2022.03
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初の輸出用日本酒製造免許取得。海外のニーズに応え、地元の田んぼを守る - 福島県・ねっか
造った日本酒を全量輸出することを条件に、清酒免許を新規に認める「輸出用清酒製造免許」の申請受け付けが2021年4月1日に始まりました。5月28日に第一号の免許を取得したのは、福島県只見町で米焼酎を造っている合同会社ねっか(代表社員:脇坂斉弘)です。
只見町の田んぼの風景を守りたいという農家の強い思いから2016年に米焼酎造りを始めた経緯もあり、さらに使う米が増える清酒造りの話は渡りに船でした。米焼酎の輸出も始めていることから免許の交付もスムーズに進み、“一番乗り” を果たしたねっかの酒造りの現場を訪れました。
蔵では日本酒の醪が元気良く発酵中
1月下旬。冬型の気圧配置で降雪が続き、白一色の雪景色となった福島県只見町にあるねっかでは、香港向けに出荷予定の日本酒の醪が仕込みタンクで元気良くフツフツと発酵し、早くも芳醇な香りを漂わせていました。
2017年(2016酒造年度)から米焼酎専業の蔵としてスタートしたねっかが初めて日本酒を造ったのが数ヶ月前、5造り目の冬です。搾った大吟醸生酒は第一弾としてすでに香港へと出荷が終わっており、今回の醪は第二弾として同じく香港に輸出される予定のものでした。
以前は焼酎専業の酒蔵だったねっかですが、代表社員の脇坂さんは、隣町の南会津町にある花泉酒造で15年余り日本酒造りに携わったベテラン。「5年ぶりに日本酒造りに戻ってきました。美味しい日本酒を造るノウハウはあったので、一本目から納得のいく大吟醸ができました」と余裕の表情を見せます。
はじまりは町長からの電話
話の始まりは2014年に遡ります。花泉酒造の役員として日本酒造りに没頭していた脇坂さんのところに、隣町である只見町の町長から電話がかかってきました。町長は「会議などで出張に行くとき、只見町には手土産にちょうどよいものがない。結局、隣の南会津町で造られた花泉酒造の日本酒や、同町の特産品であるトマトを持って行くことになってしまう。なんとか町内に酒蔵を作ることはできないものか」と相談してきたのです。
脇坂さんは「清酒や焼酎の新規免許は認められていない。他の酒蔵の免許を譲り受けて、それを移転させる手もあるが、それさえ前例が極端に少なくて難しい。諦めたほうがいい」と応えたのだそう。町長は諦めたものの、その話を聞いた只見町内の稲作・トマト農家が興味を示したのです。
花泉酒造にも原料の米をおさめていた農家の有志たちは、只見町の美しい田んぼの風景を守りたいとの思いを強く持っていました。彼らは「食べる米だけでは田んぼの美しい景観は守り切れない。お酒に使う米も手掛けて、田んぼを守っていきたい。町内に是非酒蔵がほしい」という気持ちを膨らませます。彼らと頻繁にお酒を酌み交わしながら、脇坂さんも一緒になって、そんな夢を語り続けていました。
流れを変えた「特産品しょうちゅう製造免許」
2016年に、貴重な情報を農家の有志が入手してきました。それが「特産品しょうちゅう製造免許」という国の制度です。「地元で獲れる米、麦、さつまいも、そばを主原料とした焼酎であり、生産している都道府県における消費量が製造量を上回っている場合、単式蒸留に限って製造を許可する」というものでした。
その制度を利用して実際に地元の米で米焼酎を造り始めた先例が、高知県本山町にあることを有志が見つけてきたのです。早速、3月には農家の有志、脇坂さん、只見町役場の職人で現地の「ばうむ合同会社」を訪問。ここでは棚田で収穫した食用米の、粒の大きな米だけを選別して高価で販売する一方で、残った米を原料に米焼酎を造っていました。現地を見学した農家の有志たちは「この制度を利用すれば只見町に酒蔵ができる。是非やりたい」と申請までの手続きなどについて教えを請い、地元の税務署に話を持ち込みました。
