2021.03

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日本酒輸出時代に、改めて学んでおくべき「商標」(2) - 「獺祭」のブランド保護戦略

二戸 浩平  |  SAKE業界の新潮流

日本酒の海外輸出が増えるにつれて、ますます重要になるブランド保護、そしてそのための商標に関する知識と戦略。前回の記事では、SAKE Streetのロゴが海外で盗用された事例を参照しつつ、日本酒にまつわる商標の基礎知識をご紹介しました。

いわば「失敗事例」をベースに商標について学んだ前回でしたが、今回は日本酒の海外輸出を牽引する「獺祭」の先進事例をご紹介します。人気ブランドであるがゆえに、相次ぐ苦労を経験するなかで培われたブランド保護の考え方を、醸造元である旭酒造株式会社の桜井社長からお聞きしました。

※取材は2021年2月に、リモートで実施しました。

「獺清(だっせい)」の登録も!?人気銘柄をめぐる商標権紛争の現状

現在では、アジアや欧米を中心とした25ヵ国以上に「獺祭」を輸出する旭酒造ですが、商標に関して当初は国内のみ、そして「日本酒」(第33類)としての登録のみだったといいます。旭酒造が「獺祭」を初めてリリースしたのは1990年。前回もご紹介した特許情報プラットフォーム「J-PlatPat」で検索してみると、それから4年後の1994年に初めて「獺祭」の商標が出願され、さらに2年後の1996年に登録されています。

その後、2002年から開始した海外輸出の拡大に伴い、輸出量の多い国では同様に商標の登録を実施してきました。ここまでは、多くの酒蔵でとられているのとほぼ同様の対応と言えるでしょう。

転機が訪れたのは、今から6年ほど前。このとき、国内のとある事業者が「獺祭」の酒粕(第30類)の商標を取得してしまいます(現在は期間満了に伴い失効)。「それからは、可能性のあるものもすべて取得しておく、という方針を定めました」という桜井社長の言葉どおり、2015年に複数の商品区分で再度商標を出願(2017年登録)、その後も順次登録範囲の追加が行われています。

桜井社長「実際、それからも商標に関しては苦労しているのが正直なところです。たとえば、ある国では衣料メーカーとコラボレーションしたTシャツを販売しようとしたところ、すでに『布バッグ』として類似の商標が登録されていることが障害になってしまいました。

ほかにも『獺祭』の名前をつけない約束で協力した食品に、現地でパッケージに『獺祭』のシールを貼り付けた挙句、商標登録までしようとしていた企業があったり。

最近では『獺清(だっせい)』という名前や、『獺祭』と他社の人気商品の名前を組み合わせたような名前の出願があったり、オリンピックに絡めて『獺祭 TOKYO 2020』なんていう出願があったり……。とにかく苦労して一つ一つ対応しながら、ノウハウを蓄積して行っているのが現状です」

現地の「肌感覚」も踏まえた、商標対策体制の構築

このような経緯もあって整備された、獺祭の商標戦略。「現在は、先ほどお話ししたとおり可能性のある商品や区分はすべて登録しています。海外向けにも、その時点で輸出が多い国だけでなく、将来的に拡大する国でも商標を出願するようにしており、すでに12〜13ヵ国で登録済みです」(桜井社長)

広い輸出エリアをカバーできるよう、国内では総務部、海外では各国の営業担当が商標関連の業務を担当。経営陣や特許事務所等、複数の専門家と連携しながら対応する体制を整備しました。専門組織を設けず、営業担当に各国の対応を任せる理由について「現地を回る人間の『肌感覚』が重要」と桜井社長は語ります。

「商標の登録方針を決めるためには、現地の流通状況を把握することが必要です。そのなかでは、たとえばハンドキャリーによる持ち込みなども含めて、データだけではなく『肌感覚』が重要になるのです。

営業担当にとっては専門的な知識を身に付ける大変さもありますが、海外で活動していると、先ほどお話ししたような事例をいろいろと経験するので、彼らもその中で覚えてしまう、というのもあります(笑)」

これから対応を進める国内の酒蔵へのアドバイスとして桜井社長が挙げたのは、特許事務所等、専門家の選び方やコミュニケーションの取り方に関するものでした。

「類似商標の調査など、専門家への依頼費用は想定よりも多くかかると思っておいた方が良いですね。たとえば中国では別の漢字でも読みが同じ、あるいは近い、などの場合にも類似商標とみなされることがあります。そうした調査には専門知識も時間も必要となり、日本側と現地側両方の専門家が作業を行うため、費用が多くかかってしまいます。費用を抑えるため、私たちも国によっては現地の事務所に直接依頼するケースもあります。

