
2025.04
08
ハワイの人々の心と味覚を刺激する日本酒専門酒屋「The Sake Shop」 - アメリカでSAKEを飲む
SAKE Streetの新連載「アメリカでSAKEを飲む」は、アメリカでワイン&日本酒のソムリエとして活躍するKJ Sakuraが、アメリカの多彩な日本酒/SAKEシーンを深掘りしていくシリーズです。
酒販店、酒蔵、輸入業者や米農家などの業界のプロフェッショナルへのインタビューを通して、米国市場ならではの日本酒文化に迫ります。
第1回となる今回の記事では、ハワイ州ホノルルにある「The Sake Shop」のオーナー兼創業者、ナディーン・リョンさんにインタビュー。ハワイ諸島で唯一の日本酒専門店を開業したきっかけから、ハワイの流通事情や14年間の市場の変化についてお話を聞きました。
地域コミュニティに美味しい日本酒を届けるために
ハワイで2010年にオープンし、今も唯一の日本酒専門店である「The Sake Shop」。まずはじめに思い浮かぶのは、「なぜここで日本酒専門店を?」という疑問でしょう。
ナディーンさんはもともとあまりお酒を飲みませんでしたが、夫のマルコムさんが大の日本酒好きで、日本へ旅行するたびに興味を強めていました。しかし、旅行から帰ると、ハワイには、日本で流行しているようなお酒を購入できる場所がほとんどないことに気がつきます。
「いろいろなお店を回って、旅行先で飲んだもののほか、自分たちが楽しめそうなお酒を開拓していきました。でも、品ぞろえが豊富なお店や、日本酒詳しいスタッフがいるお店は本当に少なかったんです」
「島で手に入る日本酒の選択肢の少なさが、日本酒専門店を開くという夢のきっかけになりました」とナディーンさん。
ハワイに生まれ育ちったナディーンさんとマルコムさん。最初は、自分たち夫婦と親しい人たちが日本酒を楽しめる場所を作りたいと考えていましたが、次第に、日本酒を知らない地域の人々にその魅力を伝えることに意義を感じるようになっていきます。
ナディーンさんは、マルコムさんに言いました。
「日本酒専門店を開いて、私たちが本当におすすめできる商品を集められたら、日本酒をまだ知らない人たちにアドバイスもできるよね。私たちが求めていたそんなお店があったら素敵だと思わない?」
お店をオープンしたことによって、ナディーンさんは日本酒の世界にどっぷりと浸かっていきます。
「2010年の開店当初は、ほとんど私ひとりで日本酒に囲まれながら毎日を過ごしていました。イベントを開催したり、業界の人々と出会ったりするうちに、日本酒への興味はさらに深まっていきました。この世界にいると、刺激を受けずにはいられないし、ワクワクできないはずがないんですよね」
ハワイの日本酒物流の基礎
ハワイにおける日本酒流通で特殊なのは、島々をまたぐ配送の仕組みです。
8つの主要な島から成るハワイ諸島は、行政区分としては5つの郡に分かれています。The Sake Shop はハワイ諸島で唯一の日本酒専門店であるため、島間で頻繁に配送がおこなわれるのが理想です。しかし実際のところ、島と島の間で酒類を配送するには、それぞれの郡で独自の酒類販売ライセンスを取得する必要があり、さらに各郡ごとに実店舗を持っていなければなりません。この規制があるため、事業の拡大には莫大な費用がかかります。
その結果、The Sake Shop の常連客の多くは、オアフ島まで飛行機で訪れ、直接日本酒を購入していくそうです。
これに比べると、日本からの日本酒の輸入は比較的スムーズです。本土と同じく輸入業者/生産者、卸業者、小売業者の三層を経由する「3ティアシステム」が採用されているとはいえ、ハワイ島の規制と比べるとそこまで厳しくはありません。
また、ハワイは日本に近いため、World Sake Imports(WSI)、The Cherry Co.(MTC)、JFC などの主要な日本酒卸業者の多くは、本土を経由せずホノルルへ直接出荷しています。日本食やほかの商材も取り扱う企業の場合は、カリフォルニア州ロサンゼルスを経由してハワイへ輸送するケースもあります。
ハワイの高温多湿な気候に対応するため、The Sake Shopでは、店頭に並ぶすべての日本酒を冷蔵保管しています。さらに、店内の空調は24時間稼働させているそうです。
