日本酒の新規参入、消費者目線でオープンな議論を - 前・国税庁酒税課長杉山氏インタビュー

2020.12

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日本酒の新規参入、消費者目線でオープンな議論を - 前・国税庁酒税課長杉山氏インタビュー

酒スト編集部  |  SAKE業界の新潮流

昨年末に報じられた日本酒造りの「輸出用清酒製造免許(以下、「輸出用免許」と表記)」新規発行解禁は、日本酒業界を揺るがす大きなニュースとなりました。私たちSAKE Streetも、本件について既存制度の解説記事や、国税庁酒税課への取材記事新規免許発行制限の根拠となる「需給調整」に関する考察記事、そして新規制度に反対していたと報じられた日本酒造組合中央会への取材記事を掲載し、情報発信に取り組んできました。

一連の動きの発端となった輸出用免許の制度導入にあたり、制度作りの現場では何が起きていたのか、そして日本酒の未来のために、これらの動きを各プレーヤーが今後どのように活かすべきなのかーー実際に新制度導入に関わった前・国税庁酒税課長の杉山真さんに、酒ストリート代表の藤田利尚がお話を伺いました。

「輸出用免許」制度化の現場で何があったのか?

藤田「杉山さんとこちらの店舗でお会いするのは1年ほど前、ご在任中にお客さんとして訪れていただいて以来ですね」

杉山さん「あの時は開店間もなくの時期でしたが、1年経って取り扱い銘柄や店内の設備も順調に充実してきたようで、素晴らしいですね」

藤田「今日は、杉山さんが在任中に国税庁で進めてこられた施策のなかでも、特に製造分野での新規参入の話題にしぼって、いろいろとお話を聞かせていただければと思っております。よろしくお願いいたします」

杉山さん「こちらこそよろしくお願いします。なお、私は既に国税庁を離れていますので、今日は、組織とは関係なく、全て私の個人的な意見として申し上げたいと思います」

藤田「杉山さんが在任中に国税庁で進めてこられた「輸出用免許」の解禁については大きなニュースになりました。まず、杉山さんは新規参入規制についてどう考えていますか?」

杉山さん「規制は国民の安全等に関わる「社会的規制」と経済政策的観点からの「経済的規制」とに分類されることもありますが、酒類の製造免許は、酒税法に規定されていることからも明らかなように、酒税のための規制です。 参入規制としてよく話題になるのは「需給調整」と「最低製造数量」ですね。

いわゆる「需給調整」とは、酒税法で、酒税の保全上、酒類の需給の均衡を維持する必要があるため、免許を与えることが適当でない場合、免許を与えないことができる、と定められているものです。供給過剰となって過当競争が生じれば、事業者の経営が安定せず、その結果、酒税を確保できなくなることを防止するというのが、歴史的な出発点だと思います。

年間約1.2兆円の酒税収入のうち日本酒は500億円程度ですが、日本酒の市場が縮小傾向であることを踏まえ、長らく新規の製造免許を認めていません。ただし、既存の酒蔵が醸造所を増設することは可能ですし、既存の酒蔵を買収して参入することも可能です(※1)」

(※1)現行制度で可能な新規参入方法の解説はこちら

藤田「既存の酒蔵を買収しての参入は可能であるとは言っても、買収先を探し、適切な評価を行い、交渉をまとめるのが唯一の方法というのは、やはりあまりにハードルが高いように思います。また正直に申し上げると、これだけ毎年酒蔵の数が減り続けるなか、供給過剰により税収が確保できなくなる事態を防ぐために、製造量ではなく新規免許の発行だけを制限するというのは、ロジックがいまひとつ理解できない部分もあります。既存の酒蔵が醸造所を増設できるということは、製造量を増やすこともできる、ということですよね」

杉山さん「他方、ビール・ワイン・ウイスキー・スピリッツはこうした需給調整は行わず、ふつうに新規の製造免許を認めていることから、新規参入が続き、クラフトビール、日本ワイン、ジャパニーズウイスキー、クラフトジンが発展しています。日本酒でも新規参入したいという方が増えているのは周知の通りです