また、特許事務所の対応のスタンスも、登録手続きだけを効率的に行おうとするところもあれば、登録前後のケアも手厚く行なってくれるところもあります。登録先の国によっても、あちらの国には強いけど、こちらの国には弱い、などさまざまに特徴があります。

自社や登録先国にあった専門家を、きちんと選ぶことが大事です。スタンスが合わない、この国では弱そう、など違和感を感じたら、別のところを探すということも必要でしょう」

商標だけじゃない!「獺祭」のブランド保護活動

流通・保管条件の徹底が、ブランドを守ることに繋がる

前回の記事からここまで商標について学んできましたが、商標はブランドを守る手段の一つに過ぎません。多くの国で人気を獲得した「獺祭」ブランドを守るために、旭酒造ではほかにどのような取り組みをしているのでしょうか。

いわゆる横流しを防ぐことと、保存条件をきちんと守ってもらうことは徹底しています。たとえば、正規の輸出では冷蔵コンテナでの輸出、その後も冷蔵保管を行うことを条件に取引をしています。しかしここで、横流し品を常温コンテナ、常温保管で流通させてしまうと価格競争力が出てしまうんですね。

いたちごっこにはなってしまうのですが、出荷した商品のロットナンバーを控えながら、見つけるたびに流通元に確認する、ということを行っています。たとえば、国内の酒販店や個人から受けた注文であってもケース数が非常に多いものであったり、配送先が港近くの倉庫になっていたり、というものがなかったか、など入念に確認していますね」

輸出入を担う代理店に対しては倉庫の視察を行なっているほか、海外現地の小売店でも自社の社員が訪問して、あるいはいわゆる「ミステリーショッパー」(※)も使って保管状況を確認しています。こうした現地での活動だけでなく、最近ではSNSなども積極的にチェック。「たとえば『この国で飲んだ獺祭が美味しくなかった』などの声がSNS上にあれば、ヒアリングして原因を探るような活動もしています」

(※)店舗を訪れ、店舗側に気付かれないよう買い物をしながら店内状況や接客等の評価・チェックを行う調査員のこと

10年後のブランドを共に作るパートナーとして

このように緻密な対応を行いながらも、「私たちは警察ではありませんので、取り締まりをしているわけではないんです」と、桜井社長は代理店や小売店とコミュニケーションをとるうえで大事にしていることを話してくれました。

一番重要なのは、現地のお客さんに喜んでもらうことです。冷蔵庫に入れた方が美味しくなり、お客さんが喜んでくれる。そうすれば、獺祭やほかの日本酒をまた買ってくれるかもしれない。代理店にとっても、取引先がもっと多くお酒を扱ってくれる未来がある。

結局はお互いのビジネスがうまくいかないと、意味がないんですね。日本酒を売っていくうえでも、文化を伝道するだけでは足りなくて、仕事の上でのメリットを感じてもらって、意味があることだと思ってもらわないといけない。代理店や小売店とは、ブランドを一緒に作っていくパートナーとして、10年後も一緒にやっていきたいし、その中で発展していきたい、という話をしています

旭酒造では一部の国向けには、代理店等に委託せず自社で輸出業務を手掛けていますが、このことも他国向け代理店とのコミュニケーションに役立っていると桜井社長は話します。

「保管条件を守るうえでもいちばん確実なのは、できるかぎり自社でやること。これも、現地のお客様のメリットを考えてのことなのです。一度やってみれば、自分たちでも結構できる、ということが分かります。また輸出のうえで苦労すること、大変なことも分かるので、代理店とも同じ目線でコミュニケーションをとることができるようになるんです」

代理店選びに関してもコミュニケーションをきちんと取れる関係性を重視しており、うまく行かない場合には契約先の見直しを行うことも。すべては商品とブランドの価値を守るため、そして飲み手に最大限満足してもらうため、という徹底した姿勢を感じました。

まとめ

日本酒が世界に広まるなか、その流通には多くのプレーヤーが関わることになります。商標に関してはいわば性悪説的に、想定されるリスクを可能な限り潰せるように対応する必要がありますが、ブランド保護に必要なのはそれだけではありません。

流通に関わるプレーヤーとともに、長期の共通した目標に向けて、性善説的にパートナー関係を築いていくこと。それが結果的にブランド価値を守り、高めることに繋がるのだと、取材を通じて感じました。

コロナ禍の影響について、「パートナーとの距離感について、オンラインだけでのやり取りではどうしても関係を深めること、広げることは難しいと感じる」と桜井社長も話していたとおり、海外現地との関係構築が難しい時期が続きます。この間にこそ、まずは今回ご紹介した先進事例や、私たちSAKE Streetが得た教訓も参考に、商標について検討を深めてみるのが良いのかもしれません。

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