
酒は“無駄”?だが、そこがいい。稲田俊輔さんが語る令和時代の酒飲みのあり方
- 木村 咲貴
- SAKE業界の新潮流
- 2026/01/27
健康志向の高まりや価値観の変化にともなって、あえて「飲まない」ライフスタイルが評価されるようになり、酒飲みにとっては少し肩身のせまい令和時代。これからますますノンアルコール化していく社会の中で、酒好きはどのようにお酒やそれにまつわるコミュニケーションと向き合っていくべきなのでしょうか。
今回、そんな相談に乗ってくれたのが、料理人の稲田俊輔さん。南インド料理専門店「エリックサウス」総料理長であり、近年は『ミニマル料理』(柴田書店)などのレシピ本をはじめ、執筆活動も多数おこなっています。
食にまつわる文化人として、人々のグルメへの欲求を巧みに言語化していく稲田さんは、実は大の酒好きでもあるそう。東京・大塚の隠れ家バー「こだまのねんりん」で日本酒をいただきながら、いまの時代の酒飲みのあり方についてじっくりお聞きしました。
ビールのあとは、菊正宗。稲田さん流お酒の選び方
蕎麦屋のメニューにある「酒」のちょうどよさ

──稲田さんは、普段はどんなお酒を飲まれるんですか。
稲田さん(以下、稲田): 圧倒的にビールが多いです。基本的には上面発酵、いわゆるエールですね。でもそれと同じくらい、キリンの淡麗グリーンラベルが好きなんです。味わうというより、しっくりなじむというか。
──家で晩酌するときはグリーンラベルが多いんでしょうか。
稲田: 多いですね。でもそのあとはだいたい、菊正宗にいくんです。
──おお。菊正宗、いいお酒ですよね。菊正宗の何を飲むんですか?
稲田: 「上撰」もしくは「キクマサ ピン」です。家ではそんな感じですね。外だと、お店のおすすめだったりあてずっぽうだったり。ほんと、“日本酒音痴”なんですよ、僕は。
──この場合の「音痴」というのはどういう意味でしょうか。
稲田: 日本酒に関して知識を得たいと思いつつ、そのための努力ができないという意味です。一時期、スマホに銘柄や飲んだ場所、ひとことコメントをメモしてたんですけど、飲んでいるうちにそういうことができなくなって 。だから、「日本酒との付き合い方は一期一会でいい」と思っているところがあります。
──わかるような気がします。酔ってくるとメモを取るのも忘れてしまいますし、あとから見返しても「なんだっけ?」となりがちですよね。

稲田: 実は最初、日本酒が苦手だったんですよ。でも、それが生活や日常に入ってきたきっかけのひとつが、東京の蕎麦屋なんです。
蕎麦前から入って酒を頼もうとしたら、メニューに「酒」としか書いていない。その下にカッコ書きで「(菊正宗)」と書いてあって、気が楽だなって思ったんです。頼んで飲んでみると、別に驚きはないんだけど、スッと馴染む感じがあって。「ちょっと難しく考えすぎてたのかもな」と気づきました。
その蕎麦屋での体験を生かして、家でも菊正宗を買うようになりました。ベストというよりは、「こういうのでいいんだよ」という感じですね。
酒は“主”ではなく“従”。たどり着いた「たるいお酒」
──稲田さんの中で「今日はビールでもワインでもなく日本酒だな」というのはどういうときですか?
稲田: どちらかというと消去法ですね。いちばんわかりやすいところでいうと、 インド料理ってあらゆる酒に合わせづらいんですよ。そんなインド料理を受け止めてくれるのが日本酒です。タイ料理も日本酒がいちばん合いますね。
──辛味やスパイスを日本酒の甘みが受け止める、ということでしょうか?
稲田: そうですね。余計な酸味がないし。なので、「何のお酒にも合わなかったら日本酒を合わせる」という感じなんです。日本酒って、ビールやワインより個性や主張があるのに、料理と合わせると受け止めてくれるんですよね。

