2023.09
12
定番酒への愛を熱く語る - 「丹澤山 麗峰」川西屋酒造店(神奈川県)
目まぐるしく登場する季節限定酒や、抽選でしか買えないレアなお酒を追いかけるのは、日本酒の楽しみ方のひとつ。一方で、家に常備しておくとほっとする「定番酒」があるのも日本酒ファンの証といえるでしょう。
定番酒とは、その酒蔵の思想を体現する看板商品であり、だからこそロングセラーとして君臨しています。限定商品をコンプリートするのもいいけれど、毎日の晩酌で飲みたくなる定番酒の良さを改めて感じてほしい! というアツイ想いからスタートしたのが、こちらの「定番酒への愛を熱く語る」シリーズです。
第4回は、料理家であり酒販店「発酵室よはく」店主でもある真野遥さんが、神奈川県・川西屋酒造店の「丹澤山 麗峰」をご紹介。アツアツの「ド燗酒」との出逢いや、食べものとの相性について、愛情たっぷりに語ってくれました。
“ド燗酒”で、丹澤山の沼にハマる
日本酒に開眼したばかりの25歳のころ、東中野の「和ごはん一献 丸屋」さんで「丹澤山 麗峰」に出会いました。
丸屋さんは、純米酒の燗酒好き界隈では有名なお店ですが、当時の私はそんなことなどつゆ知らず、たまたま近所にあったからと、なんとなく立ち寄っただけ。しかし、そこで女将さんに勧められるがままにいただいた「丹澤山 麗峰」の「ド燗酒」に衝撃を受けました。
ド燗酒とは、川西屋さんが提唱する熱々のお燗。燗酒の中で温度が最も高いとされる「飛び切り燗」は約55℃を指しますが、なんとド燗酒は60℃以上。
まだ冷酒のおいしさしか知らず、燗酒といってもぬる燗を飲む程度でしたが、丸屋さんで味わったド燗酒の、体にじんわりと馴染み、料理を包み込みながらお腹から温まっていく感覚に感動しました。燗酒は、料理を美味しくすることや、冷酒に比べて体に優しいことなど、女将さんが教えてくれるお話も相まって、すっかり燗酒の虜になった夜でした。
これをきっかけに、川西屋酒造店で毎年行われる”飲み切り”(酒販店や飲食店を対象に行われる、その期の酒質をチェックする行事)に誘っていただきました。若い人が日本酒好きだと、みなさんとても親切にしてくださいますよね。
飲み切りでは、米山工場長がとても丁寧にお酒の説明をしながらバンバン燗をつけてくださり、そのホスピタリティにも惚れ込んでしまいました。以来、ずっと大好きなお酒です。
“余白のある飲み方”を許してくれる定番酒
丹澤山の好きなところは沢山あり、語り出したら止まらないのですが、大きく分けると3つあります。
1つ目は個人的な話ですが、自身の体質に合っていることです。
私は一晩に日本酒をだいたい4合くらい飲めるのですが、丹澤山の燗酒の場合は6合くらい飲めてしまううえ、翌日にまったくお酒が残りません。もちろん普段からそんなにたくさん飲むわけではありませんが(笑)、丹澤山は不思議なくらい体に負担が無く、気持ちよく飲めるのです。
2つ目は、料理に寄り添ってくれるところです。
麗峰はタンク貯蔵で3年ほど熟成させたお酒で、突出した味や香りはないものの、きれいに円熟した丸みのある熟成感があり、料理の邪魔をしません。酒蔵のある場所が小田原に近いためか、魚と相性が良く、特に魚の煮付け(金目鯛なら尚よし)や塩焼き、お刺身なら青魚やしめ鯖とも相性抜群です。
ド燗酒は脂の乗ったお魚とよく合いますね。脂が口の中でじんわりととろけて、旨味の余韻を存分に味わえます。
そして最後、3つ目は、一升瓶をゆっくり時間をかけて最後まで美味しく味わえるところです。これは一番大きいかもしれません。
日本酒って、どうしても「早く飲まなきゃ」と焦ってしまいますよね。実際のところ、開栓後は味がどんどん落ちてしまうお酒のほうが多いと思います。しかし麗峰は真逆で、「開栓してからどんどん美味しくなるお酒」。むしろ、工場長は「開栓した翌日に飲んでくれ」と言うくらいです。
というのも、麗峰は熟成しているお酒なので、開けたてはまだ目を覚ましたばかりの硬い状態。少しずつ空気に触れることで、味が開いていくのです。実際に蔵で飲み比べをしたら、まるで別のお酒かのように味が違って驚きました。 早く飲まなきゃと焦らずに、しかも一升瓶を常温で部屋の片隅に置いて、愛でながら少しずつ楽しめるのは、とても余白のある飲み方だと思います。
ジビエと一緒に、燗グリアで、飲み方いろいろ
麗峰は、お酒単体で飲むことはほとんどなく、美味しい料理を食べる時にこそ飲みたいお酒。美味しいお魚やお肉が手に入った時に飲みたくなります。
