“日本酒の聖地”でしかできない酒造りとは?「みむろ杉」の新蔵が誕生 - 奈良県・今西酒造

2026.03

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“日本酒の聖地”でしかできない酒造りとは?「みむろ杉」の新蔵が誕生 - 奈良県・今西酒造

山本 浩司(空太郎)  |  酒蔵情報

「みむろ杉」を醸す奈良県の今西酒造が、室町時代に始まったと言われる酒母造り・菩提酛(ぼだいもと)ですべての日本酒を造る第二蔵「三輪伝承蔵」を完成させ、この冬から本格的な酒造りを始めています。奈良県の菩提山正暦寺で確立されたという菩提酛で、「綺麗で上品な味わいの酒」を造ろうと5年前から試行錯誤を重ね、高品質の酒造りの目処をつけることができました。

今西酒造のある桜井市三輪には酒の神様を祭る大神(おおみわ)神社があることから、神社の参道沿いに、大神神社のご神体である三輪山由来の吉野杉をふんだんに使って建設された第二蔵。仕込みや米の蒸しにも杉の桶や甑(こしき)を使うという古(いにしえ)の造りを再現する体制を整えています。

酒造りの聖地で、三輪の自然と風土を活かした酒造りをするという決断に踏み切った今西将之社長の熱い思いに迫りました。

酒の神様と杜氏の神様のお膝元

今西酒造14代目蔵元・今西将之さん
今西酒造14代目蔵元・今西将之さん

父の病気がきっかけで、2011年秋、28歳で当時勤めていた会社を辞めて今西酒造に帰り、酒蔵の経営を担うことになった今西さん。引き継いだ時、酒蔵の経営は苦しく、経営立て直しが急務でしたが、それに取り組みながら、当初から今西さんの頭にあったのが、生まれ育った桜井市三輪の中心にある三輪山と山をご神体とする三輪明神大神神社の存在でした。

大神神社は、紀元前の時代に、大国主神(おおくにぬしのかみ)が自らの魂を大物主大神(おおものぬしのおおかみ)の名で三輪山に鎮めたとの神話から、三輪山をご神体として創建されました。このため、神社には本殿がなく、拝殿を通して三輪山を拝みます。祭神の大物主大神は国造りの神であり、酒造りのほか、農工商すべての産業開発、方除、医薬など人間生活全般の守護神といわれています。

また、境内にある活日(いくひ)神社は、日本書紀に登場する日本最古の杜氏である高橋活日命(たかはしいくひのみこと)を祀っています。崇神天皇の時代に疫病が流行った際、大物主大神の神託を受けて、一夜にして美味しいお神酒を造って疫病を鎮めたとされる、日本唯一の杜氏の神社です。

活日神社
活日神社

こうした神社の存在から、多くの酒造関係者が大神神社を信仰し、日本各地から酒造りの安全祈願に足を運んでいます。さらには、全国の酒蔵が新酒ができた時に作って飾る杉玉(酒林)も三輪が発祥の地です。

酒の聖地・三輪でしかできない酒造り

大神神社
大神神社

「ここはまさに酒の聖地です。けれども、酒好きの間でさえ、そのことを知らない人が意外に多い。三輪で唯一酒造りを続けてきた私たちの蔵が、三輪の地の魅力を広く伝えていかなければなりません」

そう考えた今西さんは、大神神社の参道で三輪の魅力を体感出来る酒蔵を作りたい、と熱い気持ちを膨らませてきました。

酒の聖地での酒造りを実現させるための条件を今西さんは3つ掲げました。

一つ目は、使う米を全量奈良県産とすること。二つ目は、酒造りの道具にできるだけ杉の木を使うこと。実は、杉材として最も有名な吉野杉は、15世紀初頭に三輪山などに生息していた天然杉の苗を移植したところから始まるといわれているため、蔵の建設には吉野杉発祥の地である奈良県川上村産の吉野杉を使うことにしました。そして最後の三つ目は、酒母造りに室町時代から続く菩提酛という手法を採用することでした。

杉の木を使った道具

菩提酛の原型は、日本初の民間の醸造技術書「御酒之日記(ごしゅのにっき)」に記された「菩提泉」といわれています。「菩提泉」は室町時代各地の寺院で造られていた僧坊酒(そうぼうしゅ)のひとつで、奈良にある菩提山正暦寺がその中心でした。

「日本清酒発祥之地」の碑も立つ正暦寺の酒造りの特徴は、酒母の造り方にあります。前段階で強酸性の「そやし水」を造り、その次のステップで酵母の増殖に入るという二段階の手法です。最初に十分に高い酸度を確保して雑菌の侵入を防ぐので、温かい季節でも比較的安全に酒造りができることから多くの酒造りで採用され、江戸時代には盛んに使われていました。しかし、明治に入ってからは徐々に廃れていってしまいました。

