2021.09
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酒蔵が、地域の景観を守るために始めた「酒米オーナー制度」 - 長野県・岡崎酒造(信州亀齢)
長野県上田市で「信州亀齢」を醸す岡崎酒造は、市内に唯一残る「稲倉の棚田」(日本の棚田百選)の美しい景観を守るため、棚田で育てられた酒米を積極的に買い取って日本酒を造っています。
昨年(2020)10月には、長野県が棚田の保全を企業が担うことを目的として導入した全国初の「棚田パートナーシップ協定」の第一号案件として、岡崎酒造が稲倉の棚田保全委員会と協定を結びました。地域の美しい棚田の景観を守ることは、米を使って商売をしている地酒蔵のやらなければならない大切な役割と考えてのこと。年々使う棚田米の量を増やしてきた岡崎酒造の地域貢献への狙いを探りました。
夫婦二人三脚で酒質向上を果たし、人気銘柄に
岡崎酒造は上田市内の旧北国街道に面して建つ酒蔵で、街道の街並みを見物にやってくる観光客と地元客を相手にほそぼそとお酒を売っていました。蔵元の娘・岡崎美都里さんは東京農業大学を卒業後、修行を積んで2003年度から杜氏に就任。変革が始まったのは、美都里さんの夫・謙一さんが会社勤めを辞めて2011年に蔵の仕事に加わってからでした。
岩手の南部美人の蔵に教えを請うとともに、先進的な地酒蔵の多くに足を運ぶことで、生き残るための美酒造りに着手。夫婦二人三脚で酒質を進化させてきました。その成果が最初に表れたのが、2015年秋に開催された第86回関東信越国税局の酒類鑑評会。吟醸酒の部で197点の出品酒の中のナンバーワンである最優秀賞を獲得したのです。
「長野に信州亀齢あり」と評判が立った直後の2016年には、大河ドラマ「真田丸」が始まったことで上田の観光客が急増。蔵にも多くの人が訪れてお酒が売れたこともあり、岡崎酒造のファンが各地に生まれました。その後も人気はじわじわと高まり、現在では長野県でも有数の人気銘柄になっています。
「本物の地酒」目指し地元米を志向、棚田との出会い
酒造りが軌道に乗るようになった一方で、蔵元の謙一さんは「地酒としての信州亀齢のイメージを固めるには地元産の米をなるべく使い、地元の人たちに愛される酒でなければならない」と考えるようになります。当初は長野県産のひとごこちと美山錦を農協から酒造組合を経由して仕入れていましたが、これだと県内のどこで獲れた米かが分かりません。
「長野県は広いので、県内産というだけでは地酒と胸を張れない。そこで、徐々に使う米を上田市内及びその周辺の農家から調達するように変えていくことにしたのです」
それに先立って上田市では、市内に唯一残る稲倉の棚田が1999年に「日本の棚田百選」に選ばれたのをきっかけに、市民の有志による保全活動が始まっていました。稲倉の棚田は市内を流れる稲倉川沿いの標高640mから900mの谷間にある780枚以上にもなる田んぼです。
2003年に結成された稲倉の棚田保全委員会では「有志だけで田んぼを守るのは難しい。都市部の人たちにも応援してもらうような企画が必要」と意見がまとまり、2006年から棚田のオーナー制度を始めました。一定の年会費を支払うとオーナーになれ、田植えや稲刈り体験もできて、棚田で収穫されたお米(食用米)を受け取れるという仕組みです。子供達に稲作の体験をさせたり、棚田の自然を堪能させたいという都市部の親たちの反応は上々で、制度は数年で軌道に乗りました。
自分たちが作業に加わった米を食べてもらうことが主目的だったこともあり、当初は委員会のメンバーにも酒米を作るという意識はありませんでした。岡崎夫妻も同様で、2014年に初めてオーナーに加わった時も「やはり、子供達に米作りを体験させたいという親の気持ちで参加しました」と謙一さんは話しています。ところが、実際に子供達と田植えや稲刈りなどに参加したときのこと。
「山の斜面が緑の階段になって果てしなく広がっているんです。その景観の素晴らしさに感動しました。特に棚田の上から見下ろすと、緑の斜面が上田盆地に向かって美しく伸びている。
