なぜ今、小さい日本酒が求められているのか?:小容量化する日本酒 (1/2)

2024.04

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なぜ今、小さい日本酒が求められているのか?:小容量化する日本酒 (1/2)

木村 咲貴  |  SAKE業界の新潮流

現代において、日本酒のサイズとして一般的に流通しているのは、主に一升瓶(1.8L)と四合瓶(720mL)です。しかし、ビールやRTDなど他酒類の市場が成長し、日本酒の消費量が減少するのにあわせて、細やかなニーズに応える300mLや180mLといった小容量規格の商品が増えてきています。

SAKE Streetの特集「小容量化する日本酒」では、日本酒のサイズにまつわる課題や、小容量日本酒にチャレンジする新事業を紹介。前編となる本記事では、日本酒の容器の歴史や小容量のニーズ、実現にともなう課題について解説します。

一升瓶と四合瓶が定着した理由は?

日本酒の容器の歴史的な変遷については、SAKE Streetの以下の記事で詳しく解説しています。

日本酒が消費者に販売される文化が定着したのは江戸時代のころ。客の持参する徳利へ樽から移し替える量り売りが始まりました。

そのような中から一升瓶が生まれたのは1899(明治32)年ごろのこと。樽で流通し、量り売りするというシステムに混ぜ物などの品質リスクがあることを踏まえ、酒蔵がガラス瓶に充填する動きが始まりました。

実は、このころから一合瓶や二合瓶など、小さな規格の容器が各酒蔵で使われていました。それでは、なぜその中でも一升瓶と四合瓶が主流となったのでしょうか。

一升というのはメジャーな単位なので定着しやすかったと考えられますが、それ以下の規格としてなぜ四合瓶が定着したのかは疑問が残るところです」

そう話すのは、兵庫県西宮市の「白鹿記念酒造博物館(酒ミュージアム)」学芸員であり、2020年に同博物館の「お酒の容器クロニクル」という展示の企画を担当した大浦和也さん。大浦さんに、灘五郷近辺の酒蔵の歴史的資料から、四合瓶が一升瓶に次いで主流となった理由を分析していただきました。

「一升瓶が流通し始めた明治40年ごろに灘五郷で流通していたその他の規格は、一合瓶、二合瓶、四合瓶、五合瓶でした。それらの容量ごとに価格・重量を比較すると、一合瓶や二合瓶など小さい規格のほうが一合あたりのコスト・重量が大きく、酒蔵にとっては採用しづらい、または販売価格にその分の負担を転嫁する必要があったことがうかがえます」

白鹿を醸す辰馬本家酒造においては、四合瓶が主流となった昭和10年(1935年)ごろから、300mLは生酒のみに使用していました。フレッシュな生酒は一度で飲み切る必要があるため、「飲み切り型」という特別な理由をつけることでコストをかけることができるからです。いかにも、その他の大手酒造メーカーでも、生酒やスパークリングなどフレッシュさが持ち味の商品は小容量で販売されているケースが多く見受けられます。

「瓶は一本ずつではなく、何十本という単位で運ぶ必要があるので、小瓶ともなると四合瓶以上の本数を一度に積まなければなりません。卸業者や販売店にとって、大量の小瓶を一度に扱うことでハンドリングが難しくなるという流通面の課題もあったのではないでしょうか」

このように、経済面や労働力といったコストを理由に一合瓶や二合瓶が定番商品から脱落していったことは推測できます。一方、明治が終わった大正時代以降の資料を分析すると、すでに五合瓶より四合瓶が主流になっている実態が浮き彫りになります。

四合瓶と五合瓶は口径や直径、高さが共通しており、同じ機械で打栓できるので、どちらを選ぶかはそれぞれの酒蔵に委ねられていました。最終的に四合瓶が主流となったのには、デザインとしてスマートだったからというのが大きいのではないでしょうか

そのほか、四合瓶が定着した理由としては、海外から輸入するワインの規格(750mL)に近かったこと、四合瓶の価格を一升瓶の半額に設定することで、一升瓶のお得さを演出し、プロモーションしやすかったことなどが考えられます。

参考:【研究論文/ 研究ノート】びん詰清酒の導入における容量確立に関する一考察」渡邊 悠志、岡田 佳那子 日本酒ジャーナル2023

小容量の日本酒が増えた要因

このようにして定着した一升瓶・四合瓶ですが、近年は、さらに小容量の300mLや180mLなどの商品が市場に増えてきています。

要因として大きいのは、従来の定番サイズである一升瓶・四合瓶のニーズが減少したことでしょう。1.8L壜再利用事業者協議会によれば、2002年度から2021年度の20年間で、一升瓶の出荷数量は約8割も減少しました。

参考:「日本酒一升瓶 飲みきれない 10年で出荷半減、コロナが追い打ち 酒造業界、小容量に力」日本経済新聞 2023年2月28日

一升瓶が家庭で飲まれなくなった理由としては、各家庭の世帯人数が減少したこと、日本酒の消費量自体が減少したことなどが考えられます。缶ビールやRTDの増加により、家庭で気軽に飲めるアルコール飲料の選択肢が増えたことも、日本酒が選ばれなくなる原因に繋がったかもしれません。

これに拍車をかけたのが、2019年末から蔓延した新型コロナウイルス感染症です。緊急事態宣言などの政策によって飲食店での酒類提供制限が起きたことで、一升瓶の主流販路となっていた飲食店で日本酒が提供できない事態が起こりました。

