2024.09
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熟成日本酒への30年の情熱と、新興企業との協業 - 永井酒造がSAKE HUNDREDとのタッグで目指す価値創造とは
1886年(明治19年)に創業した歴史ある酒蔵・永井酒造と、2018年に誕生したラグジュアリー日本酒ブランド・SAKE HUNDREDがタッグを組み、16万5,000円のヴィンテージ日本酒「礼比(らいひ)」が誕生しました。熟成が生む複雑さや余韻、透明感を兼ね備える味わいを実現したのは、マイナス5℃の氷温貯蔵です。
永井酒造6代目蔵元・永井則吉さんは、このお酒の完成に至るまで約30年にわたり熟成酒への探求を続けてきました。その探求の経緯と、SAKE HUNDRED創設者である生駒龍史さんとの出会い、熟成酒の持つ価値と可能性について取材しました。
建築から酒造りの道へ。実感した日本酒の価値
永井家の次男として生まれ、「まさか自分が酒造りをするとは、みじんも思っていなかった」と語る永井さん。建築家を志して東京の大学に進学してからは、「人生で最も勉強した時期」というほど夢中で学び、3年次からはイギリスの建築専門大学に留学したいと考えていたといいます。
そんな永井さんの転機となったのが、永井酒造の蔵の建て替えプロジェクトでした。熱心に建築を学んでいた永井さんに、父・鶴二さんが声をかけ、大学2年生ながら設計チームに参加することになったのです。
10代の頃から、新年の繁忙期には酒造りの手伝いをすることもあった永井さん。新蔵の設計を進めるにあたり、全国の酒蔵を訪れて学びながら機械の配置や作業動線を考えていくと、「当時は嫌々やっていた作業がひとつひとつ紐解かれていき、建築で感じたゼロから1を生み出す仕事の楽しさとの共通点を感じた」といいます。
このときにもうひとつ気付いたことが、家業である酒蔵の魅力と、蔵元としての父の偉大さでした。
「まちづくりにも取り組み、景観条例を自ら制定していた父は、蔵に三角屋根を設ける決断をしていました。私は建築を学んでいたので、そのことでコストや、衛生面などの維持管理の手間がどれだけ増えてしまうかわかったんです。それでも、その判断をした父の背中を見せられた思いがしました」
土地に根差した産業として、地域の発展にも貢献できる酒蔵の仕事に興味を持った永井さんは、酒造りの道に入ることを決意。両親からは1年にわたり反対され続けますが、永井さんの覚悟に両親が折れる形で、永井酒造に入社します。
入社後、まず酒造りの現場に入った永井さんが疑問を持ったのが、日本酒の安さでした。その頃は全国新酒鑑評会で金賞から遠ざかっていた永井酒造でしたが、経験豊富で技術力もある先代 杉浦杜氏の実力を信じていた永井さんは、自らも酒造りに携わりつつ、各工程を観察しつづけます。
永井さんの観察の中から見つけた改善点について、杉浦杜氏とともに改善に取り組んだ結果、見事に金賞を受賞。永井酒造としてひさびさに獲得した金賞酒がいくらで売れるのか、楽しみにしていた永井さんでしたが、当時つけられた値段は5,000円。「これだけのことをして取った金賞酒でも、この値段が限界なのか」と、当時の悔しさを振り返ります。
「ロマネ・コンティ超え」を目指し、辿り着いた氷温貯蔵
永井さんが日本酒の価値を意識するもうひとつのきっかけとなったのは、人生の先輩に招待されて参加したワイン会で味わった、一本のワインでした。最高級ワイン「ロマネ・コンティ」で知られるドメーヌ・ド・ラ・ロマネ・コンティが生産する、世界最高峰の希少な白ワイン「モンラッシェ」です。
力強く複雑、しなやかで繊細、そしてエレガントな余韻のある味わいに衝撃を受け、「自分たちが造る金賞酒を遥かに上回る味わいだ。この差を埋めない限り、日本酒は絶対これほどの価値にならない」と考えました。
さっそくロマネ・コンティに匹敵する日本酒への道のりを切り拓くことを決めた永井さんでしたが、新蔵の建築にも多くの費用を支出したばかりの当時、蔵として熟成酒に取り組む余裕はありませんでした。そこで永井さんは、初任給すべてを使って自社の日本酒を30本ほど購入。自身の手で、熟成酒の開発実験をスタートさせました。
まずはワインに近い地下セラー15〜18℃での熟成からスタートしましたが、3年ほど経つと、醤油や焦げ感のある香りが出始めることがわかりました。自身が目指す繊細な味わいのためには、この香りを抑える必要があると考えた永井さんは、10℃、5℃、0℃……と5℃単位で温度を下げながら、年々実験を繰り返します。
そして試行錯誤の末、ついにマイナス3~5℃の氷温貯蔵に辿り着いたのです。
「0℃までの貯蔵では、速度の違いはあっても同じ方向に熟成する傾向がありました。しかし、氷温貯蔵で熟成した日本酒は、繊細な透明感を保ったまま、複雑な味わい深さを実現できる。しかし、その味わいになるには10年以上かかるということが、ようやくわかったのです」
こうして20年ほどの歳月をかけて、ついに永井酒造の熟成酒の理論が構築されたのです。
信念とコンセプトの共鳴によって実現したコラボレーション
氷温貯蔵の熟成酒を完成させるには10年以上の年月がかかるため、量産はできません。価値のある希少なお酒を適正な価格で販売したくても、低価格で高品質が当たり前、という風潮がある日本酒業界においては、数百円程度の値上げも一大事です。
