2021.03
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「辛口ください」問題、令和で清算しましょう - 私の「辛口」論(1)日本酒提供者の視点
「辛口ください」
この言葉は、日本酒を扱う飲食店や酒販店で働く提供者にとっての悩みの種として、ネット上でもたびたび話題となり議論が交わされてきました。「辛口を注文していた人が実際に求めていた味はフルーティーな香りのあるお酒だった」など、この「辛口」という言葉から連想される味わいは、消費者と提供者ですれ違いが存在しています。雑誌等のメディアでも、これまでさまざまな立場の人々が「辛口」に関する知見や意見を述べてきています。それらを見聞きしてきた人は日本酒の「辛口」について理解を深めてきたかもしれません。
しかし、依然としてこの悩みは解決への道筋が見えていません。日本酒を選ぶうえでの常套句とされてきた言葉が、消費者にも、提供者にも、ひいては製造者にも共通の問題意識として残り続けているのです。
この「辛口ください」問題を生んだ原因に目を向けていくと、これが一筋縄では解決しないものであることに気が付きます。今回はこの悩ましい「日本酒の辛口」について、日本酒を提供する立場から深掘りしてみます。少し長くなりますが、どうぞお付き合いください。
「辛口ください」はどこからやってきた?
「三増酒」が辛口志向を生んだのは本当か?
さて、味わいの話に入る前に、まずは「辛口ください」問題の生い立ちから考えましょう。
「辛口」の歴史を語る際に必ずと言っていいほど登場するものが「三増酒」です。 戦前戦後における米不足のなか、需要を満たすために造られはじめ、2006年の酒税法改正まで存在していたお酒ですね。米と米麹以外に、醸造アルコールや酸味料、糖類、アミノ酸などを加えることで、伝統的な製造方法にくらべて三倍の量の酒が製造できたことからついた名前です。安価に製造できた三増酒は、現在の「特定名称酒」に相当する酒とくらべるとベタついて甘いことから「上質なお酒は辛く感じるものだ。」と言われてきました。長い間、この三増酒が消費者の「辛口」志向を生んだ諸悪の根源かのように言われ続けています。
でも本当にそれだけでしょうか?
法律上、三増酒を造ることができなくなって約15年。実際にはこれより前から、三増酒はほとんど造られなくなっていました。その当時すでにお酒を飲み始めていた世代(どんなに若くても現在30代後半)の方「だけ」が「辛口ください」と言うならば、これが原因なのかもしれません。しかし、実際にはそれより若い世代もこの言葉をよく使っています。
また、もちろん「日本酒の辛口」について理解したうえでこの言葉を使う人もいます。飲み飽きしにくく、幅広い料理に無難に合わせやすい「辛口」の味わいが求められるケースは実際、多くあります。
ですが、日本酒の味わいに関するこうした知識のない人も「辛口」と唱える現状は、このような味わいの嗜好が影響しているものとも思えません。
「三増酒」をめぐる歴史が原因でもなく、実際に辛口の味わいが求められているわけでもないのに、「辛口ください」のフレーズがよく使われること。その原因について、日本酒から離れて少し目線を上げてみましょう。
日本酒以外のお酒と「辛口」
たとえばワインの場合、戦後まで主流だった安価な国産甘口ワインに対して、大阪万博(1970年)以降、さらにはボジョレーヌーボーが引き起こした第4次ワインブーム(1980年代後半)以降に人気を得た海外産ワインは辛口が主流でした。このことから、「美味しいワインは辛口だ」とのイメージが広まったものと考えられます。
そしてビールの辛口といえば「アサヒ スーパードライ」です。1987年に発売されたこの商品は、他メーカーの商品と比較して非常にキレの良い(=辛口な)味わいでシェアNo.1を獲得し、ビール業界に革命を起こしたとも言われています。