藤田「おっしゃる通り、現状の制度は新規参入による市場活性化の役割を軽視しているようにも感じます。一方で、新規参入に慎重な立場の方々からは、参入を規制することにより、厳しい環境下にある既存の酒蔵を保護すべきという意見をよく聞きます。これについてはいかがでしょうか?」

杉山さん「それは先ほど申し上げた「経済的規制」の発想ですが、酒税法の本来の趣旨ではないと思いますし、経済的規制はどんどん見直されてきたのが歴史の流れです。また、そもそも憲法では営業の自由が保障されていますので、既存の酒蔵の保護というだけの理由で新規参入を制限することには無理があるでしょう。

ちなみに、私は以前に別の職場で和装や陶磁器、漆器等の伝統工芸品産業を担当していたこともありますが、こうした参入規制は一切ありません。伝統産業であることと新規参入を規制することとは、全くの別問題です。

いずれにせよ、今の仕組みでは、米を栽培する人が6次産業化のために日本酒を製造することも、杜氏や蔵人が独立して酒蔵を興すことも、かつて廃業した酒蔵を復活させることも、酒蔵がない地域の町おこしのために酒蔵を新設することも、どれも困難です。そもそも志のある人が酒蔵を新たに作ることができません。それをどう考えるか。

ワインやビールではどれも普通にできますよね。都市型ワイナリーやブルワリーパブのようなビジネスモデルも日本酒では困難です。もったいないと思います

藤田「近年、新規参入が増えトレンドとなっている都市型ワイナリーやブルワリーパブについては、先ほど挙げていただいた「最低製造数量」についても関わる問題ですよね」

杉山さん「今は数量より付加価値が重要な時代となっています。特区では最低製造数量を不要としたり、引き下げたりしています。最低製造数量は新規参入にとってはもちろん、既存の酒蔵が醸造所を増設する場合にも制約となり得ます。

例えば、ロマネコンティは年間5~6千本程度しか作らないと言われていますが、これは日本酒であれば最低製造数量に到達しません。そこまで極端な例でなくとも、今の仕組みでは日本酒の小規模醸造所を作ることは困難です。他方で、そもそも既存の酒蔵の多くは最低製造数量を満たしていません。

日本酒の本場であるべき日本では新たな酒蔵を作れない一方で、海外を見渡せば、近年、多くの国々で小規模醸造所をはじめ、新しい酒蔵がどんどん設立されています。日本で日本酒を作れないので、海外で作るという事例まで出てきています。」

藤田「需給調整と最低製造数量については、仮に当初の目的にかなう制度だとしても、弊害も多いですよね。そういった問題意識から、杉山さんも在任中にこれらの制度の見直しを進めてこられたのだと思っています」

杉山さん「私の在任中、輸出用免許の創設と、試験製造免許の新規交付(※2)が行われました。

新規参入を求める声が増えている中、輸出用に限定するのはハードルが高すぎるとのご批判もいただき、それは私の力不足ですが、今回は新規参入解禁への業界内の懸念や反発を考慮し、国内市場は解禁せず、輸出用に限定したということです。輸出用ということでは、そもそも巨大な海外市場の中で需給調整しても意味がないですし、輸出促進も期待できます。最低製造数量も不要としました。しかし、輸出用限定ですら新規参入には業界から強い反発があったのは周知の通りです。

そもそも「既得権益」とか「岩盤規制」とも言われることがあるような長年の参入規制ですから、一朝一夕に撤廃するのは容易ではないでしょう。ただ、輸出用免許と試験製造免許により、新規参入解禁に向けて、これまで何も動かなかったものが初めて一歩踏み出したわけです。

これを第一歩に、今後、関係者の間で理解や議論が進展していくことを個人的には期待しています。将来、新たなプレーヤーが参入し、既存の酒蔵も含め、創意工夫や切磋琢磨を通じ、多様で魅力ある商品・サービスが国内外で提供されれば、市場や産業も活性化しますし、消費者利益にもかなうでしょう。それが業界の発展につながると思います」

