2020.07
23
「日本酒造りの新規免許獲得を目指す」 - 「稲とアガベ」代表・岡住修兵さん(1/2)
「自分の酒」を造るためには、酒蔵に就職して長年修行し、杜氏を目指す必要がある・・・そんな常識が変わりつつあります。岡住 修兵さんも、新しいやり方で「自分の酒」を造り始めたうちの一人。日本酒造りの新規免許を取得し、秋田に新しい酒蔵を造るプロジェクト「稲とアガベ」の代表を務める岡住さんに、日本酒との関わりや現在の取り組みについてお聞きしました。
2020年6月スタート「木花之醸造所」の初代醸造長として
現在、岡住さんは東京・浅草に2020年6月にオープンしたどぶろく蔵「木花之醸造所(このはなのじょうぞうしょ)」の初代醸造長を務めています。
木花之醸造所は、江戸時代からの繁華街で日本を代表する観光地である浅草と、「東京のブルックリン」とも呼ばれ最近人気を集めるものづくりの街・蔵前の、ちょうど中間ほどの位置にあります。どぶろく造りに使われるスペースはわずか30㎡弱。飲食店「ALL(W)RIGHTオーライ CAFE&SAKEバル」を併設しており、ここで造られたどぶろくだけでなくさまざまな日本酒や料理を楽しめるようになっています。
製造設備は150kgまでの米を蒸すことができる電気式の甑に、500ℓのタンクが3つ。これだけで蔵内のほとんどのスペースが占められており、最低限の設備で酒造りをしています。
そしてこの広さにもかかわらず、麹室を備えているのが特徴的です。酒米は秋田県産の改良信交、麹蓋を使って丁寧に手造りされた麹、そして清酒と同様の三段仕込み。どぶろくと言っても、「搾らない」という点を除いては日本酒と同様のプロセスを経て醸されています。
7月中旬に最初のロットが完成したどぶろく「ハナグモリ」は、バナナを思わせるフルーティな香りをベースに、炊き立ての米のような優しい香りがほんのり感じられます。味わいは米の甘みをきちんと感じつつ、すっきり爽やかな飲み口。一般的などぶろくのように米の粒感が残り過ぎず、にごり酒に近いようなクリーミーさを感じる飲み心地です。
岡住さん「食べ物ではなくて飲み物なので、飲み口にはこだわりました。強い麹を造って、しっかりと米を溶かすように造っています。
味わいは観光客も多く訪れるこの土地の定番酒となれるよう、飲みやすくポップな酒質を目指しています。造りのうえでは、白麹を活用した酒母を始めとした添加物を使用しない酒造り、一般的な白米と同じ90%精米、などなど・・・こだわっているポイントはたくさんあるのですが、そうした情報も敢えて出し過ぎないように。僕自身はマニアックな人間ですが、マニアックなプロダクトにはしないようにしています。
一方で8月頃からは、『岡住チャレンジ』として毎月タンク1本分、尖った酒も造っていく予定です。こちらはファン向けの商品という位置づけですね。生酛や水酛、麦麹など構想はすでにいろいろありますが、最初はライトなところから、酸味のあるタイプを造ってみようと考えているところです。」
岡住さん「この立地と設備だからこそできる、という試みをしようとしています。地元の人も観光に来た人も、気軽に訪れられる場所にしたいというのがその1つ目。都内で「発酵の体験」ができる場所として、麹造りのワークショップなどを計画しています。
もう1つは「独立を志す、若い蔵人の修行の場になる」ということです。ここの造りでは、1人で全ての工程をこなすことができます。それだけでなく、設備や原料調達のこと、商品開発や販売のことも含めた経験ができます。「自分の酒」が造りたいと思う人にとっては理想的な条件になると思います。
僕自身、スペースも設備も足りない中で考えながら酒造りを行うことで工夫が生まれる、という経験をさせてもらっています。不完全なところは楽しさでもありますね」
--岡住さん自身も、来年からは自身の醸造所を設立し独立される予定なんですよね。
岡住さん「はい。僕のここでの役割は初代醸造長として、次へのバトンをつなぐことだと思っています。ここでの酒造りが楽しいと思ってもらえるようにしたい。酒造りのプロセスを確立したり、飲食店スペースと兼務している若い社員を育てたりすることで、休める環境を作る、というのもその1つ。それをやって初めて、僕も自分のプロジェクトに専念できるようになるのだと考えています」
「何もできないことを知った」挫折と、日本酒との出会い
--日本酒を仕事にしようと思ったきっかけは何だったのでしょうか?
