2021.04

21

「辛口ください」から始まるコミュニケーション - 私の「辛口」論(4)日本酒メディア編集長の視点

瀬良 万葉  |  私の日本酒「辛口」論

前回まで見てきたように、日本酒の「辛口」という言葉は飲み手や造り手、そしてお酒を提供する人々の間にさまざまな難題をもたらすこともあります。

そしてそうした複数の立場の人々をつなぐ役割を担っているのが、メディアです。(少なくとも、日本酒メディアを運営する私たちはそう信じて頑張っています。)
そこで、今回は日本酒メディアの大先輩である「SAKETIMES」編集長・小池潤さんに、「辛口」という言葉の使い方についてお聞きしました。

「知る」を提供するメディアでの「辛口」

ーーSAKETIMSさんは年間700本以上の記事を配信されていますよね。「辛口」という言葉が原稿に登場する機会も多いと思うのですが、どのように扱われていますか?

実は、日本酒の「味」にフォーカスした記事はあまり多くありません。というのも、SAKETIMESは、「グラスの内側ではなく、グラスの外側にある情報を伝える」メディアだからです。

だからそもそも、グラスの内側にある液体そのものの情報をメインに打ち出すことはあまりないんですよ。「この日本酒はこんな味!」という訴求ではなく、中立的なメディアだからこその広い視野で見た情報を伝える記事が多いんです。たとえば、酒蔵の歴史や哲学、杜氏さんのクラフトマンシップ、日本酒業界の新しい挑戦などを取材して伝えています。

ーーなるほど。「グラスの内側ではなく、グラスの外側の情報を伝える」メディア、というスタンスをとられるようになったのは、なぜだったのですか?

日本酒業界の関係者がお客さんにその魅力を伝えようとするとき、精米歩合がどのくらいだとか、どんな酒米・酵母を使っているのかとか、そういうスペックに関する情報で訴えかけることがほとんどだったのではないかと思います。少なくとも、日本酒ファンとしての僕はそう感じていました。

もちろんスペックに関する情報も、日本酒の魅力を語る上で大事な要素のひとつではありますが、造り手の専門的な表現は、特に日本酒に馴染みのないお客さんには、ピンとこない情報なんですよね。

メディアとしてSAKETIMESがやるべきことは、日本酒業界が伝えたいこと・伝えるべきことと、消費者の方々が知りたいことの間に立って、両者のつながるポイントを見つけることです。消費者の方々が知りたいことは何かと考えると、グラスの内側にあるスペックなどの情報は、優先順位が高くないという結論に至ったんです。

ーーメディアだからこそ、味わいよりも伝えるべきことがあると。

はい。加えて、「味」というのは、文章で伝えるのが非常に難しいんですよね。個人差があって曖昧で、さまざまな解釈が存在しうる感覚を言語化するのは、とてもハードルの高い行いだと思っています。

もちろん、具体的な商品を紹介する時などは「どんな味なのか」は、読者が気になる情報のひとつですから、しっかりと伝えなければなりません。ただ、特に僕が執筆・編集する時は、「辛口」という表現の解釈に揺れがあることは強く認識しているので、避けるようにしていますね。言葉を使って何かを伝える仕事をしている人間として、誤読の可能性をできるだけ排除するようにしているという意識です。

個人的には、どうしても使う必要がある場合には、「どういう定義で辛口と言っているのか」をきちんと説明できるようにしています。たとえば、杜氏さんへのインタビューで「この商品は辛口だ」と言った時は、「ここでの『辛口』はどういう意味ですか?」と、丁寧に確認します。

単純に「日本酒度の数字が高い」という意味もあれば、「喉越しが良い」という「辛口」もありました。食中酒としてのバランスを追求した結果の「味の要素が少なく食事の邪魔をしない」という「辛口」など、「辛口」という言葉に、みなさんそれぞれの定義があるんですよね。

ほかには、「キレが良い(余韻が短い)」という、「アサヒスーパードライ」と近いニュアンスで「辛口」が使われる場合もありました。また、特に甘みの少ないスパークリング日本酒を飲んだ方が、「炭酸が強い」という意味で「辛口」を使うケースも聞いたことがあります。たしかに、「ウィルキンソンタンサン」のような強い炭酸水を飲んだ時に感じる刺激に対して「辛口」と捉える方がいるのは、そんなに不思議ではないですね。

ーーなるほど、広く販売されている商品を例にすると「辛口」の意味もわかりやすくなりますね。そうした考え方をとられているのは、SAKETIMESさんが日本酒ファンに限らず幅広い層に読まれていることと関係がありますか?

