2021.11
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すべての日本酒を木桶で醸す。新興の蔵元が目指す理想の酒造り - 福島県・人気酒造(人気一)
ホーロータンクを廃棄して、2020BY(醸造年度)から1000石余りの日本酒をすべて木桶で造っているのが福島県二本松市の人気酒造です。
江戸時代には酒造業で盛んに使われていた木桶や酒樽は大正以降徐々に廃れ、20世紀末には木桶の加工技術の継承さえ危ぶまれました。しかしその後、木桶の良さが見直され、酒造りの現場に少しずつ戻ってきています。
人気酒造の遊佐勇人社長も木桶に魅力を感じた1人で、「どうせやるなら、全て木桶で酒を造ろう」と目標を据え、さらにできた酒を手頃な値段で提供できるよう、国内でも最大サイズの木桶で一年中酒造り(四季醸造)をするというオンリーワンのスタイルを実現しています。木桶がずらりと並ぶ酒蔵を訪れました。
木桶と出会い、「文化と伝統を守る」夢を抱く
遊佐さんは1965年生まれ。福島県・奥の松酒造の蔵元次男に生まれ、大学卒業後は映画会社に就職して映画やテレビ番組の製作などの仕事をしていました。「子供の頃から、蔵を継ぐつもりはないまま社会人になった」そうですが、就職した1987年の翌々年に父が急逝。このため、急ぎ蔵に戻って後を継ぎました。
蔵の経営を担う傍ら、業界団体の青年組織に加わって活動をしていた2002年。長野県の桝一市村酒造場で木桶による酒造りを復活させた女性と出会います。「古き良き木桶で日本酒を造る蔵を増やし、日本酒業界に変革の波を起こしたい」という彼女の働きかけに遊佐さんらも賛同し、2008年にNPO法人「桶仕込み保存会」が設立。その活動の一環で木桶の作り方について学ぶ機会がありましたが、「それが衝撃でした」と遊佐さんは振り返ります。
「江戸時代から現在に至るまで、木桶の材料として最も使われているのが吉野杉です。樹齢100年前後の杉だけを使って作り上げる木桶は、100年以上の使用に耐えうる優れものです。密度の濃い、水漏れをまったくしない杉材にするには、植林から伐採までの緻密な管理が必要です。日本人がその技術を磨き、今日まで木桶を存続させてきたのです。
一方で、日本酒も我が国で進化してきた宝です。それならば、ホーロータンクやステンレスタンクとは決別して、すべての日本酒を木桶で造る蔵にいつかはなりたい。それが日本の文化と伝統を守ることにも繋がる」と遊佐さんは夢を描くようになりました。
理想の酒造りを目指し、新蔵を立ち上げ
遊佐さんは奥の松酒造の後を継いで働くなかで、木桶以外にも酒造りで実現したいことが出てきました。 それらに自由に取り組むため、奥の松酒造を離れて自分の蔵を立ち上げることを模索します。そして同じ二本松市内の酒蔵の設備と免許を譲り受けて、人気酒造を創業したのが2007年でした。
譲り受けた酒蔵では、「人気一(にんきいち)」という新しくデビューさせた銘柄の知名度アップと特定名称酒の酒質向上に力を入れていましたが、2011年に転機がやってきました。東日本大震災の揺れと原発事故による放射能汚染の風評で、地震に強く、しかも外気を遮断できる蔵を建てることが必要と判断したのです。遊佐さんは移転先を探しはじめると、タイミング良く二本松市内に大手機械メーカーの倉庫が売りに出されていることを知ります。
「物件を見てみると、がっちりとした倉庫で、敷地が広いので増築も自由。しかも、敷地内に井戸を掘ったところ、地下70メートルの深さから理想的な水が得られて、これまで温めてきた理想の酒造りを実現できると確信しました」
こうして2011年の秋から、新天地で酒造りが始まりました。
「1年中搾りたての美味しい酒」へ - 通年醸造、全量瓶貯蔵の実現
遊佐さんが描く理想の酒造りとは道具の面では木桶を使うことでしたが、造りの面で目指したのは「搾りたての鮮度のよい日本酒を一年中安定して飲み手に届けること」でした。遊佐さんは次のように話します。