(※2)2020年8月3日にオープンしたはせがわ酒店グランスタ東京店は、「試験製造免許」により日本酒の醸造を行うことができる「東京駅醸造所」を併設。教育機関・研究所等以外への試験製造免許認可は初めてのことで、本件免許を活用した参入形態について注目が集まっている。

藤田「輸出用免許をめぐる今年のニュースのなかでも、2020年2月8日付日本経済新聞報道にもあった業界団体(日本酒造組合中央会。以下、「中央会」と表記)からの反対活動について注目が集まっていました。私たちも中央会にも取材を行ったのですが、改めて杉山さんからも、当時の経緯をお伺いできますか?」

杉山さん「関係者にとって「寝耳に水」とならないよう、2019年8月の段階で中央会の常勤役員の方々には国税庁から説明しました。その後中央会や業界から特段の反応もなかったのですが、数か月経った11月頃から、急に反対が盛り上がってきました。反対するにしても、ずいぶん時間がかかるものです」

藤田「その反対活動の一環として、報道では「実質反対」の意見書が提出されたとありましたが、実際にはどのような内容だったのでしょうか」

杉山さん「確かに当時中央会から意見書をいただきました。その中でとりまとめられていた「主な意見」は、中小零細蔵元のこれまでの苦労や努力に配慮が乏しい、外資や大手の新規参入は脅威、今後の規制緩和の可能性、質の悪い日本酒の出回り、酒造技術者の引き抜き、といったようなネガティブな内容ばかりでしたね。

また、ある主要産地の意見では、新規参入は消耗戦を招くだけだ、新規参入者は歴史的・人的要因もなく日本酒の価値低下につながらないか心配、といったようなものもありました。

他方、県によっては、輸出用だけでなく、国内市場も含め、新規参入解禁に前向きな意見を述べている酒造組合も一部ありましたが、中央会の「主な意見」には反映されていませんでした。

これらをどう受け止めるかは、読者の皆さんにお任せしますが、当時私がいちばん驚いたのは、競争の激化みたいな話もそうですが、酒造技術者の引き抜きや、新規参入者には歴史がないことがネガティブな意見の一つとして挙がっていたことです」

藤田「技術者の引き抜きは、他の業界を見れば当然存在することですし、技術者の雇用環境改善に貢献する側面もありますよね。それに「歴史のなさ」は「新しさ」でもありますし、そうした人々を応援したいという消費者もいます。我々も日本酒業界に新規参入した身ですが、お互いにない良さを尊重し合えるような方々とお付き合いしたいな、と考えています。一部には切実な訴えもあるのかもしれませんが、新規参入者にネガティブなレッテルを貼ろうとするような内容があるのは残念ですよね」

杉山さん「どんな老舗企業も始めはベンチャーだったはずです。伝統とは革新の連続ですよね。「質の悪い日本酒」については、一消費者として見ると、むしろ今までのプレーヤーの方が問われるべきことがあるように思います。

また、多くの酒蔵がビールやウイスキー・スピリッツ等に参入しているのに、他者の日本酒への参入には反対するというのはどうなのでしょうか。

いずれにせよ、今はグローバルな時代であり、また、オープンイノベーションの時代です。業界外の方からは、新規参入を認めない業界がクールジャパンに値するのかという指摘もありました。閉鎖的な思考や振る舞いが続けば、日本酒業界の国内外でのレピュテーションを損なうことになりかねません。

中央会は、日本酒は需要減が続き、極めて厳しい環境であることを理解して検討してほしい、というような言い方をすることもありますが、消費者からすると、そんな後ろ向きなことを言う人が造る日本酒と、日本酒の未来にポテンシャルを感じ、自らの意志で新規参入してチャレンジしたいという人が造る日本酒のどちらを飲みたいでしょうか。どちらを応援したいでしょうか」