これらの事態を受け、「外飲み」の減少から「家飲み」のニーズが高まりますが、ここで家庭用には四合瓶すらも大きすぎるということが明らかになります。デリケートな酒質を持つ生酒や吟醸酒などは冷蔵保存する必要がありますが、一般家庭の冷蔵庫でスペースを確保するのは難しく、一度に飲み切ることができずに品質を劣化させてしまうおそれも生まれます。また、外食ならグラス一杯ずつの注文ができますが、好みかわからない日本酒を四合分購入するのは、よほど飲み慣れた人でない限りなかなか決断しづらいことです。

「ひと晩で飲み切れるサイズが欲しい」「どんな味わいか知るために、少しだけ飲んでみたい」──こうした家飲みニーズに応えるために、各メーカーが小容量規格の商品を作る動きが加速し、サイズのメリットを活かした新しいビジネスが次々と誕生しているのが昨今の傾向だといえるでしょう。

小容量と海外市場

日本国内でのニーズのほか、小容量規格には海外市場におけるメリットがあります。その中でも近年注目を集めているのが、というパッケージです。

海外への配送においては、重量が配送料に影響しますが、同容量のパッケージを比べたとき、缶は瓶の10分の1ほどの重さしかありません。さらに、割れる心配がないことや、紫外線の影響を受けないことなども、輸出におけるメリットとして着目されています。

一方、実際に海外で日本酒ビジネスをしているプレイヤーに尋ねてみると、まだそこまで小容量規格は浸透していないことがわかります。

「180mLサイズというカテゴリーはよく売れます。でもそれはデザインがかわいいからであって、四合瓶の入口としては機能していないのが実情です。アメリカ人にとって日本酒の銘柄を覚えるのは難しいし、アメリカで流通するカップ酒の中身のほとんどは定番商品とデザインが異なるので、四合瓶の商品とはひも付けにくいんです」

そう話すのは、オレゴン州ポートランドで日本酒専門店Sunflower Sakeを営むニーナ・マーフィーさん。

「300mLの小瓶は、ギフトやテイスティングセットを除いてあまりニーズがありません。少なくともポートランドでは、ほとんどのお客さんは720mLのボトルに興味を示しますね

同じく、サンフランシスコの酒販店True Sakeは、「カリフォルニアの人々は四合瓶を買うのに慣れている」としたうえで、「小容量については、味わいのバリエーションが少ないので、古酒や梅酒など、ユニークな商品が入ってくるといい」とコメントしました。

また、ロサンゼルスに拠点を持つオンラインストアTippsy Sakeの代表・伊藤元気さんは、かつてサブスクリプションで初心者向けに300mLのセット販売をおこなっていましたが、最近は四合瓶に切り替えたと説明します。

「ECは送料が高く、四合瓶も小瓶も送料が変わらないので、発送効率が悪いんです。小瓶に対するニーズ自体はあるんですが、経済性を考えて、今は四合瓶を買う層をターゲットにしています

海外マーケットにおいて、小容量規格のメリットはあるものの、アメリカなどの国々ではまだ発展途上の分野であり、これからの動向が注目されるところです。

日本酒の小容量化にともなう課題と展望

しかし、こうした背景から市場がより小さなサイズの日本酒を求めたとしても、すべての酒蔵が小容量規格へとシフトできるわけではありません。まず、中小規模の酒蔵では、金銭面と労働力におけるコストが課題となります。

「例えば同じ量のお酒を四合瓶(720mL)と小瓶(300mL)に詰めるとなると、小瓶のほうが倍の時間がかかります。人件費は増えますし、酒蔵のスペースは限られているので、資材置き場が足りないという問題もある。資材にかかる費用に対してそこまで利益が出るものではないですし、二の足を踏む酒蔵さんは多いと思います」

そう話してくれたのは、京都府・松井酒造の松井治右衛門さん。松井酒造では、コロナ禍による家飲み需要の増加をきっかけに、小容量規格を強化。300mLが全体の売上の2割を占めるほか、200mLや150mLといった特別規格の商品も作っています。

缶詰については、Agnaviが手掛ける「ICHI-GO-CAN®️」に委託。缶のパッケージングには専用の機械が必要で、大量のロットが必要となるため、「大手メーカーならさておき、一般的な酒蔵は設備を導入できない」と分析します。

そのような課題があるにもかかわらず、松井酒造ではなぜ小容量規格に力を入れるのでしょうか。

「弊社では、小瓶の商品は酒販店・飲食店ではなく、店頭販売用として作っています。お客様と接していると、四合瓶でも大きいと感じるお客さんが多いのがわかりますし、私自身もたくさんお酒を飲めるタイプではないので、消費者として小瓶で飲み比べできるとありがたいという視点があります。日本酒はいろいろな種類を飲み比べるのが楽しいですからね。

また、大吟醸酒の2種類のみ、本型の箱に入れたポケットサイズ(200mL)の商品を出しているのですが、“いいものを少しずつ”というキーワードはお客様の購買意欲を掻き立ててくれると感じています。ギフトにもよく、京都土産としてもよくご購入いただいていますね」

近年、スタートアップが手掛ける小容量ブランドにも積極的に参加している松井酒造。松井さんは、「特に、パウチ入りの日本酒は、重さや壊れやすさなど日本酒の課題をすべて解決してくれそうです」と期待を寄せます。

一升瓶や四合瓶へのニーズの減少から、小容量規格の動きが活発になる日本酒業界。小容量日本酒に関する新規ビジネスに挑戦するプレイヤーたちは、この分野にどのような展望を持っているのでしょうか。

後編では、群雄割拠する小容量日本酒ビジネスを体系的にご紹介。タイプの異なる企業4件へのインタビューとともに、その実態をお伝えします。

【特集:小容量化する日本酒】
前編「なぜ今、小さい日本酒が求められているのか?」

後編「缶、小瓶、パウチ。新規ビジネスの仕掛け人4名に聞く」

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