私には狩猟をする友達が多く、ジビエ会をする時はいつも麗峰を持っていってド燗酒をつけます。熊鍋との相性は最高でした。肉じゃがなどの日常の料理とももちろん合うのですが、ちょっと奮発して良いお魚を買ってきた時や、鴨鍋をするときなど、なんとなく、ちょっぴり贅沢な食事に合わせたくなりますね。
温め方は、米山工場長仕込みのお燗テク。 まず鍋に70〜80℃くらいのお湯を沸かしたら、ちろりにお酒を入れて湯煎し、65℃くらいに温めます。徳利にお酒を移すと、一時的に温度が下がるため、再び65℃になるまで温めたらお湯から取り出し、1分ほど置いてからいただきます。とにかく空気を含ませながらお燗して、ふっくらまろやかにするのがおいしいので、なるべく高い位置からお酒をちろりに注ぎ、お猪口にも高い位置から注ぎます。お酒が硬いなと感じた時は、「お燗タージュ」といって、ワインをデキャンタージュするように空気を含ませます。
一人でちょっとだけ飲みたい時は、背が高めのお猪口にお酒を入れて、お猪口ごと湯煎してお燗を飲むことも。また、果物やドライフルーツ、スパイスを加えてお燗する「燗グリア」にするのも好きです。あまりお酒を飲まない友達には、このつけ方をして飲んでもらうと驚かれますね。
おすすめしたいのは、おいしいものが好きな食いしん坊の人。特に和食好きはハマりやすいと思います。
言葉にできないけれど、自分にぴったりと合う
純米酒の熱燗がおいしいお酒はほかにもたくさんあるのですが、麗峰はその中でも一番自分の体に馴染む感覚があります。これはもう、細胞とか遺伝子とかのレベルの話で、なかなか説明のしようがなさそうです。
好きなお酒にはもちろんさまざまな理由がありますが、「説明できないけどなんか好き」とか「よく分からないけど体に合う」とか、言語化できないけど自分にピタリとハマるお酒ってあると思うんです。
だからこそ、世間的な評価やブランド力など気にせずに、主観100%で自分が気に入ったお酒を飲むのがいちばんだと思います。季節酒や限定酒も楽しいですが、いつでも帰って来られる自分だけの定番酒(ホーム)があるのはとても豊かなことですよね。
ちょうど先日、蔵元の露木社長とお話する機会があったのですが、酒造りのこだわりとともに、定番酒の味を守り続けることの難しさについてもお聞きしました。
定番酒には昔からの根強いファンがいるからこそ、少しでも味がブレると如実にお客さんが離れてしまうそう。お米の出来や気候が毎年変わるのはもちろん、高齢の杜氏さんが引退されたり、蔵人さんが変わったりと、色々な変化があるなかで、変わらない味を造り続けることに難しさを感じながら、使命感を持って取り組まれているそうです。季節酒や限定酒にはない、いぶし銀のかっこよさですね…!
また、川西屋酒造店さんは、蔵元さんや蔵人さんたちの「自分達のお酒が大好き!」という心がとにかく素敵なので、ぜひイベントや試飲会などで蔵の方と触れ合ってみてほしいです。
熱燗を語り出したら止まらない露木社長を筆頭に、 明るく愉快なキャラクターで、下戸にもかかわらずお燗名人な米山工場長。丹澤山に惚れ込んで、主婦から蔵人に転身した工藤さん。杜氏さんは、東京農大から新卒入社したという溌剌とした青年。みなさん、愛にあふれた個性豊かな方ばかりです!
もちろん麗峰以外の丹澤山も、お米の個性を表現した「隆」もおいしいので、ぜひいろいろとお試しください!
真野遥
料理家・発酵室よはく店主。日本酒のペアリングや発酵食料理の提案を中心に、レシピ開発や執筆、料理教室講師など幅広く活動。東京での5年間の料理教室を終え、2023年に京都へ移住。左京区の町屋で酒屋「発酵室よはく」を営む。著書に『手軽においしく発酵食のレシピ』(成美堂出版)、『いつものお酒を100倍おいしくする 最強おつまみ事典』(西東社)がある。 公式ホームページ
【シリーズ:定番酒への愛を熱く語る】
料理研究家 松原もも:「獺祭 純米大吟醸45」旭酒造(山口県)
WSET Sake エデュケーター KJ Sakura:「泡々酒ストライプ」丸本酒造(岡山県)
会社員 godanism:「奈良萬 純米酒」夢心酒造(福島県)
料理家・酒屋「発酵室よはく」店主 真野遥:「丹澤山 麗峰」川西屋酒造店(神奈川県)
会社員 河島泰斗(わっしー):「群馬泉 山廃本醸造」島岡酒造(群馬県)
「定番酒への愛を熱く語る」シリーズの記事一覧はコチラ
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