藤田「私なら、同じクオリティのお酒を造っているのであれば後者を応援したいですね。実際、M&Aや海外醸造、その他の醸造酒免許等の方法で新規参入を実現した方々は美味しいお酒を造られていると感じます」

杉山さん「既存事業者が厳しい環境と言う中、このようにあえてリスクを取ってチャレンジしたいという人を、日本酒の未来を考えれば、歓迎こそすれ、拒む必要がいったいどこにあるのでしょうか」

藤田「中央会からは前述のような反対意見が寄せられたということでしたが、実際問題、こうした意見は、国税庁の方針に対してどの程度の影響力を持つものなのでしょうか?中央会や酒造組合の反対を押し切る形での規制緩和は現実的ではないのでしょうか?」

杉山さん「どうなんでしょうね(笑)。いわく言い難いことはいろいろありましたね。先ほども申し上げたとおり、輸出用免許について、そもそも輸出用に限ったのは、新規参入解禁への業界内の懸念や反発を考慮したものです。それでもかなりの強い反発や批判を受けましたが、2020年3月に法改正が成立し、2021年4月から施行されます。

ただ、業界が将来的にどうあるべきかについては、やはり、まずは当事者である業界の皆さんが、受け身ではなく、自ら主体的に考えるべきものだと思います。また、新規参入を求める方々も、公の場でもっと声を上げる必要があるでしょう。

当面の重要課題はコロナ禍への対応ですが、今後業界の大勢として、新規参入が市場や業界の活性化にも、消費者利益にもかなうということを理解し、新規参入を前向きに受け止めていただいた上で、新規参入が進むのが望ましいと思います

藤田「消費者利益は絶対に必要な視点ですよね。先ほど挙げていただいた新規参入への反対意見には、この視点が欠けているように感じます」

規制が温存される背景・業界構造とは?

藤田「ここからは、どうしてこうした規制が温存されてしまうのか?という観点でお話をお聞きしたいと思います。日本酒に関してはもともと行政によるサポートが手厚いのかなというイメージがあります。たとえば研究開発であったり、品質管理であったり、果てにはマーケティングの領域まで、行政がずいぶん広い役割を担っていますよね」

杉山さん「歴史的には、日本酒に関する国税庁の行政は、酒税やコンプライアンスを起点として、手厚い技術支援、需給調整による参入規制、中央会への補助金を中心に展開・支援してきたと思います。需給調整や同様の補助金はビールやワイン等にはありませんし、技術支援も長らく日本酒中心でした。

これに対し近年では、日本酒をはじめとした酒類は、政府全体で進めている農産物等の輸出促進やクールジャパン政策の中で重要なコンテンツと位置付けられています。また、そもそも地場産業として地域の経済や社会の中で大きな役割を担っており、地方創生の観点からも重要だと思います。

私の在任中、国税庁では、こうした酒類業のローカル、グローバル双方の重要性を踏まえ、従来のような酒税の徴収やコンプライアンスの確保というだけでなく、他の事業官庁と同様の立場や発想で、産業政策として、業界振興策、特に輸出促進の取組を強化していく方向性を明確化しました。予算も大幅に増額しました。

しかし、酒類業の振興と言っても、官民の適切な役割分担が重要であり、主役はあくまでも事業者の皆さんです。その上で、行政の役割は、こうした事業者の皆さんが創意工夫を発揮し、意欲的な取組を進めることができるよう、サポートや環境整備を行うということだと思います。行政が業界全体を平等主義的に丸抱えして支援・保護するということではありませんし、そういうことはそもそも不可能です。補助金ありきも適切ではないと思います。

他方、特に制度の見直しや、関税・輸入規制の撤廃等の国際交渉は政府しかできませんので、行政の役割の中では非常に重要なものだと思います。例えば、RCEP(※3)による中国・韓国の高関税の段階的撤廃がそうです」