──稲田さんの好きなタイプのお酒を言語化するとどうなるんでしょう。
稲田: 「たるいお酒(※)」と呼んでいます。ウイスキーでいうとスコッチよりアイリッシュウイスキー。日本酒も菊正宗のような日常酒が好きですし、淡麗グリーンラベルなんて「たるい」の極致じゃないですか。
僕、「アイラモルトを飲んでいる自分がかっこいい」みたいな感覚がないんです。それを少し寂しくも思うけど、ないことでフラットでいられる気もしています。
※たるい:名古屋弁で「ものたりない」という意味。本来はネガティブな意味だが、ここでは「主張が強すぎない」「無理なくスッと馴染む」というニュアンス。
──稲田さんは料理を極限 までシンプルにする『ミニマル料理』(柴田書店)というレシピシリーズを出していますよね。あのシリーズについて、ある雑誌の対談で「“ホビー”を極めた結果として、“生活”にたどり着いた」と話していたのが印象的でした。お酒の好みにも、マニアックになった結果、最終的に普遍的な概念にたどり着くような感覚があるのでしょうか。
稲田: あるでしょうね。料理でいうと、僕は絶対に特殊な調味料を使わないと決めているんです。醤油はヒガシマルやヤマサなど、大手メーカーのものを使う。小さな蔵の特別な醤油があるのは知っていますが、「自分がやるべき使命はそこではない」という自覚があります。
基本的に僕は、食べものが“主”で酒が“従”。だから、料理と飲むときは水に近いものになってしまう。でも、バーなどでお酒を飲むこと自体が目的の場合は、飲みたいものはまったく変わってきます。
お酒は、食事の時間を引きのばす
なぜ「酒クズ」を自称するのか?
──稲田さんのご本を拝読していると、食事にお酒を合わせたい人が「おっ」と思うような小ネタが多くて、酒好きに理解のある方なんだろうとは思っていたんです。そうしたら、Xでご自身のことを「酒クズ」と言っていて。
さらに、フォロワーからの「酒クズって何ですか?」という質問に「依存性があるかどうか」と答えていらっしゃいましたよね。「すごいな」と思いました。
稲田: 僕は、酒を飲まないと食事ができないところがあります。それに加えて──本当はやめたほうがいいと思うんですが──執筆するときも、酒を入れたほうがスルスル書けますね。意識が少し違うところに持っていかれて、ゾーンに入るというか。
──私も大きな声では言えないんですが、入れたほうが執筆がはかどることがあります。でも現代は、それを大っぴらに言いにくい空気がある。稲田さんの中で、お酒の話をするときの「ここまではいい、ここからはよくない」という線引きはありますか?
稲田: 正直、ないです。なぜかというと、料理文化と酒文化は本来ひとつのものという前提があるからです。どちらかというとヨーロッパ的な価値観に近いのかもしれませんが。だから、「料理の話をするのに酒の話をしないのは不自然だろう」という感覚があります。ただし、お酒を飲めない人を否定するような言い方だけはしないようにしていますね。
──先ほど、「お酒を飲まないと食事ができない」と話していましたが、なぜ料理にお酒が必要なんでしょうか。
稲田: 最初は、食事の時間を引きのばしたくて飲んでいたんですよ。僕は30分以内で終わるものは「むしやしない(※)」と呼んで、食事と明確に区別しています。人間って、そんなにたくさん食べられないじゃないですか。お酒があることで、食事の時間を引きのばせるん です。
※むしやしない:小腹を満たすための軽い食事のこと。腹の「虫」を「養う」ことからきている。
──よくわかります。私はいま、社会人学生として新潟大学で「日本酒学」を研究しているんですが、修士論文で「酒は時間を拡張する」という論を書きました。お酒の場では、本来すぐに食べ終えられるはずの唐揚げがなぜかいつまでもお皿に残っている。反対に、お酒を飲まないと、どうしてこんなに一瞬で食事が終わってしまうのかとさびしく感じます。
稲田: さびしいですよね。外食ならまだ諦めもつくんですが、自分で料理したときはなおさらです。あれだけ頑張って作ったのに10分で食べ終わる。そんなの悲しいし、せっかく作ったものをすみずみまでゆっくりで味わいたいという気持ちになりますね。
それから、お酒にはリセットの働きがあると思います。どんな食べものも最初のひと口がいちばんおいしくて、何口か食べていくうちにそのおいしさは低減していく。そこに酒を挟むと、またおいしさが立ち上がってくる感覚がある。「次のひと口を食べる前に酒を飲まないともったいない」と思っています。
