「自然と共存する日本酒づくり」を目指す - 石川県・吉田酒造店(手取川)

2022.02

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「自然と共存する日本酒づくり」を目指す - 石川県・吉田酒造店(手取川)

山本 浩司(空太郎)  |  酒蔵情報

『手取川』を醸す株式会社吉田酒造店(石川県白山市)は、2021年5月に電力小売り事業者の「みんな電力(現:UPDATER株式会社)」と契約を結びました。これにより蔵で使用する電気が、環境負荷の少ない再生可能エネルギーに全面的に切り替えられます。

従来から持続可能な社会や環境問題の解決に向けてさまざまな対策をとってきた吉田酒造店の取り組みについて、代表取締役社長の吉田泰之さんを取材しました。

英国留学で「日本の環境問題」を意識

東京農業大学に進み、花酵母の研究に携わった吉田さんは、2008年の大学卒業後は修業のため山形県の出羽桜酒造で蔵人として2年間働きました。その後は吉田酒造店に入社する予定でしたが、先代社長である父・隆一さんから「日本酒の先行きは輸出にかかっている。海外の市場を実際に見てくるといい」と助言を受けます。そこで海外市場をリアルに感じるために2010年春に渡英。吉田酒造店のお酒を取り扱う現地の商社の仕事を手伝いながら学び、一年間の留学生活を過ごしました。

英国に着いてすぐ、吉田さんが環境問題に関心を持つ大きなきっかけとなる出来事が起こります。住む場所を探してアパートを見に行ったときのことでした。

「どこの部屋にも前に住んでいた人が使っていたカーテンやカーペット、家具や台所用品がそのまま残されていて、何も持たずに引っ越してきてもすぐに暮らせる状態でした。日本では部屋を退去する際にすべての物を持ちだして、空っぽにしますよね。でも引っ越し先ではサイズが合わなかったりして、まだ使えるのに捨てて新しく購入するケースも多い。英国にはアンティークショップも日本よりもたくさんあるし、物を大事にしている。英国の環境に優しい生き方を目の当たりにして、大量生産に大量消費、そして大量の廃棄を繰り返す社会を、日本はずっと続けていけるものなのか?と疑問が生まれました」と吉田さんは振り返ります。

美酒造りへ先代が設備投資、自然に反する酒づくりへの疑問

吉田酒造店は父の隆一さんが2005年に社長に就いたのをきっかけに、酒づくりの環境が大きく変わりました。大手の有力酒蔵がひしめく石川県において、中堅規模の吉田酒造店は苦戦を強いられる状況が続いていました。そこで当時の社長である隆一さんは品質で勝負するしかないと決意し、酒質向上に繋がる投資を次々とに実施します。

小ロットでの洗米ができる原料処理設備を入れ、仕込みに使うサーマルタンクの大幅増設、パストライザー(※)によるお酒の火入れと急冷、瓶詰め時の窒素ガス活用。そしてつくったお酒を瓶で貯蔵するために大型の冷蔵庫を導入、搾り室の冷蔵庫化など、近年になって先進的な地酒蔵が取り組み始めた酒質向上のための手立てを先行しておこなってきました。設備投資の効果は大きく、お酒の評判は確実に良くなっていきます。

(※)瓶詰め後、温水と冷水のシャワーにより加熱殺菌と急冷をおこなう設備

2011年春に留学を終えて帰国した吉田さんは、吉田酒造店の酒質が向上していることを喜ぶ一方で、以前に比べて電気を使う設備が増えた状況に不安を感じました。

「日本酒は昔、自然の気候変動に合わせて酒造りをしていました。寒くなったら酒づくりを始めて、暖かくなるころには止め、生酒を出荷するのは冬場だけ。火入れしたお酒は常温で貯蔵して、秋が深まって寒くなると一回火入れのひやおろしとして出荷していました。

現代の酒づくりで電力を一切使用しないのは現実的ではありませんが、それにしても頼り過ぎていると感じています。うちの蔵でも2000年頃に比べて、使用電気量は2倍近くにまで増え、年間の電気代は100万の単位を超えています。昔と同じようにはできなくても自然と共存していく酒づくりをするために、電力使用量は抑えたい。けれども酒質を落とすような決断はできないので、まずは省エネと再生可能エネルギーの利用を少しずつ始めてみようと決めました」

吉田さんはまず、使用している電気の「見える化」に着手します。電力の有効活用とコスト抑制をおこなうデマンド監視装置と、電気の使用状況が直感的にわかるモニターを蔵の各所に設置。電気を使い過ぎると時計の回りのライトが赤くなる仕組みも導入して、蔵人が常に電気の使用量を意識できるようにしました。また、地下水を利用した井水式クーラーを入れた簡易な空調システムを一部の建物に採用。20度以下の冷風が出るので夏場の電気節約につながっています。