日本酒においても新潟県産のお酒を中心とした淡麗辛口ブームが起こったのは80年代後半頃からでした。これら「辛口の酒」ブームはすべて時期が重なっており、30年ほど前から「辛口 = おいしいお酒」というイメージが広まった結果、それが現在に至るまで根強く残り続けているのではないかと考えられます。
そしてもう1点、これはお酒を飲める男性は一度は体験したことがあると思うところです。 「男が甘口のお酒飲むなんてダサい」という空気、周囲にありませんでしたか?少なくとも、筆者にはありました。たとえば学生時代の飲み会での場面、カクテルや梅酒など、甘いお酒を注文しようとしたら「そんなの飲むの?」というセリフが飛んでくる。これが長期間積み重なることで、「(少なくとも、男が飲む)お酒と言えば辛口のものである」とのイメージが刷り込まれてきた部分があるように思います。 「風が吹けば桶屋が儲かる」的な話に聞こえるかもしれませんが、男性中心だったこれまでの飲酒シーンでは、この要素も無視はできないのではないでしょうか。
消費者の「辛口」志向について、これまで見た原因をまとめると次のようになります。
・「三増酒」は一定以上の世代に影響を与えたかもしれないが、消費者の辛口志向の主な原因とは考えにくい
・過去30年以上にわたって、他のお酒でも辛口=おいしいというイメージが根強い
・特に男性は、「甘口のお酒」を飲むことに抵抗がある場合がある
これらを理解しておくと、提供の現場でも役に立つかもしれません。
お酒の提供・製造現場と「辛口」の、これまでの関わり方
では、飲食店や酒屋など、日本酒を提供してきた現場ではこれまでどういうことが行われてきたのでしょうか。
一部のお店では「辛口ください」と言われたとき、「うちで辛口はこれです」と嗜好を深掘りせずに、半ば決め打ちのように提案する場面を目にすることがあります。年齢層や性別などの属性から、もしくはコミュニケーションが求められていない雰囲気といった要素から、そのように対応することも確かにあるかもしれません。
しかし、そもそも消費者とコミュニケーションを取ろうとせずに「辛口」が提供されてきた場面も恐らく少なくはないでしょう。日本酒を何種類か扱っているお店でも、店長や接客担当者が「実は日本酒はあまり飲まないし、詳しくない」という話もたびたび耳にします。飲み手も提供側もよく分からないために両者とも不幸になる、という悪循環が発生してきました。
製造側である酒蔵はどうでしょうか。消費者や酒販店に辛口の商品を求められる時代が長く続いたことで、「辛口」と書かれた商品も定番として造られてきました。端的に言えば「辛口と書いた方が売れる」という状況では、これはごく自然なことだと思います。
ですが、「辛口」以外にそのお酒がどのような味なのか、日本酒をよく知らない人でも分かりやすい説明はほとんどの場合、書かれていません。「淡麗辛口」や「濃醇辛口」などの言葉がラベルに書いてあれば良い方で、法的に記載義務があるアルコール度数や最低限の原料表記以外は何も情報がないという商品もザラにあります。ラベル表示において、ユーザーフレンドリーな部分はこれまで重視はされず、そういった説明は特約店など「しっかり販売できる酒販店」に委ねられてきた部分が大きかったのでしょう。
また味わいは記載されていても、飲んだ印象との乖離がある場合もあります。たとえば、その蔵の商品群の中では淡麗寄りなので「淡麗・辛口」と表記がされている商品でも、飲んでみると原料由来の味わいがしっかりと広がることも。製造側における「辛口」という言葉は、それぞれの蔵の考えや都合によって使い分けがされてきた部分もあるのではないかと思います。
こうした「辛口」の分かりにくさを受けてか、最近は「日本酒に辛口なんてない」という主張も見られるようになりました。日本酒は米と水からできているのだから、根本的に辛さは発生しようはずがない、という考えが根拠のようです。しかし米より甘いと思われやすいブドウから造られたワインでは辛口が受け入れられているのに、日本酒だけ「辛口がない」という主張をしても道理が通りません。
