日本酒造りに欠かせない「黄麹」とは? -  役割、特徴、歴史を学ぶ

2024.07

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日本酒造りに欠かせない「黄麹」とは? - 役割、特徴、歴史を学ぶ

熊﨑 百子  |  日本酒を学ぶ

「一麹二酛三造り」という言葉があるように、日本酒の醸造において最も重要と考えられている「麹」。最近では、塩麹などの調味料として目にする機会も増えたのではないでしょうか。

麹菌には、「黄麹」「黒麹」「白麹」などがありますが、その中でも日本酒造りに伝統的に使われてきたのが黄麹です。黄麹は、味噌や醤油などの原材料でもあり、今日の私たちの生活に欠かせないものとなっています。

今回の記事では、そんな黄麹について、歴史やそのほかの麹との違いについて学んでみましょう。

麹とその役割

麹とは、米や麦、大豆などの穀物にカビの一種である麹菌を繁殖させたもののことです。繁殖させる穀物の種類によって、米麹、麦麹、豆麹などと呼ばれますが、日本酒に使われているのは、蒸した米に麹菌を繁殖させた米麹です。

麹菌は日本酒の醸造に使われているだけでなく、焼酎、泡盛などの酒類、さらには醤油や味噌などの発酵食品にも欠かせない原料で、日本の「国菌」と呼ばれるほど、私たちの食文化とは切っても切り離せない存在です。

日本酒の醸造における麹の役割は大きく分けて2つあります。

ひとつは、米のデンプンを糖に分解することです。アルコール発酵には糖が必要で、例えばワインは、ブドウに含まれている糖がアルコール発酵をします。日本酒の原料である米には、糖は含まれていませんが、代わりにデンプンが含まれています。このデンプンを麹菌が生成する酵素の力で糖に分解することで、アルコール発酵が可能になります。

麹は、デンプンの糖化酵素であるαアミラーゼとグルコアミラーゼを生成します。デンプンはブドウ糖の集合体ですが、ブドウ糖同士が鎖のように長く繋がっており、水に溶けません。まず、蒸米に含まれるデンプンが、麹が生成するαアミラーゼの働きで、水に溶ける「デキストリン」の状態まで分解されます。

このデキストリンを、グルコアミラーゼがブドウ糖に分解します。このように、麹の生成する酵素によって分解された糖を酵母がアルコール発酵することで、米から日本酒を造ることができるのです。

また、麹はタンパク質を分解する酵素である酸性プロテアーゼと酸性カルボキシペプチターゼも生成します。米に含まれるタンパク質は、酸性プロテアーゼの働きでペプチドに分解され、ペプチドはさらに酸性カルボキシペプチターゼの働きでアミノ酸に分解されます。アミノ酸は日本酒のうま味やコクの元となりますが、増えすぎると苦味などの雑味になるほか、色や香りの劣化にもつながります。

麹菌の種類

麹の元となる麹菌は、主に黄麹、黒麹、白麹に分類されます。見た目の色からこのような名称になっていますが、酵素量やクエン酸の生成にも違いがあるため、その特性を活かした使い分けがされています。

黄麹の特徴

黄麹は、日本酒のほか、古くから味噌や酢、味醂、甘酒などにも使われています。学名は、Aspergillus orysae(アスペルギルス オリゼー)で、胞子形成の形態がカトリックの「アスペルギルム」という聖水をふりかける道具と似ており、オリザ属であるイネに生えることから、この名前が付けられました。

見た目は、黄色から緑色がかった色をしており、他の麹に比べてαアミラーゼの量が多いため、デンプンの分解力が高いのが特徴です。一方で、クエン酸はほとんど出しません。雑菌に弱いため、日本酒の醸造においては、乳酸の添加や低温発酵、三段仕込みなどを組み合わせることで雑菌の繁殖を抑えています。

また、黄麹の中にもさまざまな種類があります。遺伝子レベルのわずかな変異が酒質の表現に大きな影響をもたらすため、吟醸造りに向くものや、難消化性米に向くものなど、麹メーカー各社が研究、開発を続けています。

黒麹の特徴

黒麹は、黒い見た目で、デンプンの分解力が弱く、雑菌の繁殖を防ぐクエン酸の生成能力が高いという特徴があります。そのため、沖縄・九州など高温多湿な地域の酒である泡盛や焼酎を造るのに使用されています。学名は、Aspergillus luchuensis(アスペルギルス リューキューエンシス)といい、沖縄の歴史的な呼称である「琉球」にちなんで付けられました。

白麹の特徴

白麹は、黒麹の突然変異によって生まれました。アルビノ変異体で白色をしており、デンプンの分解力が低く、クエン酸生成能力が高いのが特徴です。黒麹に比べ扱いやすいため、焼酎造りで主流となったとされています。学名は、Aspergillus kawachii(アスペルギルス カワチ)で、発見者の名前が付けられています。