そうですね。特に味わいについては、日本酒に馴染みのない方々にもイメージしやすいような表現をしたいと思っています。

僕もよく使ってしまうんですが、業界関係者の間では、吟醸香を「青りんごのような香り」と表現することがありますよね。最近ふと思ったんですけど、僕、青りんごはここ10年食べていないんですよ(笑)

「こういう香りに対しては『青りんご』という表現を使うものだ」という教科書的なロジックは理解していますし、正直、無意識に使ってしまうこともあります。でも、日本酒に馴染みがあるかないかに関係なく、「青りんごのような香り」と言われてピンとくる人は実はそんなに多くないのかもしれない。

そういう「伝わっている風」な表現は避けて、伝えたいことが本当に伝わる表現を模索していきたいんです。

「体験」へとつなげるために、味わいからあえて距離を取る

ーー同じ日本酒を扱っていても、酒屋や飲食店の場合、お客さんと話す内容は味わいのことが中心になりますよね。メディアとは何が違うのでしょうか。

酒屋や飲食店は、リアルな場でモノを売っています。目の前にあるモノを売ろうと思うと、モノの中身に関する情報の優先順位が上がるのかもしれません。

一方、メディアで取り扱うのは、モノではなく情報です。酒屋や飲食店では、試飲などを通して実際に商品を体験してもらうことができますが、基本的にはメディアは文章や動画像での訴求に頼るしかありません。味に対する納得感の深めやすさは大きく異なりますよね。

ーー今のお話を聞いていて、マーケティングで使われる「AIDMAの法則」を思い出しました。お客さんの状態をAttention(知る)からDesire(欲しいと思う)まで進めるのがメディアで、そこからAction(購入する)まで進めるのが酒屋や飲食店であるように思います。

意識したことはなかったですが、確かにそうですね。

SAKETIMESの存在意義は「日本酒のファンを増やすこと」。日本酒に限らず、「ファンになる」というフェーズの前には、必ず「体験する」というフェーズがあると思います。実際に日本酒を飲む、酒屋や飲食店などのお店に行く、イベントやプロジェクトに参加するなどですね。そして、「体験する」の前には「知る」というフェーズがあるはず。「こんな日本酒があるんだ。飲んでみたい!」「こんなお店があるんだ。行ってみたい!「こんなイベントがあるんだ。参加してみたい!」など、興味・関心を刺激するのがメディアの仕事だと思っています。

近年の日本酒業界では、「体験する」の部分は本当に充実してきましたよね。美味しくない日本酒に出会うほうが難しいくらい酒造技術は向上していますし、コロナ禍の前は特に、魅力的な日本酒イベントが各地でたくさん開かれていました。

その魅力が伝わっていないのは本当にもったいない。だからこそ、私たちは「知る」の部分、日本酒のファンになるための最初のステップを作っていきたいと考えています。

ーーなるほど。その上で、最初に知ってもらうこととして、味わいよりも周辺情報を提供するということでしょうか。

そうですね。もちろん、味から入っても良いんですよ。僕も、日常的に飲むお酒は味で選ぶことが多いです。普段の缶チューハイに高尚なストーリーは求めていなくて、ただ美味しいから飲んでいます。

でも、日本酒を語る軸は、味だけではない。特に文章で日本酒の魅力を伝えるにあたって、味以外のもっと適した軸はあると思います。日本酒の仕事を始めて約6年になりますが、味の表現は本当に難しい。それはきっと、消費者の方々も同じ。だからこそ、シンプルな「辛口ください」っていう表現は「最高!」と思うんですよ。みんなが使えるじゃん!って。

「体験」する者にとっての「辛口」

ーー小池さんは「SAKETIMES編集長」であると同時に、日本酒を愛する「20代の飲み手」でもあります。「20代の飲み手」から見た「辛口」ってどうなんですか?