「日本人は食べ物でも飲み物でもフレッシュさを求める傾向にあります。だから、昔から冬場の搾りたての新酒を多くの人が喜んで飲んでいました。ただ、冷蔵技術が発達していない時代にはフレッシュな酒を提供できるのは寒い時期だけ。ところが、今ならば冷蔵技術を活用して1年中搾りたての美味しい酒を造れるし、その方が在庫も一時的に膨らまなくて経営上も好ましい。
また、火入れという工程は確実にお酒を変化させるので、搾りたての魅力を残すには(火入れは)2回より1回の方がいい。瓶詰めして火入れしたお酒を保管できる冷蔵庫を十分確保すればいいんです」
これを実現するため、買い取った倉庫の隣に冷蔵仕様の新しい蔵を建て、2012BYから四季醸造(通年醸造)に移行するとともに、生酒以外のお酒は一回火入れの瓶貯蔵に全面的に切り替えました。
リーズナブルな価格でオール木桶仕込みの酒を
そこからさらにホーロータンクを順次、木桶に交換する計画の実行に移りました。その段階でこだわったのは木桶のサイズでした。桶仕込み保存会の活動で木桶を仕込みに使う酒蔵も全国各地に少しずつ増えていたものの、多くは3000リットル程度のサイズで、「小仕込み」と言われる総米1トン程度あるいはそれ以下の仕込みに適したものが主流でした。
「ホーロータンクよりも温度管理が難しい木桶では、このサイズが一番望ましいとは思います。しかし、ホーローから木桶に切り替えてもお酒の値段を高くするつもりはありませんでした。仕込み1本にかかる手間はサイズが大きくても小さくても同じ なので、サイズを落とすとその分コストが高くなってしまいます。そのため、木桶もホーロータンクとほぼ同じサイズの6500リットルを注文することにしました。総米2トンの酒造りです。日本で最大の木桶仕込みでしょう」
木桶の特性を克服し、変わらぬ美味しさと奥深い風味を実現
こうして1本目の木桶が2015年に搬入され、その後も順次数を増やしていきました。
「大きいサイズの木桶で造る場合、一番の難しさは醪の温度管理です。ともすれば、酸が多く生成されやすいので、内部に冷水が回るスターフィンという金属製の道具を醪の中に沈めて温度を低く、かつ均一になるように細心の注意をはらうようにしています。
ホーローから木桶に切り替えることで味が変わるおそれもありましたが、1本目の木桶では大きかった味の違いが、繰り返し仕込むなかで徐々になくなってきました。これなら問題がないと判断して、ホーローから木桶への全面転換を果たしました。
一方、大きなワイングラスなどで吟味すると、人によっては木桶の個性である複雑で奥深い風味を感じることができるようで、その点は売りになると思っています」
最後の3本が蔵に入ってきて、オール木桶の酒造りの体制が完成したのは2020年春のこと。現在は、小振りの木桶を含めて6本ですべての酒造りを進めています。
「木桶は使わない期間はメンテナンスに非常に手間がかかります。だから、逆に休まず使い続けた方がいい。四季醸造との親和性が高いということです。実際、納入されて5年余りが経過した木桶をこの春、初めてメンテナンスをしたほどです。」
お酒の販売も順調で、近々もう1本木桶が納入されてくるのだとか。人気酒造を立ち上げて以来、10年余りで遊佐さんは夢の実現を果たしました。
新設蔵として、オンリーワンを目指し続ける
遊佐さんは、「2007年に新しく創業した人気酒造だからこそ、先進蔵に追随するのではなく、他の蔵がやっていない酒造りに挑戦して初めて存在意義がある」と考えています。
大型の木桶だけで日本酒を造るというオンリーワンを実現したいま、遊佐さんの関心は瓶内二次発酵のスパークリング日本酒と輸出に向いています。特に瓶内二次発酵については、造りが難しく奥の深い世界で、まだまだ新しい分野を切り開けると確信しているそうです。今後の人気酒造がどのようなお酒をリリースしてくるのか、目が離せません。
酒蔵情報
人気酒造
住所:福島県二本松市山田470
電話番号:0243-23-2091
創業:2007年
社長:遊佐勇人
Webサイト:http://www.ninki.co.jp
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