菩提酛復活の動きが出てきたのは1980年代以降。1996年には奈良県内の酒蔵で「奈良県菩提酛による清酒製造研究会(菩提酛研究会)」が結成されます。そして1998年に正暦寺が酒母の製造免許を取得したことから、1999年1月には正暦寺において菩提酛造りが復活しました。出来上がった菩提酛を希望する酒蔵が引き取って、各蔵がそれぞれ酒に仕上げ、「菩提酛」の名前で販売するようになったのです。

今西さんはこの菩提酛を自分の蔵らしく表現することを目標に据えました。

「奈良発祥の酒造りの手法を取り入れ、道具には三輪山がルーツの吉野杉を使い、奈良で獲れた米と三輪の水で酒造りをすることこそ、酒の聖地・三輪でしかできない酒造りだと確信しました」

理想の菩提酛までの道のり

まずは2020年、本蔵に菩提酛のお酒を仕込むための木桶を並べた専用の「木桶菩提酛蔵」を作りました。そして、理想の菩提酛を目指し、挑戦を始めます。狙いは、綺麗なそやし水を造ること。乳酸菌によって純度の高い酸っぱいそやし水を造ることで、出来上がったお酒を市販で売られている日本酒のトップクラスに伍すレベルの酒にしたいと考えました。

しかし、新たな挑戦は当初は難航しました。

「酸が荒々しかったり、チーズのような変なにおいが出たりといった失敗を繰り返しました。一つずつそれらの課題をクリアして、試行錯誤を重ね、ようやく蔵に棲みつく乳酸菌で、4日間かけて透明感のある完全無臭の綺麗なそやし水を安定して造れるようになりました。これを酒母に使った酒はすっきりしているにも関わらず、味わいに奥行きがあります。木桶との相性も抜群です」

今西さんは、苦闘の末にたどり着いた結果を満足げに語ります。

画像

一方で、第二蔵の建設計画は、神社に向かう参道沿いで二の鳥居のすぐそばに適地を確保できましたが、用地指定の問題で一時は停滞。しかし、奈良県と桜井市が大神神社の参道周辺のまちづくりの活性化に動き出し、今西酒造の第二蔵の計画が活性化の趣旨に沿ったものであると認められて、建設が動き出します。

300平方メートルあまりの建屋はすべて吉野杉を採用し、外壁には弥生時代から伝わる日本の伝統技法の板倉造りを採用。建物内部は奈良を代表する建築技法の校倉(あぜくら)造りとし、さらに、屋根は禅宗様建築を象徴する扇垂木(おおぎだるき)と社寺建築で主流の桔木(はねぎ)工法を融合させ、宮大工に建築を依頼しました。

正面玄関を入ると、お酒とグッズの販売コーナーとテイスティングができるカウンターが広がりますが、冷蔵ショーケース以外の床、壁、天井や梁などすべてに吉野杉が使われています。ガラス張りになって見える原料処理室と仕込み部屋もすべて吉野杉で、木製の四角い米を蒸す甑も、隣に並ぶ8本の仕込みに使う木桶(750リットル)も吉野杉です。

店舗写真

新しい蔵は蔵人の研鑽の場

仕込み部屋の奥には酒母室や搾り部屋、瓶詰め&出荷場などがあり、「麹だけは本蔵から運びますが、残る酒造りに必要な設備はすべて揃っていて、新しい蔵だけで自己完結しています。こちらには専任の蔵人はおらず、朝一番の本蔵での作業が一段落すると、午後から蔵人がこちらに移ってきて、蒸しや放冷、掛米の投入や櫂入れなどをします。そんな作業もガラス越しに見ていただけます」と今西さん。

ちなみに三輪伝承蔵の免許は第二蔵としての申請になり、2025年2月に清酒製造免許を取得、4月に開業しました。酵母は本蔵に棲みついていた蔵付き酵母を使って、三輪発の日本酒の存在をより強くアピールしています。

第二蔵でのもう一つの狙いは、蔵人の酒造りの技能向上です。今西酒造は「みむろ杉」が高い人気を得るようになってからも、不断の努力でさらに美味しい酒の高みへと新しい挑戦を繰り返していますが、三輪伝承蔵ではそれを加速できる体制を整えています。

お酒ラインナップ

「三輪伝承蔵では仕込み1本のサイズも小さいので、蔵人が味を含めて“造ってみたい”酒に挑戦しやすい。しかも、造ったお酒は全量伝承蔵の売店で『三諸杉』として売るだけでなく、有料で試飲もしていただけるので、自分が挑戦した酒に対するお客さんの反応を直接見ることもでき、蔵人の酒造りへのやりがいにつながることを期待しています」

三輪伝承蔵に取材に訪れたのは平日でしたが、現地でしか買えないという噂を聞きつけた日本酒好きの客が引きも切らない状態でした。酒の神様に見守られての酒造りは、今後ますます注目を集めそうです。

酒蔵情報

今西酒造
住所:奈良県桜井市三輪510
電話番号:0744-42-602
創業:1660年
社長:今西将之
Webサイト:https://imanishisyuzou.com/

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