「酒主」という日本酒との新しい関わり方 - 100年続く酒蔵と理想郷を守り、共に創る

2026.01

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「酒主」という日本酒との新しい関わり方 - 100年続く酒蔵と理想郷を守り、共に創る

石川 奈津紀  |  SAKE Street Pioneers

Sponsored by 株式会社中沖酒造店

「東洋のアルカディア」──約150年前、イギリス人女性旅行家のイザベラ・バードがそう称えた山形県置賜(おきたま)地方。アルカディアとは「理想郷」という意味を持つ古代ギリシャの地名で、その名の通り四季を通じて美しい自然が広がる地域です。

かつてこの地を訪れた際にバードが滞在した小松宿があったのが、現在の山形県川西町。バードが著書にも残した、福島と山形の県境に連なる飯豊(いいとよ)連峰を背に見る黄金色の田んぼは、明治時代から受け継がれてきた、いまも町が誇る風景です。

しかし全国の地方で加速する少子高齢化と過疎化は川西町も例外ではなく、この40年ほどで人口は約30%、農業の担い手は約60%減少。担い手不足に伴い、「理想郷」を守っていくこと自体が難しくなりつつあるのです。

町の素晴らしい風景の源であり、地域の基幹産業である農業、町特産の米をどう受け継いでいくのか。100年続く中沖酒造店と川西町の新たな挑戦から、持続可能な生業として再興するためのヒントを探ります。

クラウドファンディング挑戦中:「東洋のアルカディア」をふたたび世界へ - 山形の老舗酒蔵 絶景を未来へ繋ぐ挑戦

米価格高騰と農家不足を乗り切るための「高付加価値」戦略とは

品質も味も素晴らしい……でも知られていない

2024年ごろから、猛暑による不作や一時的な流通不足、インバウンド需要などが重なり発生した「令和の米騒動」。主食用米の価格が大幅に高騰したあおりを受け、中沖酒造店が酒造りに使う酒米(酒造好適米)の価格も2025年は約1.7~1.8倍に跳ね上がったといいます。

さらに、酒米を生産していた米農家が、より利益を得られる食用米へと生産を切り替える動きも出始めました。県内酒蔵の需要を満たす酒米が供給できないという深刻な事態に直面しているのです。

中沖酒造店・代表取締役社長の高橋 義孝(たかはし よしゆき)さんは「酒米は食用米よりも栽培管理などに手間がかかることもあり、この状況で酒米づくりを続けてもらうのはなかなか厳しいですね。農家さんの数は決まっているので、食用米をつくれば、その分酒米が減ってしまいます」と話します。

川西町は、優れた自然環境と生産技術を持つ、山形県内有数の米どころ。しかし町の人口が減るなかで、1980(昭和55)年から2020(令和2)年にかけて農家世帯数は約6割減少。このまま担い手が減ってしまうと、美しい田園風景の保全にも懸念が生じてしまいます。

地域資源を活かした「川西町ならではの付加価値」をいかに見出し、農業の担い手を確保できるかが課題だと川西町商工観光課の佐々木 伸治(ささき しんじ)さんは言います。

「農業経営が安定すれば、農家の方は生産を続けられます。いかに所得を向上させていくかが重要だと思っています。たとえば、同じく町の名産である米沢牛との組み合わせなど、複合的な農業経営ができれば安定していくのではないでしょうか」

農業の担い手の所得が増え、次世代が「農業を続けたい」と思える経営モデルへの転換が求められています。

加えて佐々木さんが課題として挙げるのが、高品質な米の産地であるにも関わらず、ブランド力や発信力が追いついておらず販路拡大に繋げられていないことです。多くの人に知ってもらうためには、川西町の良質な水や土といった環境、美しい原風景、ブランドである「米沢牛」などの強みも合わせて推進していくことが必要です。

町に生まれ育った2人が思いを馳せる原風景

「毎年必ず感動する景色があります」と話す高橋さん。「春先、ちょうど雪が解けて田植えの準備が始まっているころに、飯豊連峰はまだ山頂に雪が残っています。道路を走っているとき、はるか先の水田に、雪のかかった飯豊連峰が青空の下でドーンと見える場所です。それを見ると『ここにいてよかったな』と強く感じます」

佐々木さんも「冬場の雪や秋の紅葉、そして春先に田んぼに水が入って周りの景色が映り込む風景や、秋に黄金色に一帯がきれいに見えるような景色は、やっぱりいいですよね」と言います。