(※3) Regional Comprehensive Economic Partnership Agreement(地域的な包括的経済連携協定)。ASEAN10か国と、日本、中国、韓国、オーストラリアおよびニュージーランドで締結された経済連携協定。この地域で世界のGDP、貿易総額及び人口の約3割を占める。

藤田「マーケティング領域の取組は、近年強化されたものだったのですね。それでも日本酒に関しては、過去の経緯もあると思うのですが、他の酒類と比べて行政の役割が幅広いように感じています。日本酒と他の酒類とを比べると、行政と業界の果たす役割に差はあるのでしょうか?」

杉山さん「歴史的に日本酒や焼酎のイメージが強いのかもしれませんが、国税庁は近年、日本ワインやクラフトビール等への支援も強化しています。私の在任中も、例えば、国税局や酒類総合研究所による技術指導や講習はもちろん、表示ルールの整備、地理的表示や酒蔵ツーリズムの推進、更には海外での展示会出展やプロモーションの支援にも力を入れていました。

実際に、日本ワインとクラフトビールは、日本酒と並んでJFOODO(※4)の重点品目になりましたし、国税庁が新たに始めた日本産酒類ブランド化推進事業や酒蔵ツーリズム推進事業でも多数採択されました。コロナ禍を踏まえ、オンラインイベントの支援も始めました。

また、日EU・EPAによってEUによる日本ワインの輸入規制が撤廃されたことも大きな成果です。フランスでのジャポニスム2018の際には、ボルドーのワイン・ミュージアムで日本ワインのイベントも行いました。最近では国税庁ホームページに日本ワインの特設サイトもできたそうです」

(※4)JFOODO:正式名称、日本食品海外プロモーションセンター。2017年4月に日本貿易振興機構(ジェトロ)内に設置された組織で、日本産農林水産物・食品に関するオールジャパンでの消費者向けプロモーションの役割を担う。

藤田「なるほど。日本ワインやクラフトビールなどへの注目の高まりや、近年の酒類行政の考え方の変化もあり、イメージほどには日本酒と他の酒類との差がなくなってきているのかもしれませんね。また、行政と事業者、それぞれに得意とする領域や社会での役割が異なっているので、それぞれの持ち場で最大限の役割を果たしていくことが重要ですよね」

杉山さん「そういう意味では、私の在任中、しばしば酒蔵の皆さんからプロモーション等の取組の要望をいただくことがありましたが、そのほとんどは中央会への毎年6億円の補助金で実施可能なものでした。そういうことであれば、まずは中央会で議論・実施するのが基本だと思います。

この補助金は酒類の業界団体の中では歴史的に中央会だけが受け取ってきたものです。中央会はこの補助金で日本酒フェアや各種イベント、海外でのプロモーション等を実施しています。しかしながら、中央会向けに補助金が出ていることは酒蔵の皆さんからあまり認識されていないようですし、使いきれずに多額を返還されたこともありました。

他方で、国税庁による新規施策のための予算増は、業界紙の報道によると、中央会から記者会見で批判されました。しかし、この予算増で新たに行った日本産酒類ブランド化推進事業や酒蔵ツーリズム推進事業には、多くの酒蔵の方々から応募がありました。

各地の意欲ある酒蔵の皆さんの意見や要望が中央会の運営に適切に反映されるようお願いしたいものです」

藤田「中央会や組合の運営に、参加酒蔵の声が反映されにくいというお話は私も直接的・間接的に耳にすることがあります。輸出用免許に関する新聞報道でも、いわゆる「天下り」の問題が指摘されていましたが、こうした背景も関係しているのでしょうか?杉山さんご自身が在任中、このようなガバナンスの問題を感じることはありましたか?

