酒は“無駄”?だが、そこがいい。稲田俊輔さんが語る令和時代の酒飲みのあり方

2026.01

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酒は“無駄”?だが、そこがいい。稲田俊輔さんが語る令和時代の酒飲みのあり方

木村 咲貴  |  SAKE業界の新潮流

健康志向の高まりや価値観の変化にともなって、あえて「飲まない」ライフスタイルが評価されるようになり、酒飲みにとっては少し肩身のせまい令和時代。これからますますノンアルコール化していく社会の中で、酒好きはどのようにお酒やそれにまつわるコミュニケーションと向き合っていくべきなのでしょうか。

今回、そんな相談に乗ってくれたのが、料理人の稲田俊輔さん。南インド料理専門店「エリックサウス」総料理長であり、近年は『ミニマル料理』(柴田書店)などのレシピ本をはじめ、執筆活動も多数おこなっています。

食にまつわる文化人として、人々のグルメへの欲求を巧みに言語化していく稲田さんは、実は大の酒好きでもあるそう。東京・大塚の隠れ家バー「こだまのねんりん」で日本酒をいただきながら、いまの時代の酒飲みのあり方についてじっくりお聞きしました。

聞き手:木村咲貴(SAKEジャーナリスト)

ビールのあとは、菊正宗。稲田さん流お酒の選び方

蕎麦屋のメニューにある「酒」のちょうどよさ

──稲田さんは、普段はどんなお酒を飲まれるんですか。

稲田さん(以下、稲田): 圧倒的にビールが多いです。基本的には上面発酵、いわゆるエールですね。でもそれと同じくらい、キリンの淡麗グリーンラベルが好きなんです。味わうというより、しっくりなじむというか。

──家で晩酌するときはグリーンラベルが多いんでしょうか。

稲田: 多いですね。でもそのあとはだいたい、菊正宗にいくんです。

──おお。菊正宗、いいお酒ですよね。菊正宗の何を飲むんですか?

稲田: 「上撰」もしくは「キクマサ ピン」です。家ではそんな感じですね。外だと、お店のおすすめだったりあてずっぽうだったり。ほんと、“日本酒音痴”なんですよ、僕は。

──この場合の「音痴」というのはどういう意味でしょうか。

稲田: 日本酒に関して知識を得たいと思いつつ、そのための努力ができないという意味です。一時期、スマホに銘柄や飲んだ場所、ひとことコメントをメモしてたんですけど、飲んでいるうちにそういうことができなくなって。だから、「日本酒との付き合い方は一期一会でいい」と思っているところがあります。

──わかるような気がします。酔ってくるとメモを取るのも忘れてしまいますし、あとから見返しても「なんだっけ?」となりがちですよね。

稲田: 実は最初、日本酒が苦手だったんですよ。でも、それが生活や日常に入ってきたきっかけのひとつが、東京の蕎麦屋なんです。

蕎麦前から入って酒を頼もうとしたら、メニューに「酒」としか書いていない。その下にカッコ書きで「(菊正宗)」と書いてあって、気が楽だなって思ったんです。頼んで飲んでみると、別に驚きはないんだけど、スッと馴染む感じがあって。「ちょっと難しく考えすぎてたのかもな」と気づきました。

その蕎麦屋での体験を生かして、家でも菊正宗を買うようになりました。ベストというよりは、「こういうのでいいんだよ」という感じですね。

酒は“主”ではなく“従”。たどり着いた「たるいお酒」

──稲田さんの中で「今日はビールでもワインでもなく日本酒だな」というのはどういうときですか?

稲田: どちらかというと消去法ですね。いちばんわかりやすいところでいうと、インド料理ってあらゆる酒に合わせづらいんですよ。そんなインド料理を受け止めてくれるのが日本酒です。タイ料理も日本酒がいちばん合いますね。

──辛味やスパイスを日本酒の甘みが受け止める、ということでしょうか?