学生時代のわずかな期間を除き、川西町で生まれ育った二人。素晴らしい地域資源である田んぼや山々と常に身近に接し、その美しさだけでなく自然の豊かな恵みを肌で感じてきたのです。

蔵として初の試みである「磨かない」選択。わずか30粒から始まったロマン

9軒あった酒蔵が2軒に。変わりゆくアルコールとの関係変化のなかで

農業だけでなく、町と日本酒の関係も時代とともに変わりつつあります。明治から大正にかけては町内に9軒あった酒蔵も、いまや残るのは2軒のみとなりました。

「私が蔵に戻ってきたときは、まだ町に4軒の酒蔵がありました。1つの町にこれほど酒蔵があるというのは結構珍しく、町としても米沢牛のすき焼きと地酒を楽しむ『地酒と黒べこまつり』というイベントを開催したり、町内で宴会をするときは必ず地元の日本酒で乾杯する条例を制定するなど、日本酒を盛り上げてくれていたんです」

しかしコロナ禍で消費者のアルコール離れが進み、収束後も飲食店で日本酒を楽しむ人が減少してしまいました。地元の飲食店中心の消費に支えられてきた中沖酒造店も、輸出に加え、新たな販路開拓の必要にせまられています。

町から復活させた酒米で、土地の魅力を最大限に伝える挑戦

町と蔵の課題を解決するため、高橋さんの頭に浮かんだのは、この置賜のすばらしい大地をまるごと込めたお酒を造り、町外・海外に届けること。酒造りに使用する「酒の華」は、高橋さんの父である先代社長の尽力により復活を遂げた酒米です。県の農業試験場に標本として残っていたわずか30粒、おちょこ1杯ほどの種籾から何年も何年もかけ、少しずつ増やしていったのです。

この「酒の華」を使用して「磨かない」日本酒を作りたい。今回、中沖酒造店としては初の挑戦となる80%精米、つまり玄米を100%として20%しか磨かない日本酒を醸そうとしています。

通常は米を磨けば磨くほど、雑味のない味わいの日本酒に仕上がるとされています。しかしあえて「磨かない」ことが、新たな付加価値になるのではと高橋さんは考えました。

「日本酒の付加価値の一つに精米歩合があり、例えば1%台まで磨いたお酒が高値で市場に出ています。そうすると『磨いていないお酒には価値がないのか』と思われてしまって、日本酒の価値を狭めてしまうような気がずっとしていました。

そうではない方法で、お酒に価値を持たせることはできないかと考えていたんです。今回あえて80%精米としたのも、大切なお米をあえてあまり磨かないことで、この美しい土地で育ったお米の特徴や味わいを前面に出したいと思ったからです」

そうして完成を目指すお酒に関した名前は「BIRD」。明治時代、この地の魅力を世界に伝えた旅人イザベラ・バードへのリスペクトを込めています。150年前に彼女が『日本奥地紀行』に記した文章でこの地での感動を伝えたように、今度はこのお酒の味わいで、川西町の豊かな風土の魅力を県外や世界へと羽ばたかせたい──そんな願いが、この名前に託されています。

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一人の飲み手から町の「共創者」へ。「酒主(さけぬし)」の仕組み

県外から訪れた人材が感じた、町の魅力と誇り

高橋さんは、新しい取り組みに外部の協力を積極的に取り入れるべく、県の「やまがた未来(みら)くる人材活用事業」に応募しました。県内の企業と副業・兼業したい都市部のプロ人材を繋ぐことで、町の関係人口を増やそうという取り組みです。

この事業に応募したのが、人材会社で事業企画を担当する中垣さん、会社経営者の小堀さん、不動産会社で営業を担当する柴田さんの3名です。3人は現地で2日間のプログラムに参加し、川西町、そして中沖酒造店の魅力や課題を体感しました。

中垣さん「景色がどこも美しく、とても印象に残っています。遠くまで広がる田んぼ、奥に見える山並み。伺ったのは秋でしたが、雪が積もったらさらに美しいのだろうと思いました」

小堀さん「米沢牛の生産者の方にもお話を聞きましたが、ご自身で手掛けられた肉牛の育成に対して、非常に誇りを持って話されていたのがとても印象的でした。なぜ誇りを持っているのか?それは川西町に関わる方々が、その自然や風土に対して誇りを持っているからだと感じました」