僕自身は、プライベートでも仕事でも、あまり「辛口」という表現は使わないですね。「40〜50代、もしくはさらに上の世代の方々が使う表現」というイメージが強いです。

これは悪い意味ではありません。先ほども言ったとおり、僕は「辛口」という表現自体はすごく好きなんですよ。「辛口」は、1980〜90年代の淡麗辛口ブームの中で広く使われるようになった表現だと思いますが、当時の「辛口ください」って、「いま流行の美味しい日本酒をください」くらいの意味だったんじゃないかと思うんです。

「辛口ください」と言えば、美味しい日本酒が出てくるという状況だったんじゃないかなと。単純にそれって最高じゃないですか。特別な知識がなくても、おいしい日本酒に簡単に出会える表現を、多くの人が持っていたってことですよね。

ーー美味しいお酒を出してもらうために、消費者が使いやすい言葉だった、ということですね。

そうですね。たとえば、「熱燗」という言葉も似ているような気がします。厳密に言えば、「熱燗」は50度前後の燗酒を指していますが、広義では「温めた日本酒」くらいの意味で使われることが多いですよね。正確な定義はいったん置いておいて、「熱燗」と注文すれば、提供する側のベストな「燗酒」を出してくれる。「辛口」も同じように、難しく考えず、もっとカジュアルに使っていけると良いですよね。

「辛口」をもっと気軽に使っていくために

ーーもっとカジュアルに使っていくために・・・どう変わっていくと良いのでしょうね?

「辛口ください」が、求めている日本酒に出会いたい人にとっての挨拶の言葉、つまりは「こんにちは」のようなものになってほしいと思います。はじめの挨拶という意味では、英語の「How are you?」に近いですね。

「How are you?」「I’m fine, thank you」は、ネイティブの方から見ると、教科書的な英語で、リアルなやりとりではないように感じられるかもしれません。でも、英語でコミュニケーションをとりたい、もしくはそういう必要に迫られている時に、「How are you?」というお決まりの挨拶を知っていれば、勇気を持ってコミュニケーションを始められると思うんです。

ーーなるほど!「辛口ください」は、日本酒の世界の扉を開く言葉かもしれませんね。そのときに「How are you?」に対する「I’m fine, thank you」のような役割を果たすものは何なのでしょうか。

たとえば酒屋や飲食店の場合、「辛口ください」という挨拶に対して、いくつか定番の返し(日本酒)を用意しておくのはアリですね。

でも、もっとも大切にすべきは、挨拶からコミュニケーションが始まっていく意識だと思います。「辛口ください」は、「コミュニケーションの起点」だと捉えてみるのはどうでしょうか。

これまで、「辛口」に関する議論では、「『辛口ください』に対して、どんな日本酒を提供するのが正解か」が問題になってきました。でも、実は「辛口ください」は挨拶のようなもの。明確な答えのあるオファーではなく、あくまでもコミュニケーションのスタート地点で、そこからどうやりとりするかが大切です。

特に酒屋や飲食店で日本酒を選ぶ行為って、提供する人とお客さんが協力して最適解を探していく作業ですよね。「辛口ください」「じゃあこれどうぞ(ドン!)」という1ターンのコミュニケーションで終わるんじゃなくて、会話の中で、お客さんが(潜在的に)欲しかったものにたどり着いていく。その入り口としての「辛口ください」という表現があるべきじゃないかと。

ーー「辛口」はあくまでも挨拶で、そこから会話を広げたり深掘りしたりして、最終的に美味しいお酒を飲んでもらえるようにする、ということですね。そんなふうに「辛口」を捉えられたら、お客さんにとっても楽しくなりそうです。

そうですね。「辛口ください」を挨拶だと考えれば、提供する側も少し気楽になれるのではないでしょうか。挨拶と同じように、お店のスタイルに合わせたいろいろな返しのパターンがあって良いと思います。

