規制緩和が拓く、新しい伝統文化 - 日本酒が韓国の伝統酒政策から学べることとは?

2024.03

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規制緩和が拓く、新しい伝統文化 - 日本酒が韓国の伝統酒政策から学べることとは?

酒スト編集部  |  SAKE業界の新潮流

日本では、日本酒をはじめとした自家醸造は禁止されていますが、隣国の韓国では、近年、マッコリほか伝統酒にまつわる規制を緩和し、造り手を後押しする取り組みを次々と打ち出しています。これによって、伝統酒が若年層へ浸透し、消費量が回復するといった効果も出ているようです。

韓国の伝統酒をめぐる制度の現状について、専門家であり、韓国政府主導の推進策にも多く携わっているミョンウクさんにお話を聞きました。

ミョンウクさん
韓国伝統酒専門家、酒類文化コラムニスト。淑明女子大学美食文化最高位課程主任教授を経て、世宗(セジョン)サイバー大学兼任教授。ラジオや書籍、YouTubeなどで酒類文化の魅力を発信している。日本の伝統酒にも詳しく、唎酒師の資格を持つ。

韓国伝統酒の制度の変化

自家醸造の解禁

かつて、韓国の家庭に浸透していた自家醸造の文化。酒造りを務めるのは女性で、家庭ごとの醸造レシピを書き留めて、娘や嫁たちへと引き継いでいく文化がありました。

ところが、1910年に日韓併合が起こり、1917年には日本と同様に自家醸造が規制対象となります1965年には食糧難のため、産業面においてもお米を使ったマッコリの醸造が禁止されました。

その後、マッコリ好きとして知られた朴正煕大統領(任期1963〜1979年)が伝統酒を保護・育成する方針を打ち出してから、規制が次第に緩和されていきます。

1990年には、お米を使ったマッコリの醸造が解禁。1995年には、自家醸造が解禁されました。1999年には「韓国伝統酒研究所」が登場し、伝統的な醸造レシピを復元し伝承する動きも始まります。

自家醸造の復活は、マッコリの文化としての復活でもありました。これまで大手メーカーが工業的に製造してきた商品には、甘味料などの添加物が加えられていましたが、それらを排除した伝統的な製法を復活させるなど、付加価値を高める動きが起きたんです。100万ウォン以上の商品も登場するなど、酔うためではなく、嗜好品としての地位を確立しました」

規制緩和や、産業振興策の打ち出し

2009年には「韓国酒産業競争力強化策」を制定。マッコリのようなお米を使ったお酒の拡大を図るため、小規模な醸造所が設立しやすくなるよう、醸造所の設立要件緩和について検討を開始しました。

同年には、韓国酒産業研究所が「マッコリ醸造塾」をオープン。3カ月単位でマッコリの製法を学ぶコースは、受講まで3年待ちという人気を誇ります。卒業生は2022年までの間に3000人以上にものぼり、独立した人たちが韓国の各地に醸造所を建設。その数は、2021年に1000カ所まで拡大しました。

行政機関としては、伝統酒を管轄する農水省(※)がこの動きを支援しており、醸造所の認定をおこなうほか、イベント「我が酒大祭」やコンテスト「我が酒品評会」などを定期的に開催。

※伝統酒とは、マッコリと伝統的製法のソジュや薬酒が対象。

「私が総括企画として携わった『訪ねる醸造所』プロジェクト(2013年開始)では、全国にある伝統酒の醸造所を観光資源にするための育成・支援として、環境改善や広報活動などの補助をおこないました。2015年、ソウルにオープンした『韓国伝統酒ギャラリー』では、韓国の地酒について解説を聞きながらテイスティングをすることができます」

こうした行政支援の後押しもありながら、マッコリ市場に大きな影響を与えたのが、2017年のインターネット販売に関する規制緩和です。

「それより前から国有サイトなどの一部では許可されていましたが、2017年に本格的に解禁されたました。これによって、伝統酒ブームが起きたんです」

制度以外の背景も後押し

これらの伝統酒の復活は、時代的な背景も要因となって起きたことでした。

例えば、2018年以降に韓国で起きた Newtro」ブーム。NewtroとはNew(新しい) とRetro(レトロ)を組み合わせた造語です。伝統的な製法で新しい造り手たちがクリエイティブな商品を生み出す新時代の酒造りが、この流れにマッチしたのです。

新型コロナウイルス感染症の拡大も原因のひとつです。家飲みが主流になったことで、飲み会では周りに合わせてビールや焼酎を頼んでいた人が、自分が好きなお酒を選ぶようになった。伝統酒は種類が多いので、ネットで買って飲み比べるうちにハマっていった人も少なくありません。多少、値段が高くてもワインやウイスキーなどに比べればリーズナブルですし、海外旅行に行けなくなったぶん、趣味にお金を投じる動きが生まれました」

規制緩和による影響は?

規制緩和によって、マッコリの出荷量はどのように変化したのでしょうか。「地域特産酒」として位置付けられる伝統的製法のマッコリは、特に2015年以降で大きく売上を伸ばしています。

マッコリ以外を含む伝統酒全体の売上高は、2018年の336億ウォンから2022年の1,523億ウォンへと5年間で約4.5倍に急増。出荷量に比して出荷額が増えており、高価格帯の商品が増えていることがわかります。

「消費の中心はカンナム、ホンデ、ソウルなどの大都市。最近は需要の高まりから、地方の商品が地方に逆輸入されるような動きも出てきています

国外への輸出については、従来は日本向けに占める割合が非常に高く、「韓流ブーム」の落ち着いた2012年以降は減少が続いていましたが、近年では日本以外の国向けの輸出が増えつつあります。

「輸出については、近年取り組みが始まったばかりです。世界各地で韓国文化が流行し、韓国食レストランが増加するのに合わせて拡大していっています。今後も、各地の大使館でのイベントや展示会、現地の著名なソムリエとのコラボレーションなどをおこない、浸透を図っていく予定です」

さらに、飲み手だけではなく、韓国の伝統酒造りに興味を持つ人も増えているのだとか。ニューヨークのブルックリンだけでも、マッコリ醸造所「Hana Makgeolli」とソジュ蒸溜所「Tokki Soju」が存在するほか、アメリカやフランスなど世界各地に、既に数十軒の酒蔵が生まれているそうです。

積極的な制度の変化が、伝統酒の未来を切り拓く

「韓国の伝統酒は、マッコリやソジュのほか、清酒、薬酒など種類が多いので、特定の市場に偏らずにゆっくり成長していける点が強み。まだ国全体の予算は少ないものの、規制緩和をおこなったことが重要です」と話すミョンさん。自家醸造を解禁し、自分たちでこだわりのお酒を作れるようになったことによって、マッコリに対する偏見がなくなり、その風潮が海外にも広がりつつある現在の状況を評価します。

「現在、多くのプレイヤーがその波に乗ろうとしています。ソーシャルメディアなどを通して、世界中の新しいもの好きの人たちからの関心はさらに高まっていくことでしょう」

日本と同時代に自家醸造が禁止され、いち早く規制緩和をおこなった韓国。そこでは、若い人々が伝統酒造りに興味を持ち、海外からの関心も高まるという経済効果が生まれています。

いまだ、自家醸造が解禁されず、業界への参入にも制約がある日本酒。変化に伴う悪影響を恐れて足踏みし続ける日本の酒類業界が、隣国から学ぶことは多いのではないでしょうか。

参考文献

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