る際の蓋麹に似ています。
亀の井酒造を見学した当時の相原さんは「機械の値段の高さに驚くのが先で、手作業で蓋麹や箱麹をするのとあまり変わらないのではないか」と感じたそうです。しかし、麹の乾燥過多に直面したのを機に改めて情報を集めてみると、他にも酒質で評価の高い秋田や福島の酒蔵が導入していると知り、購入を決意しました。
金賞の連続記録は10回に、他の品評会でも好成績
製麹機が導入されたのは2011酒造年度の造りの前。当初は堀本さんも半信半疑だったそうです。「メーカーのマニュアル通りに造ってみると、たしかに誰がやっても60〜70点の麹ができましたが、それ以上にはなりませんでした。これは自動化機械ではなく、高度な道具として認識し、蔵の環境に合わせて柔軟に温度・湿度・風量や風向きなどを調節すれば理想の麹ができるとわかりました。使いこなせるようになれば、これほど頼りになる助っ人はいません。製麹機を入れたことで、うちの麹は確実にレベルアップしました」と堀本さんは話します。
相原酒造と緊密な情報交換をしている金光酒造(広島県東広島市/代表銘柄:賀茂金秀)の蔵元杜氏、金光秀起氏は「できた麹の栗の香りが素晴らしかった。堀本さんが製麹機を使いこなしているから実現しているのだと思います。やはり、麹造りのなんたるかを熟知しているからできる技です」と絶賛します。麹臭が皆無になっただけでなく、破精落ちもなくなり、酵素力のある麹が安定的に作れるようになったのです。
破精落ちがなくなったことで米の糖化がスムーズになり、搾ったときの酒粕の割合(粕歩合)が減ります。結果として1回の仕込みからできるお酒の量が増え、経営面でのプラス効果も出ているそうです。
この結果もあって、相原酒造は2010酒造年度から金賞獲得を続け、2020酒造年度で10回連続にまで記録を伸ばしています。出品用のお酒は例年5本前後を仕込み、使う米は山田錦と地元・広島産の千本錦を主体にして、協会1801号と901号の酵母をブレンド。最後に醸造アルコールを添加した大吟醸として仕上げています。
仕込みの中から最終的にどれを出品するかは、近隣の酒蔵と出品候補の酒を持ち寄って意見交換をしながら、最終的に相原さんと堀本さんが話し合って決めているようです。2022年4月現在、金賞を連続10回以上受賞している酒蔵は、相原酒造を含めてわずか6蔵に過ぎません(※)。
※2020酒造年度現在、金賞の連続記録を続けている酒蔵
17回 秋田・秋田酒類製造(高清水)
13回 宮城・中勇酒造店(天上夢幻)
12回 福島・東日本酒造協業組合(奥の松)/福島・名倉山酒造(名倉山)
10回 広島・相原酒造(雨後の月)/栃木・惣誉酒造(惣誉)
また、2013年には市販酒の品評会として注目される「SAKE COMPETITION」の純米酒部門で『雨後の月 山田錦 特別純米』が1位に輝きました。鑑評会の金賞連続獲得や品評会での高い評価について「出品する段階で金賞を確信したことはありません。毎回、ヒヤヒヤしながら結果を待っています」と堀本さんは謙遜します。
一方で鑑評会の意義について「出品酒を造る過程で培った技術は、市販酒にも間違いなくフィードバックできます。最近の若い蔵元や杜氏は市販酒重視の人も増えていますが、鑑評会がなかったら日本酒はこれほど美味しくなっていなかったと思います」と言い切っていました。
まとめ
酒造りの要諦について堀本さんは「過去を振り返るのではなく前を向く。明日以降は何をするのか、新たに何に挑戦するのか。そうやって先々に照準を合わせていくことが、結果としていい酒造りに繋がっていくのだと思います」と話してくれました。
「すべての酒を『理想の大吟醸酒』と同じ造り方にする」という堀本さんの考え方と実行力。そして的確な判断で適切な設備投資をおこなう相原さんの経営手腕があってこそ、10年連続での金賞受賞が実現したのだと感じました。
20年来の最強タッグで、相原酒造はこれからも「全量美酒」を目指し続けます。
酒蔵情報
相原酒造株式会社
住所:広島県呉市仁方本町1-25-15
電話番号:0823-79-5008
創業:1875年
代表者:相原準一郎
杜氏:堀本敦志
Webサイト:https://www.ugonotsuki.com/
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