本格的に動き出した5月。農家の有志らが脇坂さんのところを訪れ、「これから我々は農作業が忙しくなり、会社設立や造りの準備などできないので専任する人間が必要。その仕事を脇坂さんにお願いしたい。社長をやってくれないか」と頼まれました。「私は花泉酒造の経営陣のひとりですよ。日本酒造りが本業だから」と一旦は断ったそうですが、農家から繰り返し懇請されているうちに、心が動きます。
「花泉酒造に移ってきたのが16年前。これまで酒蔵の設備を改善し、新しいブランドを立ち上げ、経営を軌道に乗せるところまで頑張って来ました。日本酒造りは面白くて飽きないものでしたが、この辺りで別なことをしてもいいかな、という気持ちが膨らみ、話を受けることにしました」。こうして脇坂さんは2016年6月に花泉酒造を離れ、米焼酎蔵のプロジェクトに専念することになったのです。
大吟醸酒を彷彿とさせる米焼酎を目指し、酒蔵を設立
かくして2016年7月に合同会社ねっかが設立します。只見町や南会津町南郷地域で使われる「ねっかさすけねぇ=まったく問題ない、ぜんぜん大丈夫」という方言が由来です。「ねっか」は「まったく・ぜんぜん」と強調する意味に使われることから、可能性を否定せず前向きな気持ちで取り組む会社にしようという狙いから命名したそうです。代表社員に脇坂さんが就き、出資と経営に当たる業務執行社員には、農家の有志から三瓶清志さん、山内征久さん、馬場由人さん、目黒大輔さんが参加してスタートしました。
脇坂さんは只見町内にある空き家を見つけてリノベーションするとともに、酒造りに必要な設備の調達に動きます。「麹造りから始まって、仕込んで醪を造るまでは基本的には日本酒と一緒で、違うのは最後に醪を蒸留器にかけることぐらいです。知り合いの酒蔵が使わずにいるタンクなどをもらい受けて投資額の圧縮を図り、福島県内で焼酎を造っている蔵に入って研修も受けました」。
免許が発行され次第、いつでも酒造りが始められる体制が整った2016年12月に、脇坂さんたちは最後のテーマであった「どんな味の焼酎を造るのか」の検討に着手しました。脇坂さん達は日本で売られている米焼酎のほとんどを飲み尽くし、ある程度の方向性は固まっていましたが、米焼酎の本場である熊本県の球磨焼酎を造るメーカー数蔵に伝手をたどって足を運びました。そのうえで「清酒の吟醸酒を思わせる米焼酎」に照準を合わせます。
使う麹は清酒用の黄麹、使う酵母は福島県が持っている酵母の中から、カプロン酸エチルのフルーティーな香りをたくさん出す株を選ぶことにしました。「仕込みの段仕込みや配合など清酒とは違う工程があるものの、使う原料は清酒とほぼ同じ。そのため不安もなく、最後に蒸留してできあがったお酒はイメージどおりでした」と脇坂さんは振り返ります。農家の有志たちが「必ず間に合わせるように」と求めていた、2017年2月の地元の雪まつりには第一号の焼酎『ねっか』を提供できました。
予想以上の評価を獲得するも、求められるのは「日本酒」
2017年4月に正式発売された『ねっか』は県内で順調に売れていきます。九州の焼酎を飲んでいた人たちが「福島県産の米焼酎はどんな味なのか」、「地元産があるならそっちにしよう」と興味を持つケースが多いようです。大吟醸酒のような香り高い酒を気に入り、繰り返し買ってくれる人も増えています。また、最初から輸出にも力を入れるつもりで海外の品評会に焼酎を出品して名を売り、イギリスや香港への輸出も着々と増やしています。