稲田: そうですね。余計な酸味がないし。なので、「何のお酒にも合わなかったら日本酒を合わせる」という感じなんです。日本酒って、ビールやワインより個性や主張があるのに、料理と合わせると受け止めてくれるんですよね。

──稲田さんの好きなタイプのお酒を言語化するとどうなるんでしょう。

稲田: 「たるいお酒(※)」と呼んでいます。ウイスキーでいうとスコッチよりアイリッシュウイスキー。日本酒も菊正宗のような日常酒が好きですし、淡麗グリーンラベルなんて「たるい」の極致じゃないですか。

僕、「アイラモルトを飲んでいる自分がかっこいい」みたいな感覚がないんです。それを少し寂しくも思うけど、ないことでフラットでいられる気もしています。

※たるい:名古屋弁で「ものたりない」という意味。本来はネガティブな意味だが、ここでは「主張が強すぎない」「無理なくスッと馴染む」というニュアンス。

──稲田さんは料理を極限までシンプルにする『ミニマル料理』(柴田書店)というレシピシリーズを出していますよね。あのシリーズについて、ある雑誌の対談で「“ホビー”を極めた結果として、“生活”にたどり着いた」と話していたのが印象的でした。お酒の好みにも、マニアックになった結果、最終的に普遍的な概念にたどり着くような感覚があるのでしょうか。

稲田: あるでしょうね。料理でいうと、僕は絶対に特殊な調味料を使わないと決めているんです。醤油はヒガシマルやヤマサなど、大手メーカーのものを使う。小さな蔵の特別な醤油があるのは知っていますが、「自分がやるべき使命はそこではない」という自覚があります。

基本的に僕は、食べものが“主”で酒が“従”。だから、料理と飲むときは水に近いものになってしまう。でも、バーなどでお酒を飲むこと自体が目的の場合は、飲みたいものはまったく変わってきます。

お酒は、食事の時間を引きのばす

なぜ「酒クズ」を自称するのか?

──稲田さんのご本を拝読していると、食事にお酒を合わせたい人が「おっ」と思うような小ネタが多くて、酒好きに理解のある方なんだろうとは思っていたんです。そうしたら、Xでご自身のことを「酒クズ」と言っていて。

さらに、フォロワーからの「酒クズって何ですか?」という質問に「依存性があるかどうか」と答えていらっしゃいましたよね。「すごいな」と思いました。

稲田: 僕は、酒を飲まないと食事ができないところがあります。それに加えて──本当はやめたほうがいいと思うんですが──執筆するときも、酒を入れたほうがスルスル書けますね。意識が少し違うところに持っていかれて、ゾーンに入るというか。

──私も大きな声では言えないんですが、入れたほうが執筆がはかどることがあります。でも現代は、それを大っぴらに言いにくい空気がある。稲田さんの中で、お酒の話をするときの「ここまではいい、ここからはよくない」という線引きはありますか?

稲田: 正直、ないです。なぜかというと、料理文化と酒文化は本来ひとつのものという前提があるからです。どちらかというとヨーロッパ的な価値観に近いのかもしれませんが。だから、「料理の話をするのに酒の話をしないのは不自然だろう」という感覚があります。ただし、お酒を飲めない人を否定するような言い方だけはしないようにしていますね。

──先ほど、「お酒を飲まないと食事ができない」と話していましたが、なぜ料理にお酒が必要なんでしょうか。

稲田: 最初は、食事の時間を引きのばしたくて飲んでいたんですよ。僕は30分以内で終わるものは「むしやしない(※)」と呼んで、食事と明確に区別しています。人間って、そんなにたくさん食べられないじゃないですか。お酒があることで、食事の時間を引きのばせるんです。

※むしやしない:小腹を満たすための軽い食事のこと。腹の「虫」を「養う」ことからきている。

──よくわかります。私はいま、社会人学生として新潟大学で「日本酒学」を研究しているんですが、修士論文で「酒は時間を拡張する」という論を書きました。お酒の場では、本来すぐに食べ終えられるはずの唐揚げがなぜかいつまでもお皿に残っている。反対に、お酒を飲まないと、どうしてこんなに一瞬で食事が終わってしまうのかとさびしく感じます。

稲田: さびしいですよね。外食ならまだ諦めもつくんですが、自分で料理したときはなおさらです。あれだけ頑張って作ったのに10分で食べ終わる。そんなの悲しいし、せっかく作ったものをすみずみまでゆっくりで味わいたいという気持ちになりますね。

それから、お酒にはリセットの働きがあると思います。どんな食べものも最初のひと口がいちばんおいしくて、何口か食べていくうちにそのおいしさは低減していく。そこに酒を挟むと、またおいしさが立ち上がってくる感覚がある。「次のひと口を食べる前に酒を飲まないともったいない」と思っています。

お酒の効用は「俺がエモくなる」

──お酒には「酔う」という機能があります。稲田さんは、「酔っぱらう」ことを目的にお酒を飲むことはありますか?