永井さんは「この風潮を打破することは、永井酒造だけでなく日本酒業界全体の成長に繋がる」と考え、どう展開していくか悩んでいたときに、SAKE HUNDREDの存在を知りました。
「以前から自分たちでも熟成酒に取り組む中で、1度は高い値段で売れても、継続的に売れる状態を作っていくことの難しさを感じていました。SAKE HUNDREDが当時から、3万円前後、あるいは20万円以上の日本酒を持続可能な形で販売しているのを見て、『このブランドにだったら、自分たちの大事にしている熟成酒を預けたい』と思ったのです」
こうして永井さんは、ブランドオーナーである生駒さんにメッセージを送り「日本酒文化の価値創造のため、一緒に取り組みたい」と思いの丈をぶつけました。
生駒さんはこれより以前、2016年に永井さんが「awa酒協会」の立ち上げを発表する際に、壇上で話す永井さんを見上げながら話を聞く立場で参加していました。生駒さんはそんな永井さんからの連絡に驚きつつも、永井酒造を訪問します。
生駒さんはこれまで数多くの熟成酒を飲んできましたが、永井酒造のお酒を試飲するなかで、飲んだ瞬間に「ただものではない」と感じるお酒がありました。
マイナス5℃の氷温環境で10年熟成させた後、さらにフレンチオーク樽に移し、同じ環境下で3年間熟成。トータル13年の熟成期間を経た唯一無二の製法に加え、SAKE HUNDREDに共通する透明感とバランスを備えた日本酒です。
永井さんと生駒さんは、テイスティングしたそれぞれのお酒の特徴や、両社のコラボレーションによってどのような層に発信・販売していくべきかについて話し合いました。そのなかで、「SAKE HUNDREDの中でもとっておきのお酒」に位置させることが重要、という点で二人の意見が一致し、この13年貯蔵酒を「礼比」として製品化することが決まったのです。
熟成酒の商品化において、SAKE HUNDREDが果たせる一番の役割は「価値を見出すこと」だと生駒さんは話します。熟成酒の価値を追求し続ける永井さんでも、名もなき酒にどの程度の価値があるかはわかりかねていました。
「SAKE HUNDREDは誰よりも高級日本酒の市場や富裕層顧客の理解があり、経験があります。だからこそ、複数ある熟成酒の中で最大の価値がある礼比を見出し、またその魅力を最大限引き出してお客様に届けることができるのです」(生駒さん)
氷温貯蔵が引き出す「礼比」の味わいと価値
「礼比」には、氷温貯蔵に行き着いた永井さんの新たな挑戦が用いられています。
「樽熟成がもたらすバニラやココナッツのような香り、そして味わいの奥行きが、デザート酒のような甘味のある日本酒と組み合わされば、面白いことになるだろうと思っていたのです」(永井さん)
「礼比」は、仕込み水の一部に日本酒を使用する累乗仕込み製法(※)を採用することで、甘みのある豊かな味わいを実現しています。また、用いた樽は、高級ワインやウイスキーの世界でも有名なフランス・タランソー社製のフレンチオーク樽。ピュアな味わいにこだわり、ミディアムローストの新樽を特注しました。
※累醸とも表記される、貴醸酒と共通した製法。詳細は以下記事を参照。
樽がもたらす成分の抽出をゆっくりと繊細なバランスで進めるために、樽内貯蔵も氷温で実施。こうして4年間を経て、みずみずしい透明感を損なうことなく、味わいに奥行きと深み、立体感を創出しています。
カラーは、光り輝くレモンイエロー。アンバーカラーが多い日本酒の熟成酒において、ヴィジュアル面でも独特の印象を与えます。
香りはりんごやバニラを基調としており、キャラメルナッツのような香ばしい芳醇さも感じます。甘みは完熟マンゴーのようにとろける甘み、シャインマスカットのような濃厚かつ爽やかな甘さ、上質な蜂蜜のように濃厚な甘みなど、さまざまな要素がいくつも重なり合っている印象です。これらの要素が複雑に絡み合い、深い旨みに繋がり、舌を優しく痺れさせる繊細でエレガントな余韻が続きます。
口にすると、あらゆる官能を刺激され、多彩な表現が込み上げてくる「礼比」。その名前には、「感謝・敬意・賞賛の想いを伝える、比類なき贈り物」という意味がこめられています。
ベンチャー×老舗酒蔵で日本酒文化の世界的価値を創出
永井さんは日本酒の価値創造・ブランド化の取組みの一環として、熟成酒の発展と普及に務める一般社団法人 刻(とき)SAKE協会を2019年に設立。「最低でも10年熟成で10万円」を熟成酒の業界標準価格とするために辣腕を振るっています。
類い稀なる価値を持つ日本酒として、14年熟成の「礼比」につけられた価格は16万5000円。SAKE HUNDREDの中でも高価格帯でありながら人気を博しており、「お酒がもつ味わいだけでなく、ストーリーを含めた全体像が顧客からも高く評価されている」と生駒さんは語ります。
歴史と伝統を持つ酒蔵と、新たな挑戦の余白を持つベンチャー企業。それぞれのノウハウと知見を掛け合わせ、互いの得意領域を活かしていくことが、今後も熟成酒の価値創造をもたらしつづけることでしょう。
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