特産品しょうちゅう製造免許は、当初は1年ごとの更新で、3年目に年間生産量10キロリットルを超え、かつ黒字経営だと永久免許に移行する仕組みです。ねっかは年間20キロリットルを超えて黒字を出し、2020年に永久免許を取得しています。「当初の予想よりも売れて、1年目はその年の10月にお酒が完売してしまったんです。すぐに追加投資が必要になって資金計画を見直すなどバタバタしました」と順調な滑り出しに、脇坂さんも笑顔を隠しません。
脇坂さんがイギリスへ焼酎の売り込みに行くと、商談相手のバイヤーから、「米焼酎も面白くて良いが、日本酒はないのか」と聞かれることも度々ありました。そんな時、脇坂さんは「日本酒を造る会社にいたので、付き合いのある酒蔵はたくさんある。いくらでも紹介する」と応えて、実際に酒蔵を紹介してきています。しかし、お金をかけて海外に出向いて、結局は他の日本酒蔵にビジネス面で貢献する格好になっていることに、脇坂さんも複雑な思いもあったそうです。
そんな気持ちを胸に抱いていた矢先に、国が「輸出に限って清酒製造の新規免許を付与することを検討している」とのニュースを耳にします。免許交付の条件は他の新規免許と同様、酒造りの設備を整えていつでも造れるようにすることと、すでに他の酒類で輸出実績があり、相手先のバイヤーの取引承諾書が必要というものでした。
ねっかの場合、設備については醪を搾る設備と火入れの機械を追加で用意するだけでよく、輸出は軌道に乗っているので、あとは書類を揃えるだけの状態。周囲からも「今回の制度に一番合致するのがねっかではないか。是非、免許取得の一番乗りを目指せ」と激励され、脇坂さんはすみやかに設備を整えます。受付開始の初日(2021年4月1日)に申請を受理され、わずか2ヶ月で免許が下りたのです。
※現在までに免許を獲得しているのは、稲とアガベ(秋田県/取得日:2021年9月28日)、木花之醸造所(東京都/取得日:2021年10月28日)、LAGOON BREWERY(新潟県/取得日:2021年11月24日)、台雲酒造(島根県/取得日:2021年11月28日)の4社
海外のニーズを汲み上げた日本酒で勝負
脇坂さんは輸出する日本酒について「私たちは国内で日本酒を売らないので、日本人の嗜好に合った味わいの日本酒ではなく、輸出先の国に住む人の好みにぴったり合わせた酒を造っていきます。そうすることで、先行して輸出をしている他の日本酒蔵の酒とは違う土俵で勝負をしたい。第一弾で出荷した香港向けについても、いくつかの異なる味わいの大吟醸をサンプルで送って、先方のバイヤーに選んでもらいました」と話します。その結果、どんな味わいのお酒を造ったのかと問うと「奇をてらわない、綺麗でクセのない味わいです。これぞ大吟醸的な、フルーティーで甘くて飲みやすい酒ですね」とのこと。 銘柄名も中華圏の人なら誰でも知っている曲水の宴を意味する『流觴(りゅうしょう)』としています。
第一弾は日本酒と焼酎をセットにして500セットを輸出。香港での評判も上々で、次の輸出先としてアメリカで商談中です。「読めない漢字の方が喜ばれる傾向にあるので、そのまま行こうと思いますが、注文が来れば別の名前にします。なにせ仕込みは総米200㎏と鑑評会に出品する大吟醸並みに小さいので、仕込みごとに柔軟に造りを変えていくことも簡単です。福島の山の中で育てた米がふたつのタイプの異なる酒となって、多くの海外の人に喜んでもらうことで只見の田んぼが守られるのであれば、出資した農家の仲間達も満足してくれると思います」
只見町の米づくりを盛り立てながら、国内外のニーズに応える商品を生産するために、ねっかの挑戦は続きます。
酒蔵情報
合同会社ねっか
住所:福島県只見町大字梁取字沖998
電話番号:0241-72-8872
創業:2016年
代表者:脇坂斉弘
杜氏:脇坂斉弘
Webサイト:https://nekka.jp
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