白麹、黒麹についての詳しい情報はこちらの記事をご覧ください。

黄麹の歴史

室町時代〜江戸時代:種麹屋の成り立ち

黄麹が日本の食生活に根付くにあたり、大きく貢献したのが「種麹」です。種麴とは文字通り「麴の種」のことで、具体的には、酵素活性や生育速度など目的とする性質を有する純粋培養した保存菌株を米などの基質に接種して、約1週間培養し、分生子を十分に着生させたものを指します。

種麹が発明される前は「友麹法」で麹を増やしていました。これは、製造した麹の中から出来の良いものを選び、次の培養のスターターにする方法です。自宅でヨーグルトを作る際、市販品をタネにするのと同じ要領ですが、変質や汚染のリスクが高いため、品質の安定に不可欠な単一菌株の培養は困難でした。

そのような状況下で、室町時代になると「種麹法」が発明されます。これは木灰を用いた培養手法で、製麴に用いる蒸米に木灰を数%混ぜることで雑菌汚染を抑止し、得られる分生子の耐久性を向上させるというものでした。これにより、純粋培養の精度、種麹の生産効率・品質が飛躍的に向上し、安定した種麹の生産が可能になりました。

種麹の開発に伴い、誕生したのが麹屋です。江戸時代初期の京都には室町創業の「糀屋三左衛門」と江戸初期創業の「近江屋吉左衛門」という種麹屋が存在しており、江戸時代後期にはこの2軒以外にも、いくつかの種麹業者があったとされています。

また、戦後に公開された近江屋吉左衛門家の種麹製造に関わる秘伝書『蘖法伝書(ゲッポウデンショ)』によれば、江戸時代中期には、種麹が製品の品質に影響することがわかっており、種麹を使い分けるようになっていたことがうかがえます。

明治時代〜昭和:種麹の伝播と学術的研究

江戸時代、種麹は、三河(愛知県)から灘(兵庫県)という限られた範囲でしか頒布されておらず、それ以外の地域では友麹法で麹が作られていました。しかし、明治時代になると、多くの酒造家が品質安定を求めて、種麹業者から購入するようになります。

また明治以降、日本の生物学、微生物学のレベルも上がり、種麹の製法も学術的に研究され、多くの知見が共有されることとなりました。明治6年になると、東京医学校に来任していたドイツ人ヘルマン・アールブルグが麹菌を初めて微生物として麹から分離して命名。

その後、明治34年に乾環が泡盛麹からAspergillus luchuensisを、大正7年には河内源一郎が黒麹菌の突然変異体であるAspergillus kawachiiを発見しています。種麹メーカーの数も30軒ほどまで増加し、大正に入ると、味噌や醤油のメーカーにも種麹の使用が広まっていきました。

現代:黄麹の多様性の探求

戦後、高度成長期に入ると大量生産が求められ、種麹作りも機械化していきました。種麹メーカーは、この時期に最も多く存在しており、菌株は機械で作ることを前提として選定されるようになりました。

しかし、高度成長期の終了や食の西洋化に伴い、種麹メーカーも数が減っていきました。現在では、企業規模と言えるメーカーは10社に満たず、清酒用の種麹を製造販売している企業はさらに限定されてしまいます。

しかしながら、限られたメーカーがより発展した技術を用いており、黄麹の研究も日進月歩で発展。醸造方法や酒米の性質に合わせた菌株の開発がなされ、各社がさまざまな性質を持った種麹を販売しています。酒蔵の造りたい酒質を実現させるため、共同開発をする動きや、国際化に際しての取り組みも進んでいます。

  • 麹屋三左衛門株式会社ビオック(愛知県豊橋市)
    • 代表銘柄:「吟醸用Aroma」「良い香り」
    • 室町時代に創業以来、種麹を製造、販売。1992年には株式会社ビオックを設立し、研究開発にも注力している。
  • 日本醸造工業株式会社(東京都文京区 ※製造は茨城県日立市)
    • 代表銘柄:「吟麗」、「清麗」
    • 醤油醸造と種麹の製造会社として設立。ハラル(ハラ―ル)認証の取得など国際化に対する取り組みを進める。
  • 樋口松之助商店(大阪府大阪市)
    • 代表銘柄:「ひかみ」「ハイ・G」
    • 1855年、大阪・船場にて創業。酒造メーカーと種麹の共同開発も行っている。
  • 秋田今野商店(秋田県大仙市)
    • 代表銘柄:「吟香」、「Roots36」
    • 明治時代に京都で設立後、秋田の地に移転。醸造食品以外の分野にも技術を応用し販路を広げている。
  • 株式会社菱六(京都府京都市東山区)
    • 代表銘柄:「白夜」
    • 京都に残る唯一の種麹屋。麹体験教室なども開催している。

まとめ

生物学が未発達であった室町時代から、安定的に麹を培養する方法が確立され、株菌の性質を活かした使い分けがされていたというのは驚くべきことです。麹は日本酒の風味を決める重要な原料ですが、米の品種や酵母の陰に隠れがちな印象を受けます。

どの種麹を使うかの判断は職人の腕の見せどころと言えそうです。日本酒の醸造におけるひとつの鍵として、白麹や黒麹だけでなく、どんな特性を持った黄麹を使っているかにも着目をしていくと面白いのではないでしょうか。

参考文献

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