近隣へのデリバリーについては、規制が緩和されつつあります。これまでは、Uber Eats のような外部の配送サービスによるアルコール飲料の配送が禁止されており、スタッフが直接届ける必要がありました。最近この制限がなくなったことから、ナディーンさんは地元の即日配送サービスの導入を検討しているそうです。
国内の日本酒専門店に敬意を払う
多くの企業がオンライン販売に大きく依存している現在、The Sake Shopが配送をほとんどせずに店舗経営を成功させているのは珍しいケースといえます。
ナディーンさんは、米国内における大手日本酒専門店のTrue SakeやTippsyのような企業が日本酒を大規模にプロモーションしていることが、自店にとって大きなメリットになっていると考えています。彼らがThe Sake Shopでも取り扱いのある日本酒を無料で宣伝してくれることに対し、ナディーンさんは対応できない配送を希望する顧客に対して、彼らを紹介することで恩返しをしているそうです。
「アメリカ本土に日本酒を送りたいというお客様には、私たちでは配送できないのでよくTrue Sakeを勧めています。ニューヨークのお客様には、もちろんSakayaをお勧めします。知識のあるスタッフがいて、素晴らしい品ぞろえのある酒販店を応援しない理由はありませんよね。彼らはアメリカ最初の専門店ですし、リスペクトを持っています」
他店を勧める理由のひとつには、日本酒をハワイから本土へ配送する際の環境負荷も含まれます。できるだけ近くの小売店を利用することが、顧客にとっても環境にとっても持続可能な選択肢になると考えているのです。
「ほかのお店を紹介することには何の抵抗もありません。もし法律が変わっても、本土ではなく、まずはハワイの他の島々にアプローチしたいですね」
世界中の人々が訪れるThe Sake Shop
オープン以来、ナディーンさんは年々日本酒への関心が高まっていることを実感しているといいます。メインの顧客層は地元の人々ですが、観光地という性質上、カナダ、中国、ニュージーランドなど他国からの来店も多いそうです。
日本からの観光客は、マイタイやピニャコラーダなどの現地のお酒を楽しむため、日本酒を買いに来ることはあまりありません。これは、ハワイでの販売価格が日本国内のほぼ倍になってしまうことも影響しています。しかし中には興味を持って訪れる日本人もおり、店内の品ぞろえの豊富さに驚くといいます。
アメリカ本土から訪れる日本酒ファンも少なくないそうです。中には、オアフ島に到着して真っ先にThe Sake Shopに立ち寄る旅行者もいるのだとか。
しかし、基本的には地元の人が購買層の中心であり、「ハワイは日本文化の影響が強く、アジア系アメリカ人が多いため、日本酒に馴染みのある人が多いこともお店にとってメリットになっている」とナディーンさんは分析します。
ハワイでの日本酒の普及には、イベントも大きく貢献しています。特に影響力があるのが、毎年開催されるJoy of Sakeです。非営利団体によって運営されるJoy of Sakeは、全米日本酒歓評会に出品された日本酒を試飲できるテイスティングイベント。2001年に初開催され、現在はホノルルとニューヨークで毎年行われています。多様なスタイルの日本酒が体験できるだけでなく、地元のレストランとコラボレーションした料理とのペアリングも楽しめるのが魅力です。
パンデミック前には2,000人以上を集めるほどの人気を誇ったこのイベントは、日本酒の多様性を知る人がまだ限られているアメリカにおいて、多種多様な銘柄に触れることができる場として毎年多くの人々に待ち望まれています。
ハワイでの日本酒のトレンド
アメリカ本土では、近年、ワインを意識したモダンスタイルの日本酒が受け入れられ始めています。酸度が高めで、火入れは一回でほのかに発泡感があるなど、爽やかな味わいが特徴です。
ナディーンさんによると、ハワイでもこのスタイルの日本酒を見かけることが増えてきたものの、The Sake Shopの常連客の多くは、よりオーソドックスなスタイルを好む傾向にあるそうです。