理想を言えば、消費者の方々の日本酒に関するリテラシーがもっと高まって、「辛口」以外の日本酒表現が当たり前に広く使われるようになると良いですね。ただ、選択肢が増えるとかえって難しくなってしまうこともあるので、やはり、「辛口」のような、だれもが気軽に使える表現は必要だと思います。

ーーリテラシーの話は、「辛口」の議論の中でもよく出てきますね。

ありますね。日本酒をもっと普及させるためには、消費者の感覚をもっと磨く、つまりは「いかに教育するか」が重要だと。

確かに、消費者のリテラシーを高めることも大事ですが、特別な知識がなくてもその世界に踏み込んでいける入り口は、絶対にあるべきだと思うんですよ。

たとえば、ワインの世界であれば、「赤」「白」という非常にわかりやすい表現がある。専門的な知識がなくても、「今日は赤が飲みたい気分」とか「魚料理が食べたいから白にしたい」とか、多くの方々が基準を持っている。

これってすごいことだと思うんです。そして、こうした基準となる表現がまだ日本酒にはないし、必要ですよね。

ーー確かに。店員さんに「今日は赤が飲みたい」「今日は白の気分だ」と伝えることで、美味しいワインに出会える確率も上がりますよね。

「辛口」という表現は、日本酒における「赤」「白」のような存在になってくれる可能性を秘めていると思います。特別な知識がなくても使える、美味しいお酒に出会うための気軽な挨拶として、「辛口ください」が浸透してほしいです。

日本酒は嗜好品なので、専門的な知識を深めていく喜びもありますが、難しいことを考えずにただ純粋に楽しむための日本酒があっても良いんですよ。むしろ、飲み手としての僕はそっちのほうが好きです(笑)

レモンサワーについて何のリテラシーもない僕がレモンサワーを飲んで楽しさやリラックスを得る。それと同じように日本酒を飲む人を増やしていく。その視点も、これからの日本酒業界にとって大切なのではないでしょうか。

極論ですが、日本酒を楽しんでいる人が、自分がいま日本酒を飲んでいることを自覚している必要もないのかもしれません。たとえば、コンビニで手軽に買える「スミノフアイス」は多くの人に飲まれていますが、どんなアルコールなのか、中身を知っている人って、きっと多くはないですよね。それでも「よくわからないけれど、自分の人生を楽しくしてくれそうな美味しいもの」というイメージは広く浸透している。だからこそ、みんな「スミノフアイス」を買うんですよね。

ーー「人生を楽しくしてくれるもの、充実させてくれるもの」というイメージが共有されているということですね。その中では「あまり考えずに楽しめる」という価値も重要になりそうです。

はい。日本酒にも、そういう側面があって良いと思います。

挨拶としての「辛口ください」という言葉が広まれば、日本酒を「よくわからないけど、美味しくて楽しくておもしろいもの」として認識する方々も増えていくような気がします。多少の揺れを許容しつつ、だれもが感覚的に自由に使える「挨拶」として、「辛口ください」が使われるようになってほしいですね。

まとめ

「辛口」という表現が、だれもが自由に使える「挨拶」として使われてほしい、という小池さん。もっと多くの人が、もっとカジュアルに「辛口ください」と言える空気感を、メディアを含む日本酒業界全体で作っていきたいとのことでした。

インタビュー中には、メディアの編集長として「辛口」と一定の距離を取っている、と話してくださいましたが、インタビュー後に「辛口」を使いやすくするためのアイデアを話し合っていると、「SAKETIMESの『辛口』特集、やってみようかな」という発言も飛び出しました。こうした取り組みで再び「辛口」という言葉をポジティブに使いやすくなる日が来たとき、どのようなシーンで日本酒が飲まれているのか、今からとても楽しみです。

(聞き手:二戸 浩平 / 文:瀬良 万葉)

■連載 : 私の「辛口」論
第1回はこちら

第2回はこちら

第3回はこちら

話題の記事

人気の記事

最新の記事