「酒主」として酒造りに関わり、町の課題に関わる

素晴らしい川西町の魅力をもっと多くの人に知り、課題に関わってもらいたい。そんな思いをいだいた3人が高橋さんの思いを実現するために提案したのが、柴田さん発案の「酒主」という制度。株主のように、クラウドファンディングで出資した人に「お酒のオーナー」になってもらい、蔵の今後について意見を交わせるようになるという仕組みです。

もともと日本酒が大好きだった柴田さんでしたが、製造に携わるハードルはとても高いと感じていました。「杜氏の職人技が光る日本酒ですが、それがいったいどのように味を決めているのか、その過程に少しでも触れられればもっと日本酒を知り、好きになると考えて『酒主』というアイデアに至りました」と話します。

「一歩踏み込んで日本酒の世界に触れられること、味だけでなく蔵の課題も一緒に考えられるのが、『酒主』という関わり方の魅力だと思います」

クラウドファンディングを通じて「酒主」になることは、「BIRD」を片手に高橋さんはじめ町のみなさんと語り合ったり、実際に蔵に足を運んで酒づくりの工程に携わったり、蔵の新しい道筋について考えたり──単なる消費者ではなく、中沖酒造店、川西町に関わる人材になることでもあるのです。

町に根付く、オーナー制による関係人口創出の土壌

実は川西町にはもともと、特産の米や伝統野菜の紅大豆の「オーナー制」で、町に訪れるリピーターを生んできた土壌がありました。紅大豆のオーナーになると、現地に足を運び、植えるところから収穫、味噌に加工するまで一貫して携わりながら町の人と関わったり、地域の魅力を知ることができる取り組みです。

今回の「酒主」もこうした関係性を生み出す試みであり、川西町の佐々木さんも期待を寄せています。

「毎年のように来ていただくことができたり、川西町に泊まり、オーナーとしての目的以外にも環境を楽しんでいただく機会にもなります。一回限りではなく、何回もリピーターとして来ていただける。そうした体験型の取り組みは、一般の観光客とは中身が違うものになるだろうと思っています」

繰り返し訪れる人を増やすことで、最終的には「川西町に住みたい」と思えるような深い繋がり、つまり関係人口の創出を目指しているのです。

この先150年続く「理想郷」の物語を、共に紡いでみませんか?

酒造りを通じて、地元川西町産の米を使い、地元の美味しいお酒を造るという循環を再生させること──かつて当たり前におこなわれてきたことこそが、町の風景や環境をを守ることに繋がり、ひいては経済活動にもなるのです。今後は農家との関係性を構築し、町内での契約栽培でつくった米を酒造りに使うことで、地産地消のサイクルを作っていきたいということです。

中沖酒造店は2023年に創業100年を迎えました。これからは「酒主」や周りの仲間の力を借りて新たなアイデアを積極的に取り入れていきたいと高橋さんは語ります。

「今後30年、50年、そして次の100年という流れの中で、蔵が今のまま残っていけるかというと、非常に難しいところだと考えています。日本酒という形にこだわらず、お米を使った発酵食品など、この川西の場所で蔵がどのような形であれ残っていける道を考えていくのも一つの選択肢。

自分では思い付かないような面白いアイデアを出していただきながら、新しい酒蔵の在り方を、酒主の皆さんと一緒に見つけていきたいと考えています」

ひと足先に「酒主」となった中垣さん、小堀さん、柴田さんも新たな仲間に向けて、こう呼びかけます。

「『酒主』となった皆さんにも、ぜひ町に訪れていただきたいです。美しい自然だけでなく、耕作放棄地や空き家の増加、人口減少など『日本の地域の課題』と言われていることを肌身で実感します。そうしたことにも思いを馳せながら、未来について考えるきっかけとしてもらえれば嬉しいです。

私たちもいち「酒主」として、これから酒主になる皆さんとともに、『BIRD』が世に飛び立っていく様子を見守り、そして味わっていきたいですね」

イザベラ・バードが150年前にその感動を世界に伝えた、後世に残したい日本の原風景。「酒主」として共に守り、新しい「理想郷」を共に創る一歩を歩んでみませんか?

クラウドファンディング挑戦中:「東洋のアルカディア」をふたたび世界へ - 山形の老舗酒蔵 絶景を未来へ繋ぐ挑戦

酒蔵情報

中沖酒造店
住所:山形県東置賜郡川西町西大塚1792-3
創業:1923年(大正12年) 代表取締役社長:髙橋義郎
Webサイト:https://uyo-ikkon.co.jp/

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