飲み手を魅了。酒米「雄町」の特徴を知る

2019.05

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飲み手を魅了。酒米「雄町」の特徴を知る

市田 真紀  |  風土を映す酒米の世界<雄町編>

日本酒の原料である酒米の中でも、飲み手の人気がとりわけ高い品種のひとつが「雄町」。その人気は、「雄町」の魅力にはまり「雄町」の酒を好んで飲む「オマチスト」と呼ばれる特定のファンがいることでも知られています。

彼らは一体、「雄町」のどんなところに惹かれ、「雄町」の酒を嗜んでいるのでしょうか。 その理由をさまざまな角度から探ります。

原生種ゆえの野性味、栽培の難しさ

8月下旬から9月上旬頃、岡山県南部を中心とした地域で栽培される酒米「雄町」は出穂(しゅっすい)期を迎えます。すべての穂が出そろった「雄町」は草丈が160cm以上にも及び、穂先には芒(のぎ)と呼ばれる針状の白い突起が出現。圃場で風になびくさまはまるでシルクのように優雅で美しく、思わずため息が漏れるほど。

やがてその穂が成熟してこうべを垂れると、「雄町」は野性味あふれる立ち姿に一変。穂が長く、籾の一粒一粒が大きいため、地面すれすれに近い高さにまで垂れ下がるのです。優美で勇壮で、ワイルド。発見以来、交配による品種改良が一度も行われていない原生種ゆえの雄姿をリアルで見た人は、一瞬にしてその魅力に引き込まれるでしょう。

一方、野性味あふれる「雄町」の魅力は、栽培を担う農家さんの苦労と長年培った技術の賜物でもあります。背が高くて倒伏しやすい「雄町」は、他の品種よりも天候の影響を受けやすい上、化学的な肥料等を嫌う傾向があることから、生育を見極める目はもちろん、適切な水管理を行うなど、造り手の豊富な経験や勘を駆使して栽培しなければならないのです。それでも自然に抗えず、収量や粒の大きさ、熟れ具合などにてきめんに影響する年も稀ではない「雄町」。やるべきことをやった上で私たち人間にできるのは、シーズン通しての安定した天候を祈る。ただそれに尽きるといっても過言ではありません。

造り手の感性と技術次第で表現多様

酒造りに適するとされる米の条件として、大粒で心白があること、タンパク質の含有量が低いことなどが挙げられます。「雄町」の場合はどうでしょう。岡山県酒造組合のサイトによると、粒の大きさの指標となる千粒重は平均26.1g。コシヒカリなど一般米の千粒重22g前後と比較すると大きさの違いは明白で、「酒米の王様」と呼ばれる山田錦(約28g)に迫ります。一方、心白は山田錦が線状であるのに対して「雄町」のそれは球状。そのため、高精米をする際は精米歩合40%程度が限界とされます。

酒米としての十分な適性を有する「雄町」ですが、多くの造り手から聞く評価は「扱いが難しい品種」。他の品種と比べて割れやすい上に軟質であるため水分を吸いやすく、醪の中では溶け易いことから、より厳密な発酵管理が求められます。調整がうまくいかないと醪の経過が想定通りにいかず、造り手の意図しない酒質になることも。それでも、あえて「雄町」を使う造り手が増え続けているのは、原生種ゆえの扱いづらさにあえて挑む技術者としての矜持があるからかもしれません。

もちろん、酒米としてのすぐれた特性にも注目。「雄町」を麹米に使うと、麹菌の菌糸が米の中心へと伸びやすく、酵素力価のバランスにすぐれた麹に。酒母や醪での糖化もよく、甘みや旨味のボリュームがあってまろやかな味わいの酒に仕上がります。しかも、熟成を経て秋上がりする傾向があり、造り手のセンスや技術によって多様な味わいが楽しめるのも「雄町」の大きな魅力のひとつ。飲み手が「雄町」に惹かれる理由は、まさにそこにあるのではないでしょうか。

続く議論「雄町らしさ」とは

栽培者や造り手、さらには飲み手をも魅了する「雄町」。その「雄町」を使って醸した酒の酒質に関しては、今日に至るまで長らく議論され続けてきました。毎年夏に東京で開催される「雄町サミット」(主催:JA全農おかやま、岡山県酒造好適米協議会、岡山県酒造組合)には例年、岡山県産雄町で造られた約200点もの酒が出品されますが、扱いづらいとされる「雄町」を見事に使いこなし、上品でバランスの良い味わいを表現した酒が年々増えているように見受けられます。

しかし、「雄町」の特性や魅力は、それだけで飲み手に十分伝わっているでしょうか。「雄町」の酒を愛飲する飲み手には、甘味、旨みのボリューム感やキレのある力強い酸味、そして心地よく持続する余韻といった米のポテンシャルが感じられる味わいを求めている人も少なくないと思うのです。「雄町らしさ」を感じさせる酒質がベースにあり、さらに各造り手の解釈と技術によって表現される多様な味わいが堪能できれば、飲み手にとっての楽しみは一層アップ。さらに、他品種の米で醸した酒との違いも堪能できるようになれば、「雄町」の魅力はさらに引き出されるにちがいありません。

個人的には、グラマラスなボディ感が楽しめる酒や原生種らしく野趣あふれる味わいの酒も、もっと「雄町」に求めてみたい。さらに造り手それぞれの「雄町」に対する解釈や酒質表現についての想いを詳しく知ることができれば、その魅力はより一層味わい深いものになることでしょう。

――みなさんがイメージする「雄町らしさ」とは、どんな味わいの酒でしょうか?

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