缶、小瓶、パウチ。新規ビジネスの仕掛け人4名に聞く:小容量化する日本酒 (2/2)

2024.05

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缶、小瓶、パウチ。新規ビジネスの仕掛け人4名に聞く:小容量化する日本酒 (2/2)

木村 咲貴  |  SAKE業界の新潮流

SAKE Streetの特集「小容量化する日本酒」。前編では、日本酒のサイズとして一升瓶(1.8L)と四合瓶(720mL)が定着した背景や、300mLや180mLといった小容量規格の商品が増えている理由について解説しました。

後編となる本記事では、近年増加する小容量日本酒の新規ビジネスをご紹介。コンセプトやパッケージの異なる4社にお話をうかがいました。

世は小容量ビジネス戦国時代?

インタビューに入る前に、2024年5月現在、日本国内にはどのような小容量日本酒ビジネスがあるのかを整理しましょう。小容量ブランドを一覧化してみると、コロナ禍が深刻化した2020年以降に増加したことがわかります。

リリース年ブランド名運営会社フォーマットサイズ
2021年ICHI-GO-CAN®Agnavi180mL
2021年SAKEPOSTFARM8パウチ100mL
2021年HITOMAKUSakeBottlers180mL
2022年KURA ONEid 10 japan180mL
2022年Sakeai Boxサケアイ200mL
2022年SYULIPカルモア180mL・300mL
2022年きょうの日本酒きょうの日本酒180mL
2022年ぽち酒ミチパウチ180mL
2024年PRIME SAKEcamo180mL

当時は、緊急事態宣言などの感染防止政策によって飲食店における酒類の提供禁止・提供時間の短縮が起こり、日本酒販売が苦境に立たされました。家飲み需要は高まりましたが、一升瓶や四合瓶は家庭用としては大きく、とはいえ酒蔵は缶や小瓶に充填する機材がないところがほとんど。こうしたニーズに応えるために、製造者に代わって小容量規格のパッケージに充填するブランドが次々出現したのです。

(なお、本特集では取り上げませんが、このころは一升瓶や四合瓶から酒販店の店頭で小瓶に入れ替える量り売り販売も広くおこなわれました。)

小容量日本酒のフォーマットはガラス瓶・缶・パウチに大別されます。ただサイズを小さくするだけではなく、小容量ならではの飲用シーンを想定し、プラスアルファのブランディングをすることが求められています。この表には掲載されていませんが、同時期に現れたものの既に撤退している事業も複数あり、小容量日本酒のビジネスにおける競争が激しくなっていることを物語っています。

固定客ではなく“回遊層”の獲得を目指す「ICHI-GO-CAN®️」

2021年1月に一合サイズの日本酒缶ブランド「ICHI-GO-CAN®️」を立ち上げたAgnavi。3年が経った現在、取扱銘柄は約170にも及びます。全国の100を超える酒蔵と取引しており、世界唯一の総合容器メーカーである東洋製罐グループホールディングスのほか、三菱UFJキャピタル、JR東日本スタートアップ、金融機関などから累計2億円の資金調達をおこなっています。

「現在、ありがたいことに生産量は50万本ほどに伸び、欧州をはじめ約10カ国へ輸出もおこなっています」と話してくれたのは、創業者の玄成秀(げん・せいしゅう)さん。ここまで事業を成長させられた理由について、「ブランドの裏側で、サステナブルな日本酒のサプライチェーンのアップデートを行っているから」と説明します。

「蔵元様は、優先的に醸造設備へ投資をおこなうため、ボトリングやラベリングへの投資が難しいケースが多いです。弊社では、全国の酒蔵のお酒をタンクごと買い取っていますが、角型の1000リットルタンクで回収すると、缶にして約5500本分。積載効率が良く、瓶なら4パレット必要な分量を1パレットで運ぶことができます

缶のメリットである紫外線カットの効果については、現在、東京農業大学と共同研究を実施しているそう。軽くて持ち運びがしやすいほか、酒瓶不足が問題視される昨今において、リサイクル効率の高さも魅力であると分析します。

そんなICHI-GO-CAN®️が目指すのは、“回遊層” の獲得。固定客ではなく、「旅先や日常の中で、お酒を飲みたい時にスーパーやコンビニに入ったら、目の前に缶入りの日本酒があって、『買ってみようかな』と思ってもらえるような流れを作りたい」と玄さんは話します。

「瓶ビールが一般的だった1980年代、日本におけるビールの市場は1兆円規模でした。現在は3.5兆円まで増えていますが、この差分の2.5兆円はまさに缶ビールの市場に該当します。つまり、缶というパッケージが新しいマーケットを作ったということ。日本酒でも同じことを起こしたいと考えています

近年は、海外に向けた輸出事業も手掛けているAgnavi。玄さんは、「日本酒市場は輸出額が400億円まで伸びたという視点から議論されるケースが多いですが、フランスワインは1兆円以上輸出されている。日本酒がそこまで広まっていない理由を考える方が重要です」と指摘します。

