
2026.01
13
低アル日本酒は酎ハイと勝負できるのか? - 日本酒の度数はどこまで下がる?(後編)
世界的な低アルコール需要の増加にともない、日本酒にも、従来の平均アルコール度数15〜16%を下回る商品が増えてきています。特集「日本酒の度数はどこまで下がる?」の前編では、近年増えている10%未満の商品の実態や、ワインやビールとの比較など、低アルコール日本酒を取り巻く現状と課題について整理してお伝えしました。
後編となる今回の記事では、低アルコール日本酒の造りにおけるハードルやリスクなど、製造面の視点からこのテーマを掘り下げていきます。最後に、前編でお話した課題もあわせて、日本酒のアルコール度数が今後どうなっていくのか考察します。
そもそもなぜ日本酒は15〜16%なのか
日本酒は歴史のなかで、アルコール度数を高めてきた
日本酒の低アルコール化について考えはじめると、「そもそもなぜ、日本酒のアルコール度数は平均15〜16%になったのか」という疑問が湧いてきます。
日本酒は製造工程に「加水」 という、 できあがったお酒を水で薄める工程が存在します。つまり、意図して平均15〜16%にする習慣が根付いているということです。なお、ワインおよびドイツビール、クラフトビールなどでは、できたお酒に水を加えることはそのお酒本来の純粋性を損ねる行為としてタブー視されています(大手ビールメーカーでは、高濃度醸造したものに加水するという手法が一般的に取られています)。
アルコールに殺菌(または菌の増殖を抑える静菌)効果があることは、多くの人が知っているところです。このことを体感的に理解していた酒蔵のあいだで、日本酒の製法がほぼ確立した江戸時代のころ、雑菌による汚染を防ぐために、アルコール度数は高いほうがよいと考えられていました。
清酒酵母が高いアルコール度数への耐性をつけ、発酵だけで20%前後ものアルコール度数へ到達できるようになったのも、まさにこうした背景が前提となっています。
「おいしさ」と「規格」で定まっていったアルコール度数
とはいえ、20%というのは日本人が日常で飲むには高い度数です(焼酎は20%程度で販売されることが多いですが、ストレートで飲む人は多くないでしょう)。そのため、そのままでも飲みやすく調整するために加水という手段が取られるようになりました。
では、なぜ15〜16%に落ち着いたのかという問いについては、「官能的なバランスをとった結果ではないか」と、茨城県産業技術イノベーションセンター主任研究員の飛田啓輔先生は話します。
「過去の文献を調べると、何%の原酒をどれだけ薄めて美味しく飲めるのかといった研究(※1)があり、味の濃淡、きれいさ、甘辛バランスなどが丁寧に検証されています。こうした官能評価の蓄積によって、15〜16%前後が最も日本酒らしい美味しさを感じるラインとして長く業界に定着してきたのではないでしょうか」
また、1943(昭和18)年に級別制度が設けられた際に、特級と一級の条件として、アルコール度数16度以上(15度以上に変動した時期もあり)という基準が設けられました。
このころは水で薄めた「金魚酒」が横行していたこともあり、過度な希釈をしていない品質の証明としてアルコール度数の高さが求められていました。一方で、度数が16%を超えると税率が高くなるということでもあり、品質の高さの証明と税率の兼ね合いの結果として、15%以上16%未満の範囲に収める酒蔵が多数派になったと考えることができます。
※1 高橋 康次郎ほか「原酒と割水酒の官能値の比較:純米清酒に関する研究」(日本釀造協會雜誌77 -12、1982年)
低アルコール日本酒に潜むリスク
低アルコール日本酒の造り方
日本酒の製造工程でアルコールを下げる手法は、大きく分けて
- お酒を搾った後に加水調整する
- もろみの発酵途中でアルコール上昇を抑える
の2パターン。さらに、「2. もろみの発酵途中でアルコール上昇を抑える」には
ⅰ. ある程度アルコールを上げてから、追水してもろみを低アルコールに整える
ⅱ. 高アルコールになりにくい酵母(赤色酵母、ワイン酵母など)を使い、自然に低めの度数にする
ⅲ. 三段仕込みから一段仕込みのように仕込み段数を減らす
という方法があります。
「1のお酒を搾った後に加水調整する方法は、味のバランスが崩れやすい傾向があるので少数派ではないでしょうか。また、2-iiのように高アルコールになりにくい酵母にする方法は、酵母の種類によってオフフレーバーが出やすいといったデメリットもあります。最近では、低アルコール化に加えて、働き方改革による省力化を目的に2-iiiのような酒母搾りや一段仕込みのものを目にしますが、粕歩合も多く酒化率(原料の白米に対し、できあがるお酒の割合)もそれほど高くはありません。
そのため、標準的な清酒酵母で発酵を進めつつ、適切なタイミングで追水をしてアルコールを落とすという設計を選ぶ蔵が多い印象です」(飛田先生)
低アルコール酒のリスクが高まる条件とその影響
日本酒が歴史の中で高いアルコール度数を目指してきたのは、ここまでにも書いたように、雑菌による汚染を防ぐためです。つまり、アルコール度数を下げることには、望まない微生物が繁殖するリスクがついてまわります。
「アルコール飲料による食中毒の前例は原則としてありませんが、特にライトビール(アルコール3〜4%台)やノンアルコールビールについては、多数の論文で条件がそろうと食中毒リスクが高まることが指摘されています。要注意な要件としては、①pHが4.6を超えて中性側に寄る、②アルコール度数が低い、③炭酸濃度が低いといったことが挙げられています」
飛田先生曰く、アルコール度数が10%程度あれば、食中毒のような問題は起こりにくいとのこと。しかし、アルコール度数が1桁台なると、pHによっては日本酒にも微生物リスクが高まるといいます。
「清酒のpHはだいたい4.0〜4.2と強めの酸性で、この幅であれば有害菌は繁殖しにくい。しかし、低アルコールを狙うために発酵時間を短くするなど、酸が生成されずpHが下がらないような設計になると、微生物リスクが増加します。
また、水酛などの伝統的手法では、原料米や醸造環境に由来する芽胞細菌など、多様な菌相が関与します。もろみでの発酵にともないこれらの細菌が減少・消失する一方で、低アルコールを組み合わせると、望ましくない菌が残存する可能性が高まります」
※参考:楠部真崇「杜氏が伝承する伝統純米酒「水酛」における「安全とおいしさ」の見える化」サッポロ財団 科学研究費等補助金 2019年4月 - 2020年3月
そのほか、アルコールを低く抑えることで、ジアセチル(つわり香の原因物質)やアセトアルデヒド(木香様臭の原因物質)といったオフフレーバーが出やすくなるといったリスクもあります。
低アルコール酒の安全な製造・流通のためには?