岡住さん「大学を卒業して、最初に就職したのが新政酒造だったんです。何もかも、ここで学びました。『酒で生きていく』ことを決めさせてくれたのも、ここでの経験です。
それまでの自分は、プライドばかり高かったけど実際には何もできていなくて、そのギャップに苦しんでいたんです。中学生ぐらいの頃までは、『自分は天才だ』と本気で思っていました。『やればできる』と思っていたのと、定期テスト対策で詰め込みの勉強をすることに疑問を持ったこともあって、高校生の時からまったく勉強しなくなったんです。でも、なんとなく自由なイメージに憧れて京都大学に行きたくなって、高校3年生の夏から勉強し始めました。ただ、そこからも試験対策を全くしなかったので、結局二浪して神戸大学の経営学部に入学しました。
唯一得意だった数学で受験ができたので選んだ大学と学部でしたが、曽祖父が戦前に単身アメリカへ渡って事業を営んでいたエピソードに憧れを持っていたこともあって、経営学には興味を持ちました。起業にも関心を持って、経営学部で一番厳しいと言われている、ベンチャーファイナンスとアントレプレナーシップを学ぶゼミに入りました」
--そこから直接、新政酒造に就職したんですか?
岡住さん「いえ、みんなが就職活動をする時期になっても、僕は就職活動のシステムもよく分かっていなくて。憧れる企業や業種以外にも、どんどん受験しないといけない風潮にも違和感を持っていました。ただJAXA(宇宙航空研究開発機構)にだけは入りたいと思っていたので、ヒッチハイクで種子島の宇宙センターに行くことにしたんです」
--え、なぜ!?そもそも種子島って、ヒッチハイクで行けるんでしたっけ??
岡住さん「就職活動では遅れをとっていたので、インパクトのあるエピソードを作るしかないと思って(笑)。いろんな人が助けてくれて、最終的に鹿児島までヒッチハイクでたどり着いて、フェリーに乗って種子島に行くことができたんですよ。JAXAの方にも会って話を聞くことができて。でも、本当にこの一点突破しか作戦がなかったので、その後正規にエントリーしたら見事に落ちましたね。
その頃、ゼミの教授が開催していた社会人向けの塾でアシスタントをしていたんです。そこで交流のあった経営者の方々にそんな就職活動の話をしていたら、大阪にあるIT企業の幹部の方から『とりあえずウチで働いてみろ』と誘われて、その時はまだ単位が少し足りず卒業が決まっていなかったので、大学を休学して働き始めました。
初めはモチベーション高く働いていたのですが、仕事でなかなか結果が出せませんでした。そうしているうちに、できない自分を取り繕って仕事をしたフリをするようになりかけていて、そんな自分が嫌になってしまいました。もともとのプライドの高さと、経営や起業を学んできたという自負もあって、空回りしてしまっていたんですね。結局、復学するという形で逃げるように退職することになってしまいました。
ここで『実際には自分は何もできない』ということが分かりました。それでも経営がしたいという気持ちは残っていたので、大学で残りの単位をとりながら、下働きから始めてでも起業したいテーマを探すことにしたんです。
そこで思いついたのが、当時唯一の趣味でもあった酒でした。ちょうどその時も残りの単位をとりながら、大阪のIT企業飲み会で出会った経営者の方の企業で働かせてもらっていて。酒に助けられる人生を送ってきていたんです。大学は日本を代表する銘醸地・灘のお膝元でもあり、市場環境が良くないことも知っていました。何か自分も貢献できれば、と思うようになったんです」
--新政酒造とはどのようにして出会ったんですか?
岡住さん「そこからはいろんな人に、『酒蔵に就職する』と宣言していました。好きなお酒を造っている蔵を探して、働かせてくれるところが見つかるまで就職を申し込んで行こうとしていたんです(笑)
そんななか、日本酒の勉強も兼ねて訪れた飲食店で新政のお酒を飲んで衝撃を受けました。その場で『ここに行く!』と宣言したら、店主さんが面白がってFacebookに『新政で働きたいという若者が来ています!』と書いてくれて、さらにそれを見た新政酒造の佐藤社長から『いいっすよ!』とコメントがあったんです。それが2014年1月のことで、2月から研修に入らせてもらい、大学卒業後にそのまま働かせてもらうことになりました。」
今回は、岡住さんが現在取り組む木花之醸造所のこと、日本酒と出会うまでのエピソードをご紹介しました。近日公開予定の後編では、新政酒造での修行時代の話から新規免許獲得を目指すプロジェクトの状況まで、詳しくお伝えします。 木花之醸造所では岡住さんが醸したどぶろくを飲食スペースで飲んだり、購入したりすることができます。お近くの方は、ぜひ訪れてみてください!
木花之醸造所/
ALL[W]RIGHTオーライ CAFE&SAKEバル
東京都台東区駒形2-5-5 B1
[Cafe time]10:00-11:30, 14:00-17:00
[Lunch time]11:30-14:00
[Dinner time]17:00-23:00(Food L.O.22:00, Drink L.O.22:30)
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