杉山さん「様々な関係者と話していると、やはり、中央会のガバナンス、特に常勤役員のあり方や振る舞いには違和感を抱く人が少なくないようです。そもそも、常勤役員4名の全員が行政出身者という組織も、昭和ならともかく、今どきかなり珍しいでしょう。4人という人数も、なぜなんでしょうね。かなりの長期在任の方もいます。常勤役員にはむしろ、経済やビジネス、マーケティング、ブランディング、海外の取引や市場等に知見のある人も必要ですよね。また、組織としての風通しの良さも必要だと思います」

藤田「在任中に中央会との関係で経験された具体的なエピソードなどあれば、可能な範囲で構いませんのでご紹介いただきたいのですが」

杉山さん「挙げるとキリがないのですが、一端をご紹介すると、着任間もない頃、やり取りの中で「中央会を守るのが君たちの仕事だ」と言われた時は衝撃でしたね。重要なのは、言うまでもなく、中央会を守ることではなく、日本酒が発展することだと思います。

新規参入や、予算・補助金に関する問題は先ほど申し上げました。他にも、いろいろ申し上げても、イモビリズム(※5)というか、断られたり、反応がないことも多かったですね。例えば、後継者難の酒蔵と、酒蔵を引き継ぎたい人との間の事業承継のマッチングの仕組みを中央会で構築したらどうかと投げかけましたが、「免許売買」みたいなことはしないとのことでした。後継者が見つからないまま廃業して酒蔵が減るより、少しでも誰かが引き継いでくれた方が良いと思うのですが。他にもJFOODOとの連携を拒まれたり、いろいろありました。

いちばん残念だったのは、「中央会は既存の酒蔵の利益のための組織であり、既存の酒蔵の利益のために行動する」と言っていたことですね。中央会には、業界全体にとっての真の利益をしっかり見極めていただきたいですし、既存の酒蔵のみならず、バリューチェーンや内外の消費者、過去や将来世代も含め、日本酒に関わる全てのステークホルダーの利益のために活動する組織、そして日本酒を通じて社会全体に貢献する組織であっていただきたいと、今は一消費者として心から願っています。

そもそも中央会は酒蔵の皆さんの組織であり、行政出身者のための組織ではないはずです。どの業界でもそうだと思いますが、業界全体の持続的な発展のために業界団体が果たすべき役割は非常に重要です。意欲ある酒蔵の皆さんには、中央会を他人事のように言うのではなく、自分たちの事として、ぜひ前向きに主体的に関与してほしいと思います。それが日本酒の未来のためだと期待したいです。

あるいは、私がかつて担当していた伝統工芸の業界では、従来の業界団体とは別に、近年、中川政七商店や能作等を中心に有力事業者が結集して「日本工芸産地協会」を設立し、業界を牽引しています。日本酒にもそういう団体があっていいのかもしれません。その萌芽は既にあるように思います。いずれにせよ、主役は酒蔵の皆さんです」

(※5)イモビリズム:現状維持を志向し、変化を避けようとする考え方。

現状を変えるためには、オープンな場で声を上げること

藤田「私自身も中央会を取材させていただいて、これまで酒蔵の方々とやりとりさせていただいた時とはずいぶん立場が異なる印象も受けました。新規参入に関しても、個別の酒蔵の方々からは前向きなご意見を聞くことも少なくないです」

杉山さん「私もそうした声を直接聞いています。「新規参入に反対しているのは中央会や酒造組合だけで、多くの酒蔵は反対していない。輸出用に限るのではなく、正面から新規参入を認めるべきだ」とか、更には「中央会なんてほっとけばいいじゃないか」とか。また、先ほど申し上げた通り、県によっては、新規参入解禁に前向きな酒造組合もありました。

中央会や酒造組合は酒蔵の皆さんの組織ですので、新規参入を正面から認めるべきと考えている酒蔵の方々には、中央会等が反対するのを他人事とせずに、業界の未来のため、ぜひ組合の内外でしっかり声を上げていただくことを期待したいです」

藤田「最近は、SNSの浸透などによって酒蔵と消費者の距離が近付いた結果、そうした動きも少しずつ出てきているように感じます。どのような立場であっても、主張したいことがあれば公式に意見を挙げていくことが重要ですし、そういう意味では我々のような業界への新規参入者にとっても、主張したい内容を広く伝えるよう努力が必要ですね。制度のあるべき姿について、新規参入者を巻き込んだ議論の場を行政で設定できないものでしょうか」