稲田: 僕、酔っぱらえないんですよ。決して酒に強いわけじゃないんですが。酔っぱらうことに関するネガティブな反応──くだを巻いたり愚痴を言ったりすること──そういうのがまったくないんです。

アルコールが入った結果としての、単純な「気持ちいい」という感覚はもちろんありますよ。マッサージが問答無用で気持ちいいのと同じで、体の内側からマッサージされているような感じ。 なおかつ、錯覚かもしれないけど脳細胞が活性化するというか……「俺がエモくなる」みたいな。

──「俺がエモくなる」ですか。それで、執筆もはかどるんですね。

稲田: 思考を深掘りしやすくなる感じがあるんです。そのエモ度が上がる感覚がネガティブな方向に向かうと、酔いによる悲劇が生まれるんでしょうね。僕は「ネガティブに振れるなんて、自ら幸せを手放しているのではないか」と思ってしまうんですよね。もったいない、というか。

──稲田さんは、感情のコントロールが得意ということでしょうか。

稲田: 上手かどうかはわからないけど、ネガティブは自分にとっても周りにとっても損だとは思っています。合理的なんですよ。マイナスが生じる行動を取るメリットがないから、必然的にプラスに振ろうとしてるんです。

“無駄”にこそロマンがある

──お酒を飲まない風潮に関係して、最近、「コスパ(コスト・パフォーマンス)」に続き「タイパ(タイム・パフォーマンス)」という言葉をよく聞きます。効率を求めて生活のゆとりや余白がどんどんなくなってきている一方で、お酒には“無駄なことをする楽しさ”があると思うんですが……食の世界にも、そういう現象はありますか?

稲田: レストラン離れというものがあります。僕はバブルの残り香をギリギリちょっと知っている世代ですけど、そのころは「ちょっと背伸びしてでもレストランに行かなきゃいけない。そうじゃないと一人前じゃない」という風潮がありました。でもいまはまさにコスパ、タイパで、「そんなのは無駄だ」という空気がありますね。

「イタリアンのお店ではこう振る舞う」みたいな話題が出ると、必ず「そんなに面倒くさいなら俺はサイゼでいいわ」という意見が正論として出てくる。これね、悲しいかな、本当にサイゼでいいんですよ(笑)。なぜならおいしいから。

──結果的に「サイゼは強すぎる」という話になりそうですね。

稲田: 「確かにそうなんだけど!」と認めたうえで、その“無駄”の部分ですよね。サイゼだったら1000円で済むものが、専門店に行ったら3000円、5000円とかかる。コスパ、タイパで言えば確かに無駄だけど、その無駄の部分にこそ文化とロマンがあるんですよね。

酒も同じでしょう。居酒屋に行って「お飲みものは?」「水でいいです」って、正論じゃないですか。

酒好き視点で考えるノンアルコールの限界

ノンアルドリンクは、酒好き視点の飲みもの?

──稲田さんは、近年の酒類のノンアルコール化についてはどう感じていますか?

稲田: エリックサウスでは、コロナ禍に酒が出せなかったときに、ノンアルコールドリンクを出したんです。

──そうでしたね! 私もいただきました。エリックサウスのノンアルコールは、酒飲みが何を求めているかという点では、かなり完成度が高かったと思っています。

稲田: でもね、あれには限界があるんですよ。

──限界、ですか?