まだまだ日本酒が知られていない中では、ジャケ買いしたり、間違って買ったりする回遊層の獲得が必要です。海外では『ICHI-GO-CAN®️と書かれているものは美味しい』という認識から始まって、日本酒の入口を広げていけることを目指しています」

一合サイズで日本酒らしい体験を届ける「きょうの日本酒」

Google Japan、Google UKを経て現在スタートトゥデイに勤める濱道佐和子さんが、一合瓶ブランド「きょうの日本酒」の構想に至ったのは、周囲に「日本酒は好きだけど、買って飲んだことはない」という人が多かったからだといます。

「日本酒は、飲食店で飲むことはあっても、自分で買うとなるとどこで買えば良いか、何を選べば良いかわからない。さらに、開栓してからどれくらい持つのか、すぐ飲み切らなければいけないのかといった不確かさが、購入にあたってのハードルになっていることがわかりました」

こうした抵抗感をなくすためにきょうの日本酒が注力しているのが、情報を“ちょうどよく”届けるということ。タイプ別の色分けやシチュエーションに合わせたセットによって「何を買ったら良いのか」という悩みを解消し、「どう保管すれば良いのか」といった細かな疑問に答えるためにメモを添える工夫をしています。

「お客様の中でも、『きょうの日本酒が、人生で初めて買った日本酒です』という方は多いんです。毎月いろいろなテーマでイベントを開催していますが、その参加者も『初めて日本酒のイベントに来た』という人がほとんどなので、ゲストの酒蔵さんからよく驚かれます」

代官山蔦屋書店や成城石井など、ギフト需要の高いショップやグロサリーストアなどに展開。ホテルからの需要も増え、「少しだけ日本酒を飲んでみたい」というインバウンド客のニーズに応えているといます。

「最近、一合瓶1本が入る『おすそ分け袋』を作ってみたのですが、購入率が高く、この袋があることによって『手土産にしよう』『友達に分けられるならセットで買いたい』というニーズを作れたのかなと感じています」

ブランディングにあたって、缶やパウチなども検討したそうですが、「提供したい価値を考えたときに、瓶にしようという判断になった」と濱道さん。

「お互いに注ぎ合う文化などを含めて日本酒の魅力だと思ってるので、瓶にすることで、従来の”日本酒を愉しむ”体験をそのままお届けできるのではと思っての決定でしたが、実際に作ってみてから実感した瓶ならではの良さもあります。たとえば一合瓶って、最後まで丁寧に飲もうと思えるんですよ。四合瓶や一升瓶と違って、みるみる減っていってしまうので、『あとこれくらいだな』と確認しながらじっくり飲むことができる。飲み始めから飲み終わりまでがひとつの大切な体験になっているんですよね」

小さな酒蔵のファンを世界につくる「SAKEPOST」

毎月、100mLのパウチに入った3種の日本酒がポストに投函されるサブスクリプションサービス「SAKEPOST」。運営するのは、日本酒カクテルを作れる1合サイズのカップ「ぽんしゅグリア」や、酒粕を活用した食品専門店「Hacco to go!」など、日本酒に関連する幅広いサービスを提供するFARM8です。

「ぽんしゅグリアのTwitter(X)アカウントから『日本酒のプレゼント、もらって嬉しいのはどんなお酒?』 とアンケートを取ったところ、500人から回答があり、最も多い6割以上の票を獲得したのが『いろんな銘柄の少量飲み比べセット』だったんです。好きな味のお酒を楽しむよりも、飲み比べをしたいという需要が大きいということに気付かされるきっかけでした」

そう話すのは、FARM8代表取締役・樺沢敦さん。ここから、小容量だけでなく「飲み比べ」にフォーカスするSAKEPOSTというサービスを発案しました。

「日本酒が好きだけど詳しくない人にとっては、有名な銘柄や人気のあるお酒が目に入りやすいもので、良いお酒を作っているのにブランディングをする資産がない酒蔵が淘汰されてしまう構造を歯がゆく思っていました。そこで立ち上げたのがSAKEPOSTです」

「一種類の日本酒だけを飲むよりも、少しずつ飲み比べたほうが、自分がどんな味が好きなのかわかりやすいんですよね」と樺沢さん。飲み比べによって消費者には「推し」が見つかり、酒蔵には「ファン」ができると樺沢さんは解説します。

容量は100mLに統一。過去に出店したイベントで、飲み比べをするために一合サイズのカップ酒は大きすぎると感じたためです。パッケージに銘柄やスペックなどは書かれておらず、印刷されたQRコードにアクセスして初めてそのお酒の情報がわかります。

パウチを選んだのは、もともと「Hacco to go!」などで食品加工事業をおこなっていたため手に入りやすかったから。それに加えて、「店舗営業をしたときに、海外からやってくるお客さまが瓶を買わないこと、小さいサイズで割れない軽量のアイテムに対する需要が大きいことに気づきました」と説明します。