杉山さん「私の在任中、意識してベンチャーの方々へのアプローチに努めました。中央会は、日本酒は需要減が続き、厳しい環境とばかり言うわけですが、その一方で、若い世代や異業種出身者が日本酒にポテンシャルを見出し、あえてチャレンジしようとするわけですから、そういう方々に大いに期待したいし、また、その意見はたいへん貴重だと思います。そもそもベンチャーや異業種の参入が相次ぐのは、成長産業である証です。

そういう観点から、日本酒ベンチャーとの意見交換会を実施しました。「日本酒のグローバルなブランド戦略に関する検討会」にも、日本酒ベンチャーから複数参加していただきました。日本産酒類ブランド化推進事業では、多数のベンチャーが採択されました。

藤田「我々の意見を伝えやすい環境は徐々に整ってきているんですよね。あとは我々自身が、単にSNSで主張したり、行政や業界の目に止まり声を掛けられるのを待つだけでなく、公の場でしっかり声を上げて、声を広げ、行動に移すことが重要ですね」

杉山さん「それがなければ、中央会がSAKE Streetでのインタビューで答えていたように、そうした声が認知されないまま終わってしまいます。このときの発言や認識自体はあまりにひどいものだと思いましたが」

藤田「杉山さんが新規参入者について、期待されている企業や人がいらっしゃれば、ぜひ教えてください」

杉山さん「一消費者として、全てのベンチャーの皆さんに期待しています。先駆者であるWAKAZEはもちろん、最近よく話題になる「稲とアガベ」や「haccoba」 等を見ていると、実力も行動力もすごいなあと思います。ファブレス(※6)や流通、IT関係の日本酒ベンチャーにも期待しています。

近年、日本酒ベンチャーもかなり増え、今では軽く二桁以上いらっしゃると思います。多くの酒蔵とも提携していますよね。どなたかが音頭をとって、組織化まではともかく、皆さんでもっと連携されてもよいのではないでしょうか。同じ日本酒ベンチャーとして、競争相手でもありますが、共通する課題には協調して行動することも有益だと思います。また、皆さんが提携している酒蔵の方々からの応援も期待できると良いですね

(※6) 自社の「工場」(fabrication facility)を持たずに、製造業としての活動を行う企業のこと。

藤田「おっしゃるとおり、ベンチャーである私たちにももっと活動できる余地があると思えますし、様々な立場の方と連携しながら行動していきたいです。そういう意味では、私たち自身は新規参入を推進したい立場ですが、運営するメディアとしては新規参入に反対する方の意見も広く伝えたいと考えています。そうした声がオープンに上がることで、議論が進み、両者にとって望ましい日本酒の未来が実現することを願っています

杉山さん「新規参入への反対意見については、中央会をはじめとして、私自身はいろいろ直面しましたが、これまで当事者からはほとんどオープンに語られていません。日本酒の未来にとって非常に重要な問題ですので、中央会や酒蔵等の関係者はもちろん、メディアや日本酒ファンも含めて、もっとオープンな議論が行われることが必要だと思います。その際、消費者目線も重要です。私も一消費者として、日本酒の未来に大いに期待したいです」

対談を終えて

今回の取材では、輸出用免許を含む新規免許への反対意見の内容が初めて、具体的にお話をいただきました。新規参入に関しては、とかく「表では言えない」意見や、自らタブー視して「あえて表では発言しない」というケースが多く存在してしまっています。

そしてそれは、新規参入解禁を求める人々にも言えることなのかもしれません。実際一般的には、「新規参入が許されていない」こと自体、まだまだほとんど知られていません。

今回の対談で強調されたのは「オープンな議論」の重要性でしたが、その第一歩は、それぞれの立場の人々が意見を挙げ、それが然るべき場で取り上げられること。SAKE Streetは今後の記事でも、本件に関してさまざまな立場の意見を取り上げていきたいと思います。

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