医療用の米がまさかの日本酒に。ライチやマスカット香を引き出す「春陽」ってどんなお米?

2026.10

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医療用の米がまさかの日本酒に。ライチやマスカット香を引き出す「春陽」ってどんなお米?

新井 勇貴  |  日本酒を学ぶ

酒米といえば、有名なのは「山田錦」や「五百万石」ですが、それらとは異なる特徴を持つ「春陽(しゅんよう)」という米をご存知でしょうか。これまでの日本酒のイメージとは一線を画す酒質をもたらす春陽は、近年、全国の酒蔵や研究機関から注目される存在となっています。

本記事では、この春陽がどのように誕生したのか、どんな特徴を持っているのか、その魅力と背景を解説します。

春陽とは? - 「低グルテリン」が生み出す特徴

酒米イメージ画像

春陽の成熟期は「早生の晩」に分類され、千粒重は約28.0gと大粒種に属しています。

もともと、日本酒造りのために開発された品種ではなく、腎臓病などでタンパク質の摂取制限が必要な人のための食事療法用米として育成されました。主要なタンパク質であるグルテリン(※1)の含有量は一般品種のおよそ3分の1に抑えられており、「低グルテリン」であることが、酒造りにおいても大きな特徴となります。
※1:穀物の種子に含まれる貯蔵タンパク質の一種

酒造りにおいて、米に含まれるタンパク質は麹菌が生産する酵素によって分解され、アミノ酸へと変化します。アミノ酸は旨味を構成する重要な成分ですが、多すぎると雑味や重たい味わいの原因にもなります。一方、醪での溶解性が高いグルテリンの含有量が少ない春陽は、アミノ酸生成が起こりにくく、雑味の少ない淡麗な酒質になりやすいとされています。

さらに農研機構の研究では、春陽を用いることで、高精白をおこなわなくても、一般的な酒造好適米よりアミノ酸の少ない良質な日本酒を造ることができると報告されています。高精白に頼らずクリアな酒質を実現できる可能性は、春陽ならではの大きな魅力といえるでしょう。

また、低グルテリン米を用いた日本酒からは、マスカットやライチを思わせる果実様特徴香「4MMP(※2)」が検出される事例が報告されています。4MMPは、新たな日本酒の香りとして注目されており、酒類総合研究所では4MMPを「新規特徴香」と位置付け、その生成メカニズムの研究を進めています。
※2:マスカットやライチ、グレープフルーツのような香りが特徴的な香り成分(化学名:4-メルカプト-4-メチルペンタン-2-オン)。白ワイン(ソーヴィニヨン・ブラン)やビールのホップ、そして近年の研究で特定の日本酒からも検出されている。

吉田酒造(島根県)における春陽の使用例

春陽を使った吉田酒造の日本酒
春陽を使った吉田酒造の日本酒

島根県安来市の吉田酒造では、2017(平成29)年から酒類総合研究所との共同研究に参加し、春陽の個性を最大限に引き出す酒造りに取り組んできました。杜氏を務める足立孝一朗氏は、初めて春陽で醸した酒を飲んだ際、「このお米だからこそ、バチッとこの味(香味)が出るんだ」という圧倒的な説得力と感動があったと振り返ります。

自身が造る酒では、春陽の特徴を活かし、「黄色の果実感」「生のお米が持つ旨味・甘み」「フレッシュ&ガス感」の3つの要素が高次元で調和した酒質を目指していると説明します。

一方、足立杜氏は春陽について、「アミノ酸が少なすぎるため、アルコールそのものが持つ苦味や酵母由来の要素が露出しやすい特徴がある」と述べています。現在は、この課題を解決するため、酒造りを包括的にサポートする飯田グループ主催の「春陽技術研鑽会」 に参加。全国の熱心な造り手たちと情報交換を重ねながら、特徴香「4MMP」の強度をコントロールする方法や、苦味を綺麗に抜く製法を模索しています。

春陽の歴史 - 医療用から日本酒の世界へ

稲穂イメージ画像

春陽の育成は1991(平成3)年、農研機構北陸研究センター(旧北陸農業試験場)で始まりました。

低グルテリン米系統「NM67×NM(1-3)」(後のLGC-1)と、大粒・多収系統「北陸153号」を交配し、「大粒で低タンパク質」という新たな特性を持つ品種の開発が進められました。1998(平成10)年には「北陸183号」の系統名で、試験用に各地の奨励品種決定調査に提出され、栽培特性や収量性などの評価がおこなわれます。その後、2001(平成13)年に水稲農林374号として登録され、「春陽」の名称が与えられました。さらに2004(平成16)年には種苗法に基づく品種登録が行われ、正式な品種として普及が始まります。

開発当初は食事療法用米として期待されていた春陽ですが、低グルテリンという特性を持つことから、低精米であっても雑味の原因となるアミノ酸が少ない、淡麗な酒質の日本酒を醸すことが可能であることが明らかになりました。酒造りに使用するお米としての歴史はまだ浅いものの、新たな原料として期待が高まっています。

こうして春陽は、医療分野から日本酒の世界へと活躍の場を広げる、非常に珍しい経歴を持つ品種となったのです。

春陽の系統

春陽は、「大粒で収量が多く、低グルテリンという特性を持つ米」を目標に育成された品種です。

親系統のLGC-1は、腎臓病患者などタンパク質の摂取制限が必要な人のために開発された低グルテリン米です。一方、交配された北陸153号は、大粒で収量性に優れた系統として知られています。春陽は、それぞれの長所を受け継ぐことで、「低グルテリン」と「大粒」という特徴を兼ね備えた希少な品種となりました。

なお、2026(令和8)年現在、春陽を直接親として育成・普及している後継品種はありません。

生産量の限られた希少品種

春陽の田植え後の様子
春陽の田植え後の様子

春陽は新潟県で育成された品種であり、現在も新潟県が最大の産地です。

2025(令和7)年度の農林水産省の検査数量によると、春陽の生産量は全国で136玄米トンです。そのうち新潟県が124玄米トンと9割以上を占め、続いて島根県5玄米トン、石川県4玄米トン、宮城県3玄米トンとなっています。

山田錦や五百万石が数万トン規模で生産されていることを考えると、春陽は現在でも極めて希少な品種といえるでしょう。もともとは新潟県で食用米として開発された品種で、春陽を使用した日本酒は限られた酒蔵でしか造られていないため、出会える機会も決して多くありません。

一方で、全国各地に春陽を用いた酒造りが広がり始め、地域ごとの気候や醸造技術によって異なる個性も生まれているとされていることから、今後さらに注目を集める可能性を秘めています。

まとめ

本記事では、日本酒造りで近年注目を集める「春陽」の特徴や歴史、系統、産地について解説しました。

春陽は、もともと腎臓病患者など、タンパク質の摂取制限が必要な人のための食事療法用米として開発された低グルテリン米です。しかし、その性質が酒造りに新たな価値をもたらし、アミノ酸の少ない淡麗な酒質や、マスカットやライチを思わせる果実様特徴香「4MMP」を生み出すことから注目を集めています。

島根県の吉田酒造をはじめ、全国の酒蔵が春陽の個性を引き出す酒造りに挑戦しており、これまでにない新たな味わいが生み出されています。生産量はまだ少なく、春陽を使用した日本酒に出会える機会は限られていますが、その希少性と唯一無二の酒質は、一度味わう価値のある魅力を備えています。日本酒の新しい可能性を感じられるお米として、ぜひ春陽で醸した日本酒を手に取ってみてください。

参考文献


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