稲田: かつて、デイリーポータルZの林雄司さんが「ノンアルコールサワーには酒のマズ味が再現されている」 と指摘されていたのを読んで、言われてみれば確かに、あらゆる酒にはなんらかのマズ味が含まれているなと気がつきました。

まず、アルコールそのものはマズ味の軸ですし、ビールにはホップ、ウイスキーなら樽香由来のマズ味がありますよね。マズ味ばかりが強すぎると文字通り「マズい酒」になるし、弱すぎるとものたりない。そして、この感じ方は個人差も極めて大きい。

そこで、ノンアルコール飲料にもほどよいマズ味がバランスよく含まれる──つまり、どこか「引っかかり」みたいなものがあれば、酒と似たニュアンスが出せるのではないかと考えたんです。具体的には、スパイス、ヨーグルト、タマリンド、果皮、生姜、塩、お茶、酢、などの組み合わせです。

──確かに。エリックサウスのノンアルコールは、酸味や渋味の入り方が絶妙で、ノンアルコールなのにおかわりをするほどでした。

稲田: でもそれはあくまで、酒のおいしさを知っている、酒好き視点のノンアルコールなんですよね。そもそも酒を飲まない、つまり「マズ味があるからこその酒のおいしさ」を知らない人々に対しても説得力が生まれるかどうかは、少し心もとないところもある。それが「限界」の意味するところです。

“強者の視点”をどう越えていくか

──社会学的な視点から日本酒の研究をしていると、酒類業界が「アルコールを飲めない人を“弱者”としてないがしろにしてきた」ということをたびたび感じます。日本には、お酒が飲めない人へ飲酒を強要したり、「酒が飲めないなんて付き合いが悪い」といった価値観を押し付ける風潮がありました。

アルコール・ハラスメントという言葉が生まれてから見直されてきてはいますが、飲める人の主張はどうしても「強者の理論」になりがちです。そうしたこれまでのおこないが、近年の「酒は飲まないほうが善である」という風潮に影響しているのではないかと。

稲田: あるでしょうね。僕は“酒があって当然”のレストラン文化の中で育ってきましたが、あるとき、インド料理にどハマりして、エリックサウスという店を出すことになります。

それで、実際にインド料理店を出して気づいたんですが──イタリアンやフレンチはワインをあたりまえに飲むじゃないですか。割烹に行けば「まあまあ、おひとつ」みたいに酒を飲むのが大前提。なのにインド料理は、「15分くらいで食べて終わり」という世界なんですよ。不条理だと思いましたね。

だから、エリックサウスを最初に出した時の店名には「南インドカレー&バル」と付けていたんです。「ここは単なるカレー屋じゃない。お酒と一緒に料理を楽しむ場でもある」というメッセージを込めたんですね。

──エリックサウスには、一品ずつのペアリングを提案している店舗もありますよね。酒飲みとしてはうれしいです。

稲田: それ自体が間違っているとは思っていないし、いまでもそれを継続してるんですが、やっているあいだに気づいたことがひとつありまして。世の中には食に対して極めて強い興味を持つ、いうなれば“我が同志たち”がいます。そして、そういう人たちのほとんどはイタリアン、フレンチに行くわけです。

ところが、酒が飲めないという理由だけで、そこに行けない人たちがいる。でも、食にのめり込むっていうルートを諦めきれなかった場合の最良の選択肢のひとつが、実はインド料理なんですよね。酒が飲めない・飲みたくない人が食の奥深さを堪能できる数少ないフィールドが、インド料理なんだと気づいたんです。

それまで僕は「全員酒を飲め」くらいの気持ちで店をやってきたけれど、その構造が見えてからの目標は、飲める人と飲めない人の共存。これが自分の使命だ、というところに至りました。

飲む者と飲まざる者の“共存”を考える

飲まないからこその幸せを知る

──酒類業界では、市場の縮小を受けて、ノンアルコール飲料をはじめ、お酒を飲まない人をターゲットにした商品を開発しようとする動きも増えてきています。しかし、お酒を飲める側の人間が、お酒に弱い人の“視点を取り入れる”ということに少し違和感がありました。

稲田: そうですよね。そこから考えると、どこまで行っても「強者の理論」になってしまう。下手をすれば、「俺らが味わってる幸せを、あいつらにも味わわせてやらねばならない」みたいな話になる。

本当は、「飲まない人たちが、飲まないからこそ享受している幸せ」をまず知らなきゃいけないんですよ。例えばですが、「酒飲みは本当のお茶の楽しみ方をあまり知らないのではないか」という仮説を立ててみる。