また、段々になった棚田には水が湛えられていて、大雨が降った時などは麓へ水が一気に流れていくのを防ぐ、治水の役割もあることを学びました。美しい景観は観光資源としても使えるし、治水は地域のためになるわけで、米を原材料にして生業(なりわい)を立てている酒蔵にとって、棚田を守ることは使命ではないか、と考えたのです」
地元で大好評、棚田米の酒
棚田のオーナーを2年間経験した後、岡崎酒造は「来年には食米だけでなく、酒米も造ってみませんか。我々が全量買い取りますので」と提案し、委員会のメンバーも了承。こうして2016年春の田植えで食米のほかに、酒造好適米のひとごこちを栽培することになりました。
しかし、メンバーの農家の中には酒米栽培の経験者はおらず、1年目はおっかなびっくりの米作りだったのだそうです。出来上がった棚田米を初めて受け入れて酒造りに臨んだ杜氏の美都里さんは次のように振り返っています。
「他の農地で獲れたひとごこちと同じ吸水歩合にしても、手触りが違うんです。弾力があるというのか、あるいは保湿力が優れているというのか。このため、他のひとごこちよりも手にくっついたり、塊を細かく崩すのに苦労するなどのサバケの悪さが若干目立ちましたが、最終的には破精込みのいい麹にしあがりました。ひとごこちはもともと溶けやすい米なので、いつもの信州亀齢のお酒に比べてほんの少し濃くなったかもしれません」
「棚田のお酒がほかよりも美味しいということは難しいと思っていましたので、他のひとごこちと変わらない品質のお酒ができることが確認できて安心しました」と謙一さんは胸をなで下ろし、早速「稲倉の棚田産の米で作った信州亀齢」として売り出したところ、地元で話題となりあっという間に完売しました。
「他の信州亀齢よりも味が落ちても、話題性があるから売れる、という状況では長続きしない。やるからには信州亀齢の名に恥じないレベルの酒を造らなければならない」と決め、棚田米の酒造りには最深の注意を払ってきました。それに加え、酒米を育てる農家の腕も上がったことで、3年目からは特約店も太鼓判を押す酒質になっています。
「酒米オーナー制度」で棚田米の使用を拡大、棚田保全に役割果たす
これなら行ける、と感じた岡崎酒造は「できるだけ多くの酒米を作って欲しい」と 棚田保全委員長に要請。このため委員会では2017年春から、田植えや稲刈りに加えて、棚田米で造ったお酒の瓶詰め体験などもでき、できたお酒ももらえる 「酒米オーナー制度」を立ち上げると同時に、酒米の栽培を増やしてきました。
この制度は一年目から評判が高く、首都圏などから多くのオーナー参加希望が殺到。2021年には希望者が多いために抽選でオーナーを決めるまでになりました。
岡崎酒造は「自分たちだけが得をするのではなく、地域との共存共栄が大切」との考えから、手間のかかる棚田米には引き取り価格を高めに設定。さらに、棚田米の信州亀齢の取り扱いを長野県内の5店舗に限定し、首都圏の信州亀齢ファンには「5店舗から購入して下さい」と呼びかけています。
こうした取組みを進めた結果、すでに稲倉の棚田で収穫された米の5割を岡崎酒造が引き取るまでになりました。仕込みもタンク2本分となって、春先に生酒、夏場に火入れ酒を販売しており、「棚田米の酒蔵」とのイメージが確立されつつあります。
長野県が2020年に始めた「棚田パートナーシップ協定」は県内各地にある棚田の保全に協力する企業を増やす目的があり、岡崎酒造はすでに実績があるケースを追認する形で、第一号案件となりました。
「これでもう退路を断たれた感じです。最終的には稲倉の棚田のすべてが酒米になっても、うちが全量買い取るつもりです」と謙一さんも覚悟を深めています。
洪水を防ぎ、美しい景観を作る役割のある棚田は全国で保全の取組みが進められるようになってきています。 その中でも毎年継続して棚田米の酒を造り、その規模を年々拡大している岡崎酒造は、酒造りが棚田保全の中心的な役割を果たす好例として 、今後の動向からも目が離せません。
酒蔵情報
岡崎酒造
住所:長野県上田市中央4-7-33
電話番号:0268-22-0149
創業:1665年
社長:岡崎謙一
杜氏:岡崎美都里
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