しかし、製造環境の衛生管理が徹底できていれば、たとえ低アルコールでもこうしたリスクは下げることが可能です。
「一般的にリスクが高いのは、上槽後から瓶詰までの工程です。低アルコールでは、アルコールや酸といった酒自体の防御力が相対的に弱くなるため、空気中、ホース、タンクまわりなど、環境由来の菌が入りやすい。そこに配慮が欠けると、雑菌汚染の可能性がどうしても高まります」
この対策として、飛田先生は①蔵全体の衛生水準を上げること、②HACCP(ハサップ)の考え方を正しく導入し守ることを掲げます。
「衛生管理がしっかりしていれば、ある程度の冒険的な造りは可能です。手洗い、手袋など基本動作の徹底はもちろん、動線や器具の管理も含めて“あたりまえ”を高いレベルで回しましょう。また、食品衛生法の改正で清酒醸造でも義務化されましたが、HACCPは食中毒を起こさないための衛生管理の思考法・手順の基本です」
このとき目安となるのは、日本酒と造りが似ていながらも一般的に清涼飲料水に区分される「甘酒」を製造できる環境かどうかという点です。
「清涼飲料水として甘酒を製造するには、原材料・製品の保管設備、製造室、手洗い設備、排水設備などが特定の基準を満たす必要があります。伝統的な酒蔵は昔からの設備を使い続けているケースも多く、その基準に達していないとみなされることがあります。甘酒製造レベルの衛生管理が難しい蔵では、アルコール度数1桁台の製造もリスクが高いといえます。
また、これは消費者の低アルコール日本酒の飲み方にも関係してきます。清涼飲料水を想像すると分かりやすいですが、お茶やジュースを飲みかけで常温放置すれば状態が悪くなりますよね。アルコール度数が高い日本酒であれば変化しにくいのですが、低アルの場合は『開栓後は速やかに飲み切る』『必ず冷蔵保管する』といった前提がより強く求められる場合があるため、製造側も相応の注意喚起をする必要があります」
日本酒はビールやRTDの舞台で闘える価格を実現できるのか?
前編で説明したように、現在、世界的に低アルコール市場が広がっており、ワインやビールなどの伝統的な酒類においても、従来のアルコール度数より低い商品が増えてきています。日本酒も低アルコール化の兆しはありますが、これまで解説した歴史的な度数のなりたちや、アルコール発酵の役割について理解したうえで、リスクを抑えた製造をすることが重要です。
さらに大きな課題となるのは、アルコール度数を5%前後まで下げたとき、大手メーカーのビールやRTDといった数百円の飲料が直接的な競合になることです。多くの酒蔵にとって、低アルコール日本酒を安価に設定するのは簡単なことではありません。
「低アルコール日本酒では、味のバランスを取るための酸味と甘味の付与が必要になります。アルコール10%くらいまでであれば、通常の技術でクリアできますが、1桁%台ともなると、非常に高い技術が必要になります。
それも含め、低アルコールの製法は歩留まりが悪く(=お酒として販売できる量が少ない)、製造スケールメリットがない中小企業はそのコストを価格に転嫁しなければなりません。それなりに高い値段になると、顧客が買ってくれるかどうかはわかりません」
低アルコール日本酒は、たとえ味がおいしかったとしても、バリエーションが豊かで安価なビールやRTDと並んだときに選ばれるかは未知数であり、相応の戦略が必要となるのです。
日本酒のアルコール度数はどうなっていくのか
前後編にわたるシリーズ「日本酒の度数はどこまで下がる?」では、低アルコールの話をするときにいまだ議論の的になりにくい
- ひと口に低アルコール化といっても、ワインレベル(12〜13%程度)/ビール・RTDレベル(5%未満)という段階がある
- 日本酒が平均15〜16%になったのには理由がある
- 日本酒のアルコール度数を下げたとき、衛生面・経済面にリスクがある
といった点について掘り下げてきました。
これからますます広がることが予想される低アルコール市場ですが、日本酒というカテゴリならではの特性を理解し、自分たちに合った、あるいは強みを活かした戦略を取っていくことが、この新しいジャンルの未来を明るいものとするのでしょう。
Pickup記事
2021.10.27
話題の記事
人気の記事
2020.06.10
最新の記事
2025.12.09


