結局のところ、提供する側も製造する側も、「辛口がどういうものを指すのか、具体的に説明はしてこなかった」ことが、辛口という言葉の分かりにくさを生んだ、と言えるのではないでしょうか。人それぞれ味わいの感じ方やお酒の味わいで注目するポイントが異なることは事実だとしても、その「人それぞれ」を解決しようとする大きな動きは起こりませんでした。
「辛口と唱えることが通である」「おいしいお酒に出会える便利な言葉である」という偏った知識に、現代の提供者や製造者が悩まされているのは、これまでの提供者・製造者の説明不足が一因なのではないでしょうか。
「人それぞれ」で終わらせない!日本酒の味の捉え方
それでは、次は日本酒の味わいをどのように捉えて説明をすれば良いか、具体的に見てみましょう。
「味の要素」から見る辛口
日本酒で「辛口」と言われたとき、皆さんはどのような味をイメージしますか?少し詳しい人であれば、さっぱりしたもの・飲みごたえのあるもの・酸味などの刺激が強いものなど、色々な味や銘柄が思いつくでしょう。
そもそも人はどういう要素を指して辛口と判断しているのでしょうか?これまで「人それぞれ」で片付けられていた部分を深掘りしていきます。今回は日本酒度や酸度のような数字は使わずに、あくまで飲んだ時の味わいから考えてみます。
※「唎酒師」の上位資格「酒匠」の試験で用いられるテイスティング手法を基にしています。
人の味覚には、基本味として「甘味・旨味・酸味・苦味・塩味」が、補助味として「渋味・辛味」があります。このうちお酒の中にほとんど含まれないものを除き、テイスティングで使用するものだけをまとめると 「甘味・旨味・酸味・苦味・渋味」 となります。 また、食感として「ガス感(炭酸)」も入れて良いでしょう。
これを以下の2つのグループに分けます。
「甘味・旨味」・・・・・・・・・・①「滑らかさを与える要素」
「酸味・苦味・渋味・ガス感」・・・②「刺激を与える要素」
日本酒だけでなく、ワインやビールなど他のお酒も、①の要素が②の要素に対して強ければ「甘口」と、反対に②の要素が①の要素に対して強ければ「辛口」と感じやすくなります。
ワインやビールは①の要素はどちらか1つのみが主体(ワインは甘味、ビールは旨味)で、②の要素が非常に強い場合が多いため、単純に①の要素を減らせば辛口として表現できることが多いです。甘味(旨味)が少ない≒辛口という、分かりやすい判断基準になります。
ところが日本酒は①の要素のうち、甘味と旨味が両方とも味わいの印象に強く影響しています。またワインのような高い酸やビールのような強い炭酸を含まないことが多い日本酒の場合、②の要素は①ほどに味わいに影響していないことが多いです。そのため、日本酒では単純に甘味を減らしたとしても辛口と明確に判断することが難しいのです。
甘味が少なくても旨味が多い場合や、①の要素が少なく軽快な酒質でも②の要素が弱い場合には、「甘い」と判断されてしまうことがたびたび起こります。また反対に、甘味が多くても酸味など②の要素が強いお酒であれば「辛口」のお酒として受け入れられる、ということもあります。
これは他の酒類と比較しても、味わいの中で甘味や旨味の占める割合が高い日本酒ならではの難しさとも言えるのではないでしょうか。
「時間経過による感じ方の変化」から見る辛口
そしてもう一つ、お酒ごとの甘味や酸味など味の要素だけを見るのではなく、「口に含む瞬間から飲み込んだ後味までの、時間経過による感じ方の変化」を確認していくことが重要になります。というのも、甘味や旨味が味の主体となる日本酒において、「人それぞれな辛口の基準」がこの部分にあることが多いからです。
具体的には、「飲み口」と「口に含んだ味わい」と「後味」を意識することが重要です。、口当たりの柔らかさなどの印象(テクスチャー)なのか、含んだ時の味の強さやスッキリ感なのか、後味の余韻の長さなのか……。お酒の味の要素(甘味、酸味など)それぞれの強さだけでなく、味の感じ方の変化を捉えておくことで、その人が「どのような要素に注目して辛口を判断しているのか」を見分ける精度がグンと向上します。