だから、酒飲みが酒を飲まない人に提案できることがあるとすれば、僕の中ではひとつだけ──「食事の時間を引きのばそうぜ」、です。

──そこに戻ってくるわけですね。

稲田: 俺たち酒飲みは、本気出したらすぐ終わるような食事に、あえて時間をかける。それは人生の幸せだと思う。酒を飲まない人たちは、酒じゃなくて、“何か別のもので”引きのばせばいい。引きのばそうぜ、二時間──それだけだと思うんですよ、酒飲みが言えることは。

はじめは、食事の時間を二時間に引きのばしたいと思ったとき、酒を飲めない人たちはお茶やノンアルコールドリンクを飲めばいいと思っていたんです。でも、お茶やノンアルってそこまで飲み続けられないんですよね。

そこで気づいたんですけど、平日のイタリアンのランチのマダム会って、「会話」で時間を引きのばしているんですよ。うちのお店にも、たっぷり二時間かかるコースがあるんですが、お一人様のお客さんが、タブレットで動画を見ながら食べている。それを見て、「正しい」と思ったんです。

我々が「酒の代わりに何か飲みものを」って思うのは、実は傲慢なのであって。 それ以外にも、いろいろな“時間を引きのばす手段”があるんです。いまは、「食事の時間を引きのばせるなら、その手段は何でもいいじゃん」と思っていますね。

──若い世代がお酒を飲まなくなった理由として「Netflixがあるからだ」という説明があります。彼らは、飲まないほうが楽しくて気持ちいいことができるから、お酒ではなく動画を選ぶ。……ちなみに、ワインの研究分野では映画や音楽とワインのペアリングについての研究論文などもあります。そう考えると、嗜好品の“掛け合わせ”はまだ余地がある気がします。

稲田: すばらしい。映像作品と酒と料理の三点で、すごいペアリングが生まれる可能性だってありますね。

ノンアル化の時代に、酒好きはどう生きる?

──そろそろインタビューも終わりが近づいてきましたが、我々のように「酒はいいものだ」と思っている人間は、これからの時代、どう振る舞っていけばよいのでしょうか。

稲田: おそらく、答えは二つあります。ひとつは、「我々は我々のエリアで、ひっそりと生きていく」ということ。誰にも迷惑をかけずに、という選択肢は確実にありますね。

でも、やっぱり「もったいない」とも思ってしまうんですよね。だって我々は、そこでいろんな快楽や満足感、人生の意義みたいなものを享受しているわけで。それを伝えないのは、それはそれで勝手なんじゃないかとも思うんです。

だから、「上から教える」とか「何かを伝える」のがいけないのであって、「人生をポジティブに楽しんでいる姿を見せる」のであればいい。これが、二つ目の答えです。別にマネをするもしないも勝手だけど、とりあえず俺らは人生楽しんでるよ、と。

──それは“食”に対しても同じ、ということですよね。

稲田: 全部そうですね。仕事の話で言うと、僕は自分の店のスタッフに「飲食業ってこんなにやりがいがあって楽しいんだよ」みたいなことを説明するのを、わりと早い段階で諦めました。そんなことを言ってもしょうがなくて、とりあえず自分がウキウキ楽しんでいれば伝わるんだろうな、と思ったんです。

だから、自分が店に立って料理や接客してるときには、ともかく楽しんでる姿を見せるようにしています。で、その中から「この人、何があんなに楽しいんだろう?」と思ってくれる子が、そこを探りに来てくれたらいいな、と。

──ノンアルコール化する時代において、酒飲みがなぜお酒を求めるのか、これからどう振る舞っていくべきなのか、とてもよいお話が聞けました。どうもありがとうございます。日本酒はいかがでしたか?

稲田: いやー、おいしいです。お世辞とかじゃなくて。僕はいつも「もう菊正宗でいいや」と思っている、その殻を打ち破ってくれますね。

マスター・児玉さん: でも誤解してほしくないのは、僕も家で菊正宗を飲むときはあるんですよ。

稲田: もちろん! よくわかりました。あれでいいんですよ。でも、あれを超える何かを求めるのも人間なわけで。“無駄”な部分ですよね。僕はたぶん、菊正宗と淡麗グリーンラベルさえあれば機嫌よく人生を過ごせる。でも、やっぱり“無駄”が欲しいんだと思います。

取材協力:地酒屋こだま

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