さらに、大型冷蔵庫の建物の屋根にはソーラーパネルを設置して、自社発電にも乗り出しました。しかし白山市の日照時間は全国平均より300時間以上も短く、もっとも短い1月では50時間程度。そのため思うような効果は得られませんでした。

「甘く見ていました。日照時間が短くてもソーラーパネルを設置することは、環境にいいと考えていたんです。しかし思ったよりも電気を作れず、ソーラーパネルを製造する際に使うエネルギーを考えると、むしろ環境に良くないのではと感じました」と、吉田さんは当時を振り返ります。
そんなときに知ったのが「みんな電力(現:UPDATER株式会社)」の存在でした。

再生可能エネルギー専業のみんな電力と契約

みんな電力は2011年5月に創業した電力小売り事業者のひとつです。仕入れる電力を風力、水力、太陽光、バイオマスなどの再生可能エネルギーに限定して、持続可能な社会を推進する企業を相手に、事業を拡大しています。

吉田さんは「自力で再生可能エネルギーを増やすのは難しくても、みんな電力のような事業者から電気を買うことで間接的に目的を達成できる」と考えました。しかし、電気料金はそれまでよりも割高になり、自然由来のエネルギーであるため価格も安定しないリスクもあります。

父の隆一さんからは「方向性は理解するが決断は慎重にしてほしい」と言われましたが「若い世代の私たちが行動しなければ、酒づくりの未来は変えられない」という吉田さんの決意は固く、2021年5月1日から蔵で使う電気の全量を、みんな電力からの購入へと切り替えました。北陸地方では、みんな電力との初の契約企業となります。

環境に配慮し、自然と共存する酒蔵のゴールはまだ先

電力の全量を再生可能エネルギーに切り替えただけでは、吉田さんが考える最終的な目的は達成されません。

「昔と同じとまではいかなくても、電気を使い過ぎる酒蔵の体制自体を見直したいです。今後3年間で電気の使用量を10%削減する目標を立て、あらゆる方策を考えています。いま挑戦しているのは、常温流通できる一回火入れ酒です。一回火入れの瓶詰めしたお酒を常温で保管・流通させた場合、瓶詰めした時点からの味の変質が著しいので、冷蔵保管と冷蔵流通が普及してきました。変質の大きな原因はお酒の中で起きる酸化です。これは日本酒に含まれる溶存酸素を減らせば解決できそうですが、それ以外にもまだ分からない要素や難しい作業があって、研究途上です。5℃以下の低温での貯蔵が望ましい現状では、莫大な量の電力を使用します。でもワインの貯蔵温度と同じように10~15℃でも品質への変化がないようにすれば使う電力が減るので、やりがいのある目標だと思っています。うちの蔵でのノウハウが貯まれば、他の酒蔵にも導入してもらい、日本酒業界全体が持続可能な未来へと突き進めればいいと願っています」

地域の自然をありのままに表現した「真の地酒」を目指す

持続可能な社会へ酒蔵として貢献するなかで、吉田さんがもうひとつ取り組んでいるのが、地域の自然に育まれた酒米と水と酵母で醸す “真の地酒” の実現です。

吉田酒造店の看板商品『手取川』の麹米には、兵庫県産の山田錦を使ってきました。良質な麹をつくりやすく、安定した酒質の酒が造れる山田錦は『手取川』の評判を高めてきましたが、吉田さんは「石川県で育った米と、蔵で代々受け継いできた金沢酵母を、霊峰白山から生まれる地下水を調整せずに使って、この地域の自然を表現した地酒をつくりたい」と考え、実行に移しています。

使う米は石川県単独の酒造好適米の「石川門」と「百万石乃白」。2008年にデビューした石川門は当初、多くの酒蔵が採用したものの、心白が大きくて割れやすいことから使用を止める酒蔵が続出しました。しかし吉田さんは、難しい米だからこそチャレンジのしがいがあると言います。

「石川県で一番石川門を自在に操って美酒を造れる蔵になろうと蔵人たちと真剣に取り組み、一つひとつ課題を解決してきました。数年がかりでしたが、いまは石川門でも安定して美味しい酒がつくれるようになっています。

さらに “米と水と麹と酵母以外は何も加えない純粋な地酒” の実現のため、人工乳酸を添加しない山廃酒母の酒造りにも邁進しているところです。『手取川』に次ぐ第二銘柄の『吉田蔵u』は、2021年11月からすべて、この手法にシフトしています。まだ道半ばですが、地元の自然を表現した “真の地酒” を、持続可能な酒づくりで必ず実現させます」

酒蔵情報

株式会社吉田酒造店
住所:石川県白山市安吉町41
電話番号:076-276-3311
創業:1870年
代表者:吉田泰之
杜氏:吉田泰之
公式サイト:http://www.tedorigawa.com

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