飲み口がスッキリしているほど辛口と言う人には、辛口と書いてあっても旨味が強い銘柄は勧められないですし、後味が残らない方が辛口という人には多少フルーティーさや旨味があっても爽やかな酸味や苦味などが強ければオススメできます。
まとめると、
・味わいを①「滑らかさを与える要素」と②「刺激を与える要素」に分解すること
・「飲み口」「口に含んだ味わい」「後味」という味の感じ方の変化を意識すること
この2点を意識してコミュニケーションを取れれば、「人それぞれ」な辛口の感じ方を理解しながら、提供するお酒に満足してもらうことができるようになります。
現代の多種多様な日本酒には、提供側でも「甘口」と表現すべきか「辛口」と表現すべきか、悩ましく感じる商品も多いです。そういった場合は、飲み手の好きな銘柄や美味しいと思った銘柄などを聞いてみると、どこを判断基準にしているのかが見えてくることもあります。
このように、「味わいを分解して人の嗜好を探る」という意識や技術について教えてくれる人や組織は実はほとんどありません。日本酒の資格認定機関でも高位の資格でないと扱ってこなかったテーマで、実際には独自に見つけ出して活用してきた方も多いのでしょう。
こうしたテイスティング技術については一般的に日本酒を知る・楽しむうえでは難しすぎると思われるかもしれません。シンプルに「こんな味!」と表現した方が良い場面も多くあります。また好みの味を伝えて注文する難しさが日本酒の抱えるハードルの高さの一部になっていることも確かです。しかし、提供現場においても、ラベル表示等においても、こういった親切な説明ができる場面が増えてれば、飲み手ももっと楽しく気軽に日本酒を選べるようになるかもしれません。
でも、それだけでは解決しない。本当の解決の糸口とは……?
商品の多様性や、それに関する情報が今よりも少なかった平成までの時代では、消費者にとっても「分かりやすい選択」のニーズが強かったのでしょう。「そこまで考えていない・求めていない」場合において辛口という言葉は便利なものだったのかもしれません。ですが時は令和。この言葉が生んできた誤解が引き起こした「辛口論争」にもそろそろ終わりを見出したくなる気持ちもあります。
この記事でご紹介した「味わいの要素」や「味の感じ方の変化」に関する説明は、その方法の一つです。一方、酒販店や飲食店での説明だけでは限界があり、本当の解決には向かわないのかもしれない、とも思っています。 おそらく、この問題を本当に解決するには 「普段からもっと気軽に日本酒に触れられる環境を作ること」 が必要なのではないでしょうか。
まず飲んでみないことには、味わいの表現方法などへの知識欲は湧いてきません。日本酒の場合、パッケージデザインやそもそものイメージにおいて「おじさん臭い」「買いにくい」と思われてしまうことも多く、「飲んでみよう」とさえ思われにくいのが現状です。この状況では、本題である「辛口」という表現の理解までたどり着くのは難しいでしょう。
日常的に利用するような身近なお店、たとえばコンビニやスーパーで冷蔵ショーケースの「良いポジション」を日本酒が奪い、ビールやサワーを買うのと同じくらいの気軽さで日本酒を選べるような環境になれば、状況も大きく変わっているのではないでしょうか。これを実現するための方法はまだ確立していませんが、身近な場所や商品にこそヒントがあるのかもしれません。
筆者も提供現場でできる工夫をしながら、時おりコンビニやスーパーのお酒売り場に注目して、新しい発見がないか探しています。サワーや焼酎など、日本酒以外の様々なお酒にも目を向けてみることもオススメです。「辛口」に関心のある皆さんもぜひ、身近にあるさまざまな商品や場所から解決のヒントを探して、発信・実践してみてください。
■連載 : 私の「辛口」論
第2回はこちら
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