「うちには昔から通ってくださるお客様が多く、伝統的な日本酒の味に慣れ親しんでいます。新しいスタイル、特に酸味が強めだったり、発泡感のある日本酒には、日本酒を飲み始めたばかりの若い世代が興味を持っているようです。発泡感のあるタイプを好む人は多いですが、酸が高いものはそこまで人気ではないですね」
ハワイで有名な日本酒ブランド「トップ4」は獺祭、久保田、男山、八海山 ですが、ナディーンさんは、若い世代の日本酒への関心を高めるために、より多様な日本酒を楽しめる試飲イベント「Aloha Friday Tastings」を開催しています。
「日本酒について学び、自分の好みに合うものを見つけるいちばんの方法は、さまざまな種類を実際に飲んでみることです。The Sake Shopにはそれだけの多様性に触れ合えるラインナップがあります」
ナディーンさんは地元のお客さんのために、日本酒と伝統的なハワイ料理のペアリングを案内しています。このときも、特定の銘柄にこだわるのではなく、日本酒のさまざまなタイプを提案するように気をつけているそうです。
「特定の一本を決めるというより、さまざまなスタイルを基準に考えています。ハワイはシーフードが豊富で、特にポケ(ハワイ風海鮮丼)には吟醸酒がとてもよく合います。一方で、ポイ(タロイモを原料としたハワイの伝統料理)やカルアピッグ(豚の丸ごと蒸し焼き)のようなボリュームのある料理には、純米酒がしっくりきます。お客様に幅広い選択肢を楽しんでもらえるように、できるだけ多様な日本酒を提案しています」
The Sake Shopのこれから
地域に根ざした日本酒専門店として発展していくために、ナディーンさんはお客さんがより便利に日本酒を受け取れる仕組みを整えたいと考えています。
「最終的な目標は、オンライン販売や地元でのデリバリー、周辺の島々への出荷など、さまざまな配送オプションを提供できるようにすることです。そして、店舗を増やすのではなく、広いスペースへ移転することで事業を拡大したいと考えています」
The Sake Shop の現在の店舗は、中くらいの部屋が2つ並んだような広さで、店内のレイアウトはアルファベットの「J」のような形になっています。総面積は約1,156平方フィート(約107㎡)で、そのうち800平方フィート(約74㎡) が販売スペースとして使われています。
「普段の営業には問題ない広さですが、試飲会やイベントを開催すると、どうしても手狭になってしまいます。テイスティングは店内で行い、イベントは専用の部屋を使っていますが、来場者全員を収容するのは難しい状況です。
お客様に快適な状態で日本酒を楽しみ、造り手やほかの参加者と気軽に交流できるような空間を提供したいんですが、現在のスペースでは限界があります。さらに、取り扱う日本酒の種類が増えるにつれて、在庫の保管場所を確保するのも難しくなってきています」
そして、ナディーンさんが抱く最大の夢は、日本酒を気軽に学べる 「日本酒学習センター」 を作ることです。日本酒についての知識を深められる環境を整え、クラスやワークショップ、酒蔵にフォーカスしたディナー会、カルチャーイベントなどを開催する計画です。
「本棚や読書スペースがあって、座って日本酒について学べるような環境があったら素敵ですよね。それに、小さなベーカリーエリアも併設して、日本酒と一緒にいろいろなスイーツを楽しめるようにしたい。あらゆる要素がまとまっているone-stop(1か所で何でも揃う)の空間を作れたら最高だと思います」
そんな日本酒専門店が実現すれば、まさに前例のない革新的な存在になります。The Sake Shopがこれからどのように進化していくのか、その歩みを楽しみに見守りましょう。
店舗情報
The Sake Shop
創業者:Nadine & Malcolm Leong(ナディーン&マルコム・リョン)
住所:575 Cooke St. Unit B, Honolulu, HI 96813
営業時間:月〜土 11:00〜20:00、日 12:00〜17:00
HP:https://sakeshophawaii.com/
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