300年前の土蔵造りが熟成酒を育てる −東京都・小澤酒造「蔵守」

静かな蔵内に整然と並ぶ酒瓶。

300年以上の時を重ねた土蔵の一部を熟成酒の貯蔵庫として利用しているのは、東京都青梅市にある小澤酒造。「澤乃井」などの銘柄で知られる一方、熟成酒のブランド「蔵守」を造り、新しい日本酒の価値を発信しています。

なぜ熟成酒を造るようになったのか、どのような環境で貯蔵しているのか、小澤酒造株式会社プランニング&デザイン室の吉﨑真之介さんに伺いました。

小澤酒造の吉﨑真之介氏

小澤酒造の隠れブランド「蔵守」とは?

小澤酒造は、1702(元禄15)年に創業。山に囲まれた蔵のまわりは、小さな沢がいくつもあり湧き水が豊富です。もとは沢井村と呼ばれていたことが、「澤乃井」という銘柄の由来にもなっているとか。

青梅市御岳渓谷沿いにある小澤酒造

江戸時代から続く老舗蔵ですが、熟成酒を造り始めたのは1992年から。どのような経緯があったのでしょうか。

吉﨑:「現会長である小澤順一郎が、フランスのシャトーに所蔵されるワインを見て、日本酒も熟成させてみてはどうかと思いついたことがきっかけです。

蔵の定番酒であった『純米大辛口』を3年貯蔵して実験。その日本酒を口に含んだときに熟成酒の可能性を感じ、本格的に販売することになったと聞いています」

「蔵守」2001年 純米大吟醸

「蔵守」は、純米酒と純米大吟醸酒の2種類。どちらも加水せず原酒のまま貯蔵タンクで2〜3年寝かせてから瓶詰し、蔵内にある貯蔵用のセラーでさらに熟成させます。

現在は、2013年の純米酒と2001年の純米大吟醸が蔵に貯蔵され、随時出荷されています。そのほかに、20世紀最後を記念して造った2000年の大吟醸も貯蔵されています。

吉﨑:「もとのお酒の風味や特徴をなるべく生かすため、原酒のまま熟成させています。

また、すぐに瓶詰めせずに、タンクで2〜3年ほど貯蔵します。安定した状態で均一に熟成するためです。

アルコール度数や酸度などのスペックは貯蔵前のもので、熟成が進んだ後の数値は変化しています」

「蔵守」の原酒が眠る貯蔵タンク。年間出荷量は約3000リットル

熟成酒の価値とは

熟成が進んだお酒はどのように変化しているのでしょうか。見た目は、純米酒の方が濃い琥珀色に変化しています。

吉﨑:「純米酒は純米大吟醸とくらべて低精白のため、色がつきやすいですね。純米酒はより濃醇でまろやかに、味が変化します。純米大吟醸は吟醸香から熟成香へと、主に香りが変わっていくのが楽しめます」

このような味わいや香りの変化は、単純に、美味しい、不味いというスケールでは測れないところに価値があると言います。

「蔵守」2013年 純米酒

吉﨑:「たとえば、この酒を酒屋さんが仕入れて、店頭に並んでもすぐに消費者の手に渡るとは限りません。そこでまた違う環境で時間が経過していきます。さらに、消費者のところで、時を経てから飲まれることも考えられます。

1本1本同じものはなく、それぞれが違う表情をしている。積み重ねた時間こそが、蔵守の価値であり魅力です」

酒販店の集まり「蔵守の会」の会員のみが、「蔵守」を販売することができます。熟成酒の価値に賛同し、お酒の魅力をしっかり説明できること、また、保存方法も理解したうえで取り扱ってもらえる酒販店に「蔵守」を託しているそうです。

土壁や天井が外気温から酒を守る

取材当日は、気温20度をこす快晴。にもかかわらず蔵内の気温は10度ほどと涼しいままでした。外気温に左右されにくい蔵の構造が、「蔵守」の熟成に最適な環境を整えています。

仕込みや貯蔵するための蔵は、造られた順に元禄蔵、明治蔵、平成蔵と3つ。一番古い元禄蔵に、「蔵守」を貯蔵するセラーがあります。元禄蔵は、江戸時代の土蔵造りの構造のまま今にいたります。

吉﨑:「昔の土蔵造りは天井が高く温かい空気が上に抜けるため、下が涼しくなります。

さらに屋根が『置き屋根』という2重構造になっていて、下駄のように木で組んだ上に屋根が乗るような形。内側に空気の層ができることで、断熱効果があります。

また30cmと厚みのある土壁も外気温に強いんです。昨年、青梅市の最高気温は40度を記録したときも、蔵の気温は20度前半だったんですよ」

創業時からある元禄蔵。天井が高い

酒の貯蔵にとって、急激な温度差は大敵。年間を通してゆっくりと変わることが、酒にとっても最適な状態なのだとか。先人の知恵をいかした建物の構造が、「蔵守」の品質を安定させているのです。

セラーは熟成酒を発信するための媒体

蔵守を貯蔵するためのセラーができたのが2000年。その背景には、熟成酒の認知度をあげようという蔵の意図があったそうです。

吉﨑:「そもそも熟成した日本酒があまり知られていなかったため、消費者に伝わりにくかったんです。蔵見学に来てくださった方に実際にセラーに貯蔵している様子を見てもらうことで、熟成酒をより身近に感じてもらおうと考えました。セラーは、熟成酒を発信するための媒体だったのです」

蔵見学は1日4回。元禄蔵をはじめ、明治蔵、仕込み水の湧く横井戸も見学できる

瓶がぎっしりと並んだ蔵内の景観は、確かに圧倒されるものがありました。ほかにも、蔵で試飲イベントを開催するなどして、「蔵守」の魅力を伝えているそうです。

吉﨑:「料理と合わせて試飲してもらうと、熟成酒の美味しさを納得してもらえます。純米大吟醸だと生ハムやドライフルーツ、純米酒だと濃い味付けの料理にも合います。

イベントでは南蛮漬けやスペアリブ、合鴨ローストなどと合わせたことも。ピザやチーズなど、洋食も幅広く楽しめるのが魅力です。欧米の方も見学にいらっしゃいますが、蔵守を気に入ってくれる方は多いですね」

イベントには、30〜40代の女性も多く、熟成酒を好む層が幅広くなってきていると伺いました。

まとめ

「高級酒ではなく、趣味性のある酒を」というコンセプトのもと、誕生した熟成酒「蔵守」ブランド。

300年以上時を重ねた元禄蔵でひっそりと陳列され、静かに時を重ねている様子が印象的でした。積み重ねた時間の分だけ瓶内でそれぞれに変化を遂げ、特別な1本に育っていく様子を垣間見ることができました。

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