結果として、ポスト投函できるので受け取りがしやすく送料も安いというメリットにつながり、現在はシンガポールや香港にも会員がいるといいます。

当初は樺沢さんの出身地でありFARM8のある新潟県の小さな酒蔵のみを取り扱っていましたが、最近は全国80蔵以上の酒蔵と提携し、取扱銘柄も200銘柄以上に拡大。

「通常、酒蔵さんが新しいお客さんに自分のお酒を知ってもらおうとすると、コストをかけて百貨店やイベントなどに出店する必要があります。しかしSAKEPOSTはこちらが買取したうえで、一度に数千人のお客さまに知ってもらえるきっかけになる点を評価していただけているようです。

また、SAKEPOSTではユーザーと酒蔵の間で一往復まで文通ができるようになっており、これまで7000通の実績があります。オンラインに慣れていない蔵人さんも多いので、発送から2カ月程度を目処に酒蔵ごとに集計して、紙に印刷して無償で届けています。お客さまの声を蔵人に届けるのは、立ち上げからずっとやりたかったことなんですよね」

日本酒が存在するシーンを増やす「HITOMAKU」

全面にデザインを施したキャップ付きの缶が印象的な日本酒ブランド「HITOMAKU」。運営会社であるSakeBottlers代表の鈴木将之さんは元々コンサルタント会社に勤めていましたが、コロナ禍に参加していた日本酒コミュニティ向けのオンラインサロンをきっかけに、ブランドを立ち上げるに至りました。

「今の日本酒業界が抱える課題を解決するために、サロンのメンバーから意見を募ったところ、いちばん実現性が高いと感じたのが“カップ酒をバージョンアップする”というアイデアでした。

従来の小容量日本酒といえばカップ酒ですが、『中年男性が飲むもの』というイメージが強く、レジに持っていきづらい。一度で飲みきれないのに、蓋がないものも多い。また、味わいも普通酒などのクラシックなものが多い。これらすべてをひっくり返す商品を作ろうと考えたんです」

鈴木さんが着目したのは、機能性・デザイン・中身のお酒の3点。蓋があり、破損しにくく持ち運びやすいという観点から、大和製罐の分銅型の缶を採用。コンセプトに合うイラストレーターを選別し、缶の全面にイラストを配置。アルコール度数が低く、最近のトレンドに合わせた味わいの日本酒をパッケージすることを決めました。

「HITOMAKUには二つのラインがあります。一つはジャケ買いできる日本酒で、“見た目どおりの味”がするもの。もう一つは飲むシチュエーションに合わせたものです。まずそれぞれのテーマを決めてから、味とデザインのイメージに落とし込んでいきます。

私は日本酒ファンとしてたくさんのお酒を飲んでいるおかげで、味わいが決まると、その味を表現してくれそうな酒蔵の候補を上げることができます。その蔵のお酒をひととおり買ってきて、米の品種や精米歩合などのスペックをある程度決める。そこから蔵元に打診します。

イラストレーターも同様で、候補者リストの中からテーマに合うイラストのタッチの人を選別してからオファーします。酒蔵もイラストレーターも知り合いではなく、初めてコンタクトを取る人ばかりですが、今のところ断られたことはないですね。酒蔵のよいところを活かしてオリジナルの酒を造っていただこうとしているので、『受ける側としても受けやすい』とお聞きしたことがあります」

例えば2022年にリリースされた「ゲーミング日本酒」は、ゲームをしながら飲める日本酒をコンセプトに、格闘ゲームの技である「しゃがみ大パンチ(しゃがんだ姿勢からアッパーを打つような技)」をイメージし、群馬県の土田酒造と共同開発しました。

「必殺技にするとインパクトがあって飲み疲れる味わいになってしまうので、ゲームをしながら飲み続けられる味わいになる技をイメージしました。深みがありながらも伸び上がる味だと伝えたところ、精米歩合90%というスペックで、キレがよく、甘味と力強いパワーがありつつも、すっきりした味わいに仕上げていただけました」

イラストレーターには、「ゲーム愛好家に人気がある人の中でも世代差がある」と、西村キヌさんとMika Pikazoさんの2名に依頼。Makuakeで目標金額の427%の支援を獲得したほか、現在はゲームバーなどにも展開しています。

日本酒のライバルは他のお酒ではなく、Netflixのようなエンタテイメント。『日本酒を飲んだら眠くてネトフリが観られなくなる』という人に、動画を見ながら楽しんでもらえるような日本酒を造っていけないと生き残れないと思っています。あらゆるシチュエーションに対応できる商品を作ることで、日本酒が存在する場所を増やしていきたいですね」

飲食店ではなく個人の消費者が日本酒を飲むカルチャーを築く鍵となる小容量日本酒。4社のエピソードからは、一人ひとりの消費者に歩み寄り、購入シーンや飲用シーンを想像することの重要性が見えてきます。

ひと口に小容量といっても、酒蔵の充填、酒販店の量り売り、新規ビジネスとその取り組みが多層です。小容量日本酒は、日本酒の市場をいかに変化・拡大させていくのか? そのチャレンジはまだ始まったばかりです。

【特集:小容量化する日本酒】
前編「なぜ今、小さい日本酒が求められているのか?」

後編「缶、小瓶、パウチ。新規ビジネスの